6話
椅子に座ったまま悶々としている間に獅子野さんが準備を終えて、戻ってきていた。
「これを捨てておけばいいのか?」
「は、はい。お願いします」
キッチンにまとめておいたゴミ袋をもって獅子野さんがそれをもって確認をとってくる。
告白の返事さっきのを取り消して断らないと。
しかし、タイミングがつかめずそのまま玄関までついていく。
「あの──」
家を出る前にさっきの告白を取り消すために声を掛けようとしたところで頬に手を添えられて……鼻の頂点に軽く唇を当てられる。
「──ふぇ」
「行ってくる」
……腰が抜けて、鼻を抑えながら玄関にへたり込む。
鼻、鼻にき、キス、キスされた……? 当たるか当たらないかそれくらいの強さだったけど鼻に……。
完全にタイミングを逃がしたし、なんだかもう取り返しがつかない気がする。
嫌なわけじゃない……嫌なわけじゃないけど。
むしろ嬉しいかもしれないけど、それでも揶揄われてるのかもとかそういう思いがよぎる。
「はぁ、ふぅ……よ、予定通り荷解きしなきゃ」
僕はどうにか立ち上がり、自分の部屋に戻る。
「よし! 頑張ろう!」
無理やりテンションを上げて荷解きを開始する。
必要のないものは向こうに置いてきたし、ある程度のものは1月の時点で持ち込んでいるので昨日片づけた服以外に、段ボール3つ分程度の荷物しか持ってきていない。
時計や部屋のインテリアを飾る。
そして、新しく増えた料理本を本棚に入れてそれだけで荷解きは終わった。
とはいえ、少しの模様替えもしたので時間はお昼前になっている。
ついでにそのまま部屋の掃除を始める。
「あ、そういえば洗濯しないと」
掃除も一通り済ませて、お昼を食べている途中に洗濯していなかったことに気が付く。
そして、結局何度も確認しようと思っていた洗濯についての相談もできていなかったことも思い出す。
「うーん。どうしよう」
実家であれば姉たちの分と含めて一緒に洗濯していたが、さすがにそれはまずいだろう。
そうなれば毎日回すには量が出ないため急ぐ必要はないといえるだろう。
「うん。獅子野さんが帰ってきてからでいいか」
食後のお茶を飲みながら後回しにする。
そうなれば、少し時間ができる。
暇だからか今朝のことを思い出して鼻を撫でてしまう。
「はっ!」
いやいやいや、なんで鼻を撫でてるんだろう。
知り合って1日しか経ってないのに恋人だなんて……普通におかしいと思う。
「はぁ、どうしよう……渚姉さんに相談……あんまり頼りにならなさそう」
なんだかこっちに来てからため息が増えた気がする。
まだ、お互いにお互いのことを知らないのに……獅子野さんの食べられないものは聞いたけど好きなものは聞いてない。
趣味とか、仕事の内容とか、休日はどう過ごすのかとか。
「まだ地理もあんまり把握できてないし少し散歩しよう」
うん。
買い物のために少し出ただけだから、通学路の確認とかしよう。
家に引きこもっているよりそちらの方が健全だろう。
「ただいま」
「おかえりなさい。ご飯の準備できてますよ」
昼に出かけたのが良かったのかいい気分転換になった。
うん、獅子野さんを見ても恥ずかしく──。
「出迎えてくれありがとう」
「──っ! わっ!」
今朝と同じく頬に手を添えられたので身を引こうとしたら、逆に引っ張られて抱きしめられる。
「好きだ」
「~~~っ! は、放してください」
身長差で胸の中に顔を埋めることになる。
いきなりのことに驚いていると頭上から囁くような優しい声をかけられる。
突き放すにしても、獅子野さんの体に手を伸ばすことはためらわれて体を硬直させて声を出すことしかできない。
「うん。今日1日ずっと悠里君のことが頭から離れなくて気持ちがあふれてしまった」
獅子野さんは簡単に僕を放すとそんなことを言う。
目をそらさずになんでそんなこと言えるんですか? 僕は恥ずかしくて、目をそらすことしかできないですよ。
「は、恥ずかしくないんですか?」
「なにが?」
あ、だめだこの人……。
昨日の口下手って言ってたくせに。
「す、好きだとか頭から離れないだとかです!」
「……気持ちは伝えないと伝わらない。だからしっかり伝えたい」
……ちらっとそらしていた目を獅子野さんのほうに向ければ、しっかりと目と目が合う。
なんなんですか!? マンガの世界から出てきたイケメンか何かなんですか!?
「ご飯できてるので着替えてきてください!」
そういって僕はこれ以上何かを言われる前に先に食卓に向かう。
これは逃げるのではない、戦略撤退なのだ!
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