9話
「はぁ、話は分かりました」
私怒っていますという表情が崩れて、悠里君が深くため息を吐く。
とりあえず今すぐ出て行けと言われることはなさそうだ。
むしろ出ていくといい始めなさそうといえばいいのか。
「すまない。君が嫌でなければしばらくここにおいてほしい」
「あの、顔を上げてください、僕はぜんぜん構いません、むしろ獅子野さんが嫌じゃないんですか?」
私が頭を下げれば、気遣うように答えが返ってくる。
家の契約関係は今のところすべて渚が行っており支払いもすべて渚だ。
先に住むことになっていたのは悠里君だし、横からいつの間にか知らない人がいればそれは怒るだろう。
出て行けと言われても仕方ないレベルである。
しかし、どうやらそれは免れたらしい。
「私は男姉弟の中で育ったから、特にない」
「湊はスポーツ万能で剣道と空手やってるから悠ちゃん守ってもらうといいよ」
「渚姉さんはちょっと黙ってて、獅子野さんわかりました。それではこれからよろしくお願いします」
渚にむすっとした顔を向けて、そのあとすぐにこちらを向いた顔はちょっと不安そうなだった。
それは何とも庇護欲をそそるような顔で、不意に可愛いと思った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
渚ほど気楽ではないだろうけどきっと、弟たち3人と暮らすよりも明らかに楽ではあるだろう。
「お昼は悠ちゃんに任せた!」
「渚姉さんも手伝ってよ」
「いやいや、今日から湊と2人暮らしするんだから手際を見ておかないと」
二人は仲よさそうにキャッキャとはしゃぎあう。
「獅子野さん。何かアレルギーで食べられないものとか苦手な食べ物ってありますか?」
「アレルギーはない。苦手な食べ物も今のところはないな」
「好き嫌いがないんですね! とってもいいことだと思います」
エプロンを付けた悠里君は料理前にアレルギーと好き嫌いを確認してくれた。
どちらもないことを伝えると、何ともかわいらしい笑顔が向けられる。
「それでは簡単ですけど、腕にはよりをかけさせてもらいます!」
そういって、悠里君はキッチンのほうへ向かった。
私はといえば、特に手伝えることもなく椅子に座って2人を観察することしかできない。
渚はほとんど使わない踏み台がなぜキッチンにあるのかと思っていたが、あれは悠里君用だったんだな。
キッチンの中でテキパキ動く悠里君を見てそんなことをぼんやりと考える。
「湊ー、お皿出すの手伝ってー」
「え!?」
ぼんやりとみていると料理が終わったのか、渚が来てお皿を出すように言いつけられる。
「気が利かなくてすまない」
「い、いえ。大丈夫です。あ、平皿ではなくそちらの少し深さのあるお皿をお願いします」
キッチンに入れば、申し訳ないという感じで悠里君が遠慮する。
しかし、取り出そうとしたお皿はだめだったようですぐに別のお皿を指定される。
「こっちか? わかった」
「ありがとうございます」
お皿をキッチンカウンターに置けば悠里君はお礼を言って、そこへ料理を盛り付けていく。
盛り付け一つでもおしゃれに見えるものだ。
私ならそのまま適当に盛り付ける。
「運ぶよ」
「ありがとうございます」
盛り付けの終わったお皿をテーブルへと持っていく。
すでに席についている渚を見て悠里君はかわいらしく少しむすっとしていた。