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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

双子の姉弟勇者は目立たず世界を救いたい

作者: Taylor raw

世界に5つある大陸の1つグラーディア大陸

最大の大陸であるそこでは100年に渡って人と魔族による大戦争「人魔大戦」が繰り広げられた

人類が敗北しようというその時2人の勇者が現れ1年のうちに大戦を終わらせ人類間の紛争でさえも終わらせた後、何処かへ去っていったという

その姿を見聞きし覚えている者はおらずその名さえ記録には残ってはいない


大戦が終わった2年後の黎歴りれき1211年

戦禍から立ち直りつつあった人類は早くも戦争の悲惨さを忘れようとしていた

見渡す限りの牧草が碧々と生い繁り家畜たちが思うままに広々とした農場を跳ね回り草を食む。

大きな川が村の真ん中を緩やかに流れ森のような樹々が村の区画を覆い天然の要害となっている。

ここは首都や都会から遥か遠くの外れにあるミルウッド。

総人口121名。主な産業は牧畜であるこの田舎には貨幣経済というものすらなく何も取り立てて見るべきものはない。

−−−−いやひとつだけあった


この外れの村のさらに外れの外れ。

村の東にある森の奥、ほとんど人の立ち入らないそこには朽ちかけているが手入れされた小さな祠があった。

その祠に御供えものをして願い事を込めるとその願いが叶ったり叶わなかったりするという噂がここ最近ではこの地方で囁かれていた。



昼下がりの午後、焦げ茶色の髪をサイドテールにまとめた女の子がせっせと洗濯物を運んでいる。白い袖からその細腕が覗き日光に眩く照らされる。

遠くに見える畑では数人の子どもたちがせっせと野良仕事に勤しんでいた。

数人分の子どもたちの洗濯物は夏の日差しに乾くのが早い。

白いワンピースを着たその女の子は洗濯物を抱えせかせかと丈夫な木でつくられた彼らの家へと帰っていく。

まだ10代前半だろうか。年相応らしい背格好のその小さな少女が大量の洗濯物を抱えて歩く姿は見る人がみれば彼女が倒れないか心配になる光景であった。

家の中に入ると彼女と顔立ちが似た男の子が床に寝そべって何やらジタバタともがいていた。髪色やら仕草やらもどことなく彼女に似ている。


「ちょっとー……さぼってないであんたも手伝いなさいよお」


女の子は男の子に声を掛ける。

よく見ると男の子はうっすらと目に涙を浮かべ泣いているようだった。


「ディープが……ディープブラックが……」


彼の趣味は首都リンデンまで出かけ競馬やカジノといったギャンブルに興じることだった。

彼の握りしめるラジオからは彼一押しの名馬ディープブラックが天国へと旅立ったというニュースが聞こえてきた。競馬界ではよくあることだ。


「もーっ‼︎田舎もんの子どもの癖になに競馬なんかにハマってんのよ!この愚弟‼︎」


女の子は洗濯物を床に降ろすとゲシゲシと男の子の青いシャツの背中を蹴りはじめた。本来ならば彼らの生活圏に「ギャンブル」という概念はない。


「いてて!やめてよ姉さん!いいじゃないか、自分で稼いだ金なんだから!姉さんはケチすぎるんだよ!それに競馬は紳士のスポーツだ!バカにすんな!」


男の子は涙目の顔を上げ姉に抗議する。


「そのお金があればどれだけの牛や羊が買えると思ってるの?それにそのお題目はお馬さんの上に乗ってる人たちのことでアンタみたいなギャンブラーのことは紳士とは言わないわ。ほんとバカなんだからアンタは」


「いった!痛いって!もうやめてよ姉さん‼︎姉さんの力で蹴られたら骨折しちゃうよ!」


女の子が男の子を蹴る力がさらに強くなり、男の子は悲鳴をあげる。

女の子は外見こそ可愛らしいが身内に対してみせる性格は厳しいものがある。一方の男の子も可愛い顔をしていたがだらしなくぐうたらな一面があった。

彼らの名はロビンとウェンディ。

齢14となる双子の姉弟である。

彼らは2年ほど前に戦災孤児となった子どもたちを数人連れて何処からかこの村へとやってきた。といっても彼らも子どもではあったが。

彼らは誰も使っていない村の外れに住む許可を村人たちに貰うとあっという間にその何もなかった荒野を開墾して二階建ての立派な住居まで作り上げた。

当初村人たちの彼らを見る目は奇異であった。しかし彼らの外見の愛らしさときびきびと働く姿に絆され今では誰もがすっかり村の一員として彼らを受け入れていた。何より彼らはファーマーとしても狩人としても優秀であった。彼らの創るものも狩ってくる獲物も質の高いものが多かった。もはや彼らの仕事はこの小さな村の基幹産業となっていた。


「ディープはね……僕たちに夢を与えてくれたんだよ⁉︎生涯成績25戦24勝の史上最強のサラブレッドが唯一破れたのはガイセンモンで……聞いてる?姉さん?はあ……女には分からないだろうなあこのロマンは」


その言葉を聞いて姉であるウェンディは足を振り上げ床に寝そべる弟ロビンの顔面に踵を叩き込んだ。


「そんなお馬さんの話より今は夏野菜の収穫と品種改良よ!うちは所帯が多いんだから仕事よ、仕事!さあ早く!」


ウェンディはパンパン、と手を叩き鼻を押さえるロビンを引っ張っていく。なかなかにきつい処置である。


「いったい……暴力反対!収穫ならジョンもボブもやってくれるじゃないか!僕がわざわざ働かなくても……」


「あんた……そんなんじゃ将来ろくなもんにならないわよ!年下に仕事を丸投げする気?お姉ちゃんがその根性鍛え直したげるわ‼︎」


「ごめん……!ごめんって姉さん?分かったって……!やるから、仕事やるから……!」


ずるずる、と引き摺られながらロビンは必死に姉に許しを乞う。


「競馬は?」


「……やめない!」


パァンと頬を張る音が木々にこだまする。半ば気を失った弟を姉は畑への道をずるずると引き摺って進む。

この村は自然がそのまま残りこの姉弟以外は静かで長閑そのものだった。


ぴた、と不意にウェンディの足が止まる。同時に目を回していたロビンが目覚めた。


「何か見つけた?姉さん」


「村の入り口辺りに珍しいお客が1人……血の匂い……怪我してるみたいね」


ウェンディは感知魔法に優れ、この村のことなら何でも察知し、知ることができた。

今、村の外れに血を流した怪我人が来ている。野獣にでも襲われた旅人だろうか。この静謐な村にもこうした事故は稀にある。


「じゃあ行ってみようか。今日の収穫はジョンとボブに任せるようにいっとこう」


「……うれしそうねアンタ」


「いやいやまさか!うん心配だなあ、怪我してる人大丈夫かなあ〜」


ロビンの目が泳ぐ。思わぬ闖入者のおかげ・・・で姉のしごきを回避できた。内心は両手を挙げて喜んでいるのだ。


「もう……ジョンたちに頼んだら行くわよ愚弟」


ウェンディは仕方がないといった風に弟の肩を軽く拳で殴るとまずはジョンたちの作業場である畑へと向かった。















「うう……ここまでか……口惜しいのう……いったいどうしてこんな……」


頭や手足から血を流した老人が道端へとうつ伏せに倒れこむ。彼は数キロ離れた隣村からこのミルウッドまで命からがら逃げ延びてきた。彼の村は先ほど白昼堂々とならず者たちの襲撃に遭ったのだった。隣村へと救助を要請に来た彼の命は今尽きようとしていた。


「大丈夫ですか?……うわあこれはひどいですね〜すぐ治療しますからね」


……少女の声が聞こえる

しかし老人はもう目を開けることすら出来なかった。聞こえてくる少女の声は可愛らしい。

死の前に遣わされた天使なのかのう……

そんなことを思っていると不意に彼の体が暖かくなりその痛みがみるみるうちに引いていった。疲労感すら消えていくようであった。

やがて老人は目を開け体を起こすと自分の体を確認する。


「な、なんじゃあ……何が起こったんじゃあこれは……」


老人は驚いて目を見開いた。さっきまで瀕死の重傷だった傷が塞がり痛みさえその体から去っていたのだ。一体何が起こったのか。

ふと顔を上げ辺りを見回す。そして何かを発見した老人の表情が固まった。


「どうもこんにちは!私たちはミナカミさまの御使い『ブラッキーズ』よ!あなた、血塗れで倒れてたわね。何があったのかしら?」


「お困りであれば僕たちに出来ることなら手助けしますよ。お代は祠への御供えをお願いしま〜す」


そこには黒い燕尾服のようなスーツとサングラスを身につけた少年と少女が立っていた。目はサングラスによって隠れているが2人とも顔立ちが整っていて可愛らしいのは見てとれた。

……何かの悪戯だろうか

老人はこの村の救助と噂の「ミナカミさま」を頼りここまで命を削る思いでやってきた。

しかし、老人は今起こっている出来事と情報を整理しきれなくなり硬直する。


「……姉さん、やっぱり固まってるよこの人。やっぱりやめようよこれ……恥ずかしいよ僕……どうせ『あれ』するんでしょ?意味ないよねこれ……」


「バッカねえ、素顔を隠すのと隠さないとでは『あれ』の負担が違うのよ!いつも言ってるじゃない」


「……そうはいうけどさあ、若干姉さんの趣味も入ってるよねえ、これ?いてて!ぼうりょくはんたい!」


姉弟なんだろうか?喧嘩を始めている……

状況が把握できない老人はすっかりその場に固まってしまった。

……やはりあの世からのお迎えが来たんじゃろうか



――――――――――



2人の姉弟は何処からかテーブルとイスを持ってくると涼しい木陰にそれを設置し、戸惑う老人に座るように促した。


「はい、どうぞ。まだ温かいですよ。遠慮せずに食べてください」


黒服の女の子がパンと水筒に入った温かいお茶を用意してくれた。

渇きと空腹を思い出した老人は礼を述べそれを平らげる。パンは柔らかくお茶は程よい温もりで食べやすかった。

……この子たちは一体


「……あのう、あなた方は一体どういった方なのかのう……?ワシにはこの村の子どもに見えるが……」


落ち着いて見てみると2人は年端もいかない少年と少女に見えた。変わった格好をして神の御使いを名乗っているが何かの遊びだろう。


「だから言ったでしょう?私たちは神の御使い『ブラッキーズ』よ☆」


サングラスで目線は隠れているが女の子は愛らしい笑顔でそう言った。

老人は再び戸惑いを覚える。ふざけている場合ではないんだが……


「すみません。ちょっとの間姉さんに合わせてやってくれませんか。おじいさんの怪我を魔法で回復させたのは姉さんなんです。何にしろあなたの問題を解決できるのは僕たちだと思うんです。この村には他に頼れるお医者や手練れなんていませんから」


これまた黒服を着た弟らしい少年が老人の耳元でそう囁いた。

回復魔法を使える者というのは希少だ。それを使えるということは一流の魔術師であるということだ。しかも先ほどの老人の負傷は瀕死レベルのものだった。かなりレベルの高い回復魔法を使ったということだ。

……何者かわからないが一理ある

この子たちが自分の怪我をあんな一瞬で治療する程の魔法使いというなら相談する価値はあるだろう。

老人は腹を決めると身の上に起こった事情をこの姉弟に話すことにした。


「先ほどワシの村……ドーソンに山賊が現れてのお……奴らめっちゃくちゃに暴れていきおった……!ワシらの村長と議員は真っ先に殺されてしもた……ワシの孫も娘も逃げたはずじゃが無事かどうか……」


老人は涙ながらに身の上に起こった災難を語る。

ドーソンはここミルウッドから数キロ離れた隣の村だ。大怪我を負っての山道は老人にとってきつかっただろう。あの負傷で良くここまで辿りつけたものだ。

この地方では町や村ごとに代表となる議員というものが選ばれ国政に参加できる。今の話ではドーソンの代表である議員と村長が殺されてしまった、ということだ。


「なるほど……大変でしたね。それはどれくらい前の話ですか?」


「1時間ほど前じゃと思うが……」


「よし、間に合いますね。次に山賊たちの人数はどれくらいでしたか?自警団は抵抗出来ませんでした?」


「……?ああ、奴ら50人くらいいておまけに強くてのう……自警団もあっという間にやられてしもうた……」


ドーソンも小さな村だがここよりは人口も多い。大の大人が束になっても叶わなかった、ということか。


「わかりました。では最後に。その山賊たちの顔と武装は思い出せますか?出来ればリーダーらしい男の顔をあなたの頭で思い描いてください」


「……?思い描くだけでいいのかのう?」


「はい、では記憶を整理して目を閉じて頭の中に思い描いてください」


「辛い記憶かもしれませんが大事な情報ですから。すみませんが辛抱してくださいね」


姉弟に促され老人は訝しがりながらも言われる通りにする。

……凄惨な記憶を、憎き奴らの顔を


老人が目を閉じると少女がそっとその頭に掌を当てた。老人は記憶に集中しているので気付かずに作業を続行する。

数秒くらいそうしていただろうか。少女は老人の頭から手を離すと彼に声を掛けた。


「はい、ありがとうございます。もう良いですよ。辛い記憶でしたね。ごめんなさい」


老人は目を開けると震える体を懸命に止めようと努めた。するとその右手を少女が、左手を少年が握った。


「あなたの願いは私たちが叶えます。

よくここまで来られましたね……その勇気に敬意を払います」


……この子たちは本当に天の御使いなんじゃろうか


目の前の年端もいかない2人にはそう信じさせる何かがあった。

老人は涙ぐむ。−−−−ここまで来て良かった


「お願いじゃ……ワシの……ワシの村と家族を救ってくだされ……!」


老人は嗚咽とともに精一杯の気持ちを込めて願った。

2人の姉弟は老人の手を優しく握ったまま微笑む。


「わかりました。今から私たちはドーソンを救いに行きます。では最後にもう1つ」


少女が懐から小さな筒を取り出し、老人の顔の前に持ってきた。


「あーー……出たよ、でたでた……」


少年が茶化すようにため息をつくと少女はその横腹に肘打ちを食らわせた。

一体なんなんじゃこれは……

老人はじっと少女が手にする筒を見つめる。


「では、この筒をじっくり眺めてください。いいですか?目を逸らしちゃダメですよ〜?ではせーのっ」


少女の掛け声で筒の先から眩いばかりの光が迸った。

老人は口を開け硬直する。

筒からの謎の光を受け彼の意識は飛んでいたのだった。


「ついさっきあなたはミルウッドの祠でミナカミさまの可愛い可愛い御使いと間抜けな御使いに出逢って助けられました。そこであなたは後日御供えをすることを約束する代わりに村を助けることをお願いしました。その願いは叶えられるでしょう。目覚めたときあなたの村は救われ山賊たちは残らず吊るされているでしょう。以上!」


少女、ウェンディが言い終わり両手を叩くと老人はテーブルに突っ伏して眠り始めた。

この筒はウェンディの開発した魔導兵器「シナプス・リコンストラクト」。

魔力を込めると筒の先から発光し、その光を直視したものは前後数十分ほどの記憶を失い、更に術者によって記憶を失った間のある程度の記憶操作を為すことができる。催眠系の超便利兵器であった。特に姉弟の容貌と存在は記憶から念入りに消去されるように調整されてある。彼らが顔を隠し目立たない・・・・・格好をしているのは被用者への脳の負担を少しでも減らすためであった。またこの黒服には人々の印象に残りにくい呪術が施されてもいた。


「相変わらずえぐいよね、姉さんのそれ。心が痛くないの?……いたたっ!ごめん、ごめんって!つねらないでよ姉さん!」


もちろん倫理的な問題はある。術に掛けて記憶を奪い操作までするわけだから。悪人に使用するだけならまだしも、今回のように無辜の人々に使うことだってあった。ウェンディにその良心の呵責がないわけではない。しかし彼ら姉弟や弟分たちの生活を守る為には致し方ないことだった。

姉弟は眠った老人を木のテーブルに寝かせると何処からか取り出したシーツを被せた。


「じゃあ行くわよ。ドーソンへ。移動魔法でひとっ飛びで行きましょう」


ウェンディは懐から白い杖を取り出すと地面に何やら魔法陣を描き始めた。















壊れた煉瓦や木屑が道端に散乱し、あちこちの壊れた住居からは火の手が上がっている。血を流した怪我人に泣き縋りまた介抱する人々も街中に溢れ、ここドーソンは正に阿鼻叫喚の有り様だった。


「……犯人はもう逃げたようね」


「うわあ、こりゃあひどいね」


ウェンディとロビンが荒らされたドーソンの街を見渡しながら呟く。

姉弟は移動魔法陣によってこの街に先ほど到着した。老人と会ってからものの数分と経っていない。

目立たないために座標を調整して街外れに瞬間移動する気遣いも忘れなかったがこの状況で黒服をきた姉弟に目を留める者は皆無であった。

ウェンディは街を歩きながら死体や重症を負った怪我人の数を数える。


「ざっと数十人、というところね。住居や建物の方は手が回らないわ」


「そっか。じゃあそろそろ始めてあげてよ姉さん」


「わかってるわ。誰も来ないように見張ってなさいよね」


姉弟は無事な建物を見繕うと人目を避けるようにその中に入っていった。

中に誰もいない事を確認するとウェンディは再び愛用の白い杖を取り出す。


「天に座します慈悲深き熾天使よ。まだ旅立つべきでない魂を再びこの世に呼び戻しその還るべき器も在るべき姿に戻したまえ!ドゥ・ヴァリアペルラ・アルバデュガ……」


ウェンディは呪文を唱えながら杖で空中に文字を描き始めた。不思議なことに彼女が描いた文字は空中でそのまま形になり視認でき、薄い光を放ち始めた。


「……パルラ・パルメ・カルラ・ファリア……顕現したまえ!熾天使の息吹!セラフィム・ラブ


ウェンディが呪文を唱え終わると空中の文字が眩く光り始め夏というのに春風のような心地よい風が街中に吹いた。現象はそれだけに留まらず雲の隙間から美しくも暖かな光が辺りを包みこんだ。


「終わったね。おつかれさん」


「街に出て確認するわよ、ロビン」


姉弟は建物から出て元来た道を戻る。

あちこちから驚き混じりの悲鳴と歓声があがっている。

見ると先ほどまで息も絶え絶えだった者が傷1つない姿で起き上がり、死者までも蘇り街中は驚きと喜びの声で溢れかえろうとしていた。


「良かったね、姉さん。時間が心配だったけど上手くいったね」


ウェンディが先ほど使った魔法「熾天使の息吹セラフィム・ラブ」は熾天使の一部を顕現し死後3時間以内であれば死者さえ蘇らせることができる回復を兼ねた復活魔法である。範囲と規模は術者が指定する事ができる。このレベルの超魔法は世界広しと言えども神や天使に愛された彼女にしか扱える者はいない。


「死んだけど生き返ってない人、まだ重傷を抱えている人はいないみたいよ」


ウェンディは感知魔法により小さな街程度の生命反応くらいならば感知できる。彼女の感知する限りでは死者数十名と重傷者たちは全て無事に蘇り完治したようであった。


「じゃあここの村長と議員の話を聞きに行きましょうか。彼らも生き返ってるはずよ」


















ドーソンから数キロ離れた森の中。

明らかに人相の良くない革鎧を着た破落戸ごろつき風の男たちが馬を木に留め地べたに座り何やら談笑している。数十人は居るだろうか。

その顔や手足にはべっとりと血が付いている。彼らのものではない。返り血だ。


「呆気なかったな!しょうもない村だったぜ、取り分がこれっぽっちだとはよお!」


「労力の割に合いませんぜお頭ぁ!ほとんどジジイとババアばかりじゃないですか」


「愚痴るな!このお嬢さんがいればあちらさんは大金を出すと言ってるんだ!換金すれば山分けだからよお、黙ってろや」


賊どもは互いに愚痴を言い合いその矛先は頭目へと向かうが一喝される。

頭と言われた男が見つめる先には手足を縛られ頭から袋を被せられた女の子が眠っているようだった。

先ほどドーソンを襲った賊は彼らである。村には取り立てて財産もなく若い女も少なかった。なぜ彼らは実入りの少ない小さな村を襲い村長や議長まで殺し1人の娘を誘拐する凶行に及んだのか?それは莫大な報酬と引き換えの仕事の依頼だったからだ。


「そろそろ来る頃だぜ依頼人がよお」


頭目が陽射しを見つめ時間を気にしだした時だった。


「山賊かあ……久々に見るね。この辺のはあらかた狩り尽くしたはずだけど」


「新興なんでしょ。仕事も雑いし荒いわ。それに悪の根は常に絶えないものよ」


何処からか凛とした声が山賊たちの元に聞こえてきた。


「誰だっ⁉︎名乗れ!依頼人か?」


頭目が声のする方に向かって恫喝する。

しかし返ってきたのはクスクスと嘲笑うような笑い声だった。


「くそっ‼︎バカにしやがって!依頼人ならくだらねえ悪戯はやめろ‼︎」


顔を紅潮させ、頭目はあたりをつけて叫ぶ。しかし反応は違う方向から返ってきた。


「ここよ、山犬ども。残念だけどあんな凶行を働いたあんたたちは生かしておけないわ。来世はいい奴に生まれ変わることね」


「じゃあ反省しながら旅立ってください。あ、1人だけは少しだけ長く生きられるかも。聞くことがあるから」


今度はより近くはっきりと聞こえてきた。声のする方を見ると黒服黒メガネを着けた少年と少女が木の上から彼らを見下ろしていた。


「なんだ、てめえらは……おい、やれ」


「ミナカミ様の御使い『ブラッキーズ』よ☆」


「ととっ……あぶないよ姉さん」


ウェンディの挨拶に構わず頭目の命令で射られた矢をロビンが素手で掴み取る。

賊たちが各々武器を構え戦闘態勢に入り始めた。−−−子どもは金になる


「開戦の合図みたいね。やっちゃいましょうかロビン」


「オーケー。姉さん、頭はどいつ?」


「あれよ、あの傷の大きいあいつ」


「よし、あいつ以外狩っちゃおう」


姉弟は木から飛び降りると同時に落下の衝撃を利用したドロップキックを賊に食らわせる。

−−パキャッ!

蹴りを受けた賊の顔と首の骨がそれぞれ砕ける音が辺りに木霊した。


「このっ!くそガキどもがあぁぁぁぁ‼︎」


賊たちが手にした剣や斧を姉弟に向けて振り下ろす。

しかし彼らはまるで野生の獣のようにしなやかな動きでその攻撃を躱し、またその武器を破壊していく。

−−−バキッバキッ!

−−−ガシャッ!

賊たちの武器は振り下ろされる先から姉弟たちの突きや蹴りによって片っ端から破壊されていく。

やがて賊の頭目に焦りの表情が見え始めた。


「なにをしてやがる!ガキ2人に舐められやがって!とっととカタをつけろ‼︎」


頭は怒鳴るがそれは無理筋だった。

彼らが相手にしているのは野生の虎以上に危険な相手である事に彼らは未だ気づいていなかった。


「オラァ!くそっ!ちょこまかと!剣が折れちまった!」


「なんだ……⁉︎なんなんだこいつら⁉︎」


賊たちの顔から余裕が消え焦燥の色が現れ始める。

やがてあらかた賊の武器を破壊し終わると姉弟たちは反撃に転じる。

賊たちの攻撃を掻い潜り姉弟の突きや蹴りが賊たちの身体に突き刺さった。

魔力を込めた彼らの突きや蹴りは一撃で賊たちの骨を砕き内臓や脳に甚大なダメージを与える。それは防具の上からでも関係なかった。


「ウギャアアアアア‼︎」


「グアァァァァァ‼︎」


ある者は首を180°曲げ、ある者は血反吐を吐きのたうちながら次々と賊たちは地へと伏せていった。

ロビンは逃げ出そうとする賊の最後の1人の首根っこを掴むと木の枝に向けて投げつける。

ゴム鞠のように飛んでいくその身体は悲鳴をあげながらやがて木へと串刺しとなった。


「な、な……っ‼︎」


1人遺された頭目は言葉にならなかった。

50人からなる破落戸どもが一瞬にしてたった2人の子どもに殲滅された。それも少年と少女は素手で戦っているように見えた。

賊はいずれもそれなりに腕に覚えのある者を集めたはずだった。

−−−信じられない

知らぬ間に頭目の膝がガタガタと震えだす。

仕事が仕事だ。いつでも命を落とす覚悟は出来ているはずであった。しかし目の前の凄惨で信じがたい光景を見せられて頭目の覚悟は揺らいでいた。

何より神の御使いを名乗る超常的な彼らの強さがとても恐ろしかった。

−−−生きていたい

プライドよりも生存本能が頭目の身体を支配した。


「ま、待ってくれ!い、いや待ってください!ドーソンの生き残りか?すみませんでした!なんでもしゃべるから助けてくれ‼︎頼む!いや、頼みます‼︎俺たちだけが悪いんじゃないんだ‼︎」


自身の方に歩みを進める少年と少女に向かって頭目は命乞いをはじめた。

それは頭目にとって山賊人生ではじめてのことであった。

しかし黒服黒メガネの子どもたちは何の感情も浮かべることなく地に伏す賊の頭目にさらに近づいてきた。


「ひ、人質のガキも返すから……頼む……!」















日が沈んだ首都リンデンでは街の隅々にランプの明かりが灯り華々しい建物がその光に映える。田舎とは違い夜半過ぎでも人々は道を行き交い喧騒を見せる。

首都の中でも一際大きく目立つ建物がこの地方の政治の中心でもあり、主要機関でもある王族や貴族の住まう王城だ。今宵も街を見下ろすように高く白い城壁は聳え立つ。

王城は日が沈んでも眠ってはいない。

今夜城の会議室のある一室では大陸の勢力図さえ変える重大な会議が開かれていた。


「近年我々レグラード軍の軍備は年々縮小されてきた。軍事行動も毎年のように減少している。周辺諸国との融和というお為ごかしを謳い文句にな。西のウエスとの国境線は未だ曖昧なままであるし、悲願である魔王の首さえ取れていない。これは由々しき事態だ……我が国が、愛する我が帝国が諸侯に侮られ魔族に遅れをとっていることは私にとって、いや我々にとって耐えがたい屈辱である‼︎」


王族や貴族を集め開かれた議場の真ん中で熱弁を振るうのは第一王子リゼルクであった。その内容は如何にレグラード帝国が偉大であるか、今こそその力を示すべき時である、という国威掲揚を趣旨としたものであった。


「2年前、我々は勇者の力を借りこの地から魔王軍を撃退した!しかし魔王は未だ健在であり、魔族の幹部の多くは生き残っている!今こそ軍事力で周辺諸国をまとめ上げ攻勢に出る時ではないか⁉︎これは人類の代表たる我々レグラードに与えられた使命であり義務である‼︎」


リゼルクは軍備の拡大と戦争の必要性を大きなリアクションと熱意をもって滔々と説く。

その熱弁は聴き心地が良く疑心暗鬼を持ってこの会議に臨んだ者をも魅了する何かを備えていた。


「魔族との大戦が終結した後、勇者たちは何処かへ去っていった!しかし我々の戦いは未だ終わっていないのだ!今こそ我々一人一人が立ち上がり分かたれた領土を1つにまとめ上げ魔族を討ち滅ぼそうではないか!これこそが大神の意志!我が国家の意志なのである!大神よレグラードに祝福あれぇぇぇぇ‼︎」


議場からは拍手と歓声が沸き起こった。

見ると大半の参加者や議員がリゼルクの演説に聴き入り賛同の意を示しているようだった。この会議以前には反リゼルクを掲げていた者の中にも彼に拍手を送っている者までいた。リゼルクの話術には怖ろしい何かが潜んでいるかのようであった。


















熱を帯びた会議が終わり2人の長身の男たちが城内の内庭を並んで歩く。

第一王子リゼルクと軍事顧問マルクス。

彼らこそがレグラード帝国の軍拡を掲げ再び大陸を巻き込んだ戦争を引き起こそうとするこの国きっての急進的な軍拡派であった。

この頃軍拡派は議会での勢力を増し日に日にその発言力を増していた。

そして今日のとある事件とリゼルクの演説でその台頭は決定的なものとなろうとしていた。


「さすがリゼルク様です。議員や貴族の大半を味方につけましたな。後は計画を実行するだけです」


髭面のマルクスは笑みを湛えながらリゼルクの労をねぎらう。


「フフン、造作もないことだ。軍拡の方は問題ないだろう。彼らは本当は戦争をしたがっているのだよ。戦争はいいぞ、金になる。後は貴様の腕にかかっているぞ。いいか、早く完成させるのだぞ、アレを」


「はっ、御意に。本日中に娘が届きます故。しかし一石二鳥、いや一石三鳥でしたね、此度の作戦は」


「私に逆らう愚か者どもを誅し実験材料まで手に入れる。これはまるで天が私の為に用意してくれた舞台ではないか!神は私に覇王となれ、と言っておられるのだ。なあ、そうは思わんか?マルクスよ」


「御意に」


彼らは議会で議長を務め軍拡派の妨げとなる穏健派のドーソン出身の議員と村長が邪魔だったので賊を雇い殺害を依頼した。自身の作戦だと気付かれぬように賊らしく村で暴れろ、とも命じた。

また、戦争の切り札として最近開発中の魔導兵器の実験材料にはある適性をもった人間が必要だった。それが先ほど山賊に誘拐されていたドーソンに住まう1人の少女であった。

またその実験は古の英雄の出身地であるドーソンやミルウッド辺りで行う必要があった。もちろん危険がつきまとう実験であるのでドーソンの議員や村長は実験場の建設にも、もちろん少女を実験材料に差し出すことにも大反対していた。彼らは元々リゼルク達に命を狙われていたのだった。


「なあ、マルクスよ、掃除というものは気持ちのいいものだな。これから忙しくなるぞ!」


「御意!微力ながら私もお手伝いさせていただきます」


沢山の人々を殺害する命令を出しておきながらこの言い草と満足そうな笑顔を浮かべる。

−−−もはや彼らに人間性というものは皆無であった


不意にズドン!と地鳴りが響いた。

見るとリゼルクとマルクスの数メートル先の地面には何か長細いものが2つ突き刺さりその物体からは何か呻き声が聞こえてきた。


「な、何事だ!」


直ちに複数の衛兵が駆けつけリゼルクとマルクスの周りを護衛するように取り囲む。


「お怪我は御座いませんか?王子」


「ない!それよりあれはなんだ?調べよ!」


「御意」


衛兵のうち何名かが地面に突き刺さった何かを調べるために歩み寄る。

次第に何であるかが見えてきた。


「ヒッ……!」


衛兵の1人が思わず悲鳴をあげる。


「何事か?報告せよ」


「人間です!人間が地面に突き刺さっています!1人はオグ様と思われます!」


「なんだと……」


オグとは今日山賊から実験材料の少女を受け取ることを命令したリゼルクの部下だ。帰りが遅いとは思っていた。

もう1人はドーソンを襲った賊の親玉であったがそんな末端のことは彼らには知る由もなかった。

1人は頭から地面に突っ込むようにして、もう1人は白目を向き胸から下を地面にめり込ませながら気を失っているようであった。

その2つの物体・・はまるで不出来なオブジェのようであった。


「そいつらは僕が投げた。全部聞かせてもらったよ、そいつらから」


闇夜の空から子どもの声が聞こえ、リゼルクたちは辺りを見回す。

声のしたあたりを見ると薄い月明かりに照らされた小さな人影が内庭の大きな木のそばに確認できた。


「貴様!何者だ……!」


衛兵の1人が人影に問いかける。


「ブラッキーズのイケメンのほうです」


「ブラッキーズの可愛いほうよ♡」


どうやら2人居たようだ。少年と少女らしい声が聞こえる。


「……はあ?何者だ!閣下に近づくんじゃない!」


衛兵たちが武器を構え身構えるが、少年と少女たちの影はゆらりと揺れ、よりこちらに近づいてくるようだった。


「お前たち、全力で私たちの相手をしなさい。そいつらから全部聞いたのよ?そこのバカ王子とサイコ科学者のバカな計画を」


「僕たちは全力でそれをぶっ潰しにきました。バカ王子、取り敢えず殴らせてもらいますよ。覚悟してくださいね」


彼らは衛兵に怯むどころか歩みをこちらに進めてきた。月明かりに照らされるその風貌はよく見えないが年端の行かない少年と少女に見える。

武装した衛兵はこの場に20人ほどいる。

この人数を相手にする気だろうか?


「おのれ、国家に仇なす反逆者と見做す!引っ捕えよ!」


痺れを切らしたリゼルクが戸惑う衛兵たちに命じた。子どもとはいえとんでもないことをしでかしてくれた。リゼルクは容赦ない。

王子の命令に従い衛兵たちは長槍や剣を構え彼らを制圧する為に前進を始めた。

少女は衛兵たちの戦闘の意志を確認すると懐から白い杖を取り出し構える。


「ダヴ・アクア・パラス・ウィテエ……水よ!」


少女が杖を振り呪文を唱えるとその先から大量の水が噴き出し衛兵たちに襲いかかった。


「ウアアア!」


「ゴボポポポ!」


水はまるで生きているように衛兵たちに絡みつき、また顔に張り付き溺れさせる。

辛うじて水の攻撃を逃れた兵士たちもまるで猫科の動物のように素早く動くもう一方の少年により次々と投げ飛ばされ制圧され戦闘不能に陥っていく。

1人、また1人と衛兵たちはその場に倒れていった。


「クッ、お逃げください!閣下!ギャアアアアア‼︎」


衛兵の1人がリゼルクたちに向け叫ぶが片っ端から子どもたちにのされていく。

形勢不利とみたリゼルクとマルクスは取り急ぎその場を逃げ出した。


「くそっ何者なのだ、彼奴らは⁉︎おいっ!衛兵たちが束になってもかなわんではないか!どうなっている⁉︎」


逃げながらリゼルクはマルクスに問う。この国きっての精鋭が子ども相手にまるで子ども扱いだ。


「奴らは魔族か……特殊な訓練を受けた何者かなのかもしれません。素性については状況を切り抜け次第急ぎ調べます故」


「もはや遅いのではないか⁉︎おのれ!王者たる私が小僧や小娘に追い回されてたまるか!おい!アレを使うぞ!」


何かを決心したのかリゼルクが走る方向を変える。庭を抜け城内のある場所に向けて走っているようだ。


「……わかりました。調整不足ですがやむを得ますまい」


マルクスは気乗りしない様子ではあるが渋々と言った様子で了承する。

2人は全力で城の廊下を駆ける。


「ウオオオオオオ‼︎ワァァァァ!」


「おのれ、止まらんかガキどもぉ!ギャアアァァァァァァ‼︎」


しかし後を追ってくる少年と少女は城内からも次々と投入される衛兵たちをまるで小石でもあしらうかのように跳ね飛ばし投げ飛ばしすぐそこまで迫ってきていた。


「お急ぎください!あと……あと少しですぞ!」


マルクスは焦りの声を発する。

屈強な衛兵たちをまるで玩具のように扱う子どもたちだ。「アレ」無しではとても太刀打ちできないだろう。


「待ちなさい!第一王子リゼルク!」


「ケツ捲って子どもから逃げるのが覇王なんですか?バカリゼルクさん?プークスクス!」


「ほらそこ、煽らない。作戦中よ」


子どもたちは王族への敬意など一切見せることなく容赦なく王子であるリゼルクを罵倒する。

そんな屈辱にもリゼルクは今は歯嚙みし、耐えるしかなかった。


「くっ……もう少しだ、おのれこのツケは必ず払わせてやるぞ……今すぐにな!」


その時不意にリゼルクとマルクスの足元に爆発が起こり、2人の足場が崩れる。

ウェンディの放った光弾が床の崩落を引き起こしたのだった。


「ウアアアアアア‼︎」


リゼルクとマルクスは悲鳴をあげ地下へと落ちていく。

しかし、それは彼らには結果として好都合だった。


「くくっ……‼︎陛下!お怪我は……‼︎」


「ないっ……‼︎おのれ!おのれ小僧ども!しかしやったぞ!みよ!」


元々彼らが向かっていた地下の研究施設。それが丁度彼らの足元にあった為に今到達できたのだった。


「……やりましたね!さあお早く装着なさってください!アレに適合できるのは貴方様だけです!さあ‼︎」


マルクスが指差す方には金色に輝く大きな鎧兜と大剣が立てかけられていた。


「わかっておる!見ておれ!次に悲鳴をあげるのは貴様らのほうよ‼︎」


リゼルクは急ぎ鎧の元に駆け寄り己の身に装着し始めた。

大きなその鎧は「着る」というより「乗り込む」と言った方が適切だ。


「リゼルク!マルクス!観念なさい!」


「往生際が悪いなあ……ん?なんだあれ姉さん」


彼らの後を追いウェンディとロビンが地下研究室に降り立った。

もはや後は「もやし」だと思っていた貴族たちに一撃をかますだけだと思っていた2人は金色に輝く甲冑に身を包んだ騎士を見て再び身構える。

その巨体からは金色の魔力が立ち上り異様な威圧感を放っていた。


「ハハハハハ‼︎お遊びはここまでだガキども!これこそが私の、いやレグラードの最終兵器『アダムスの武具』よ!伝説の勇者の力を今見せてやる!王族に逆らったことを今後悔させてやるぞ!さあくらえ‼︎」


実験中であった『アダムスの武具』を身につけたリゼルクがそこにはいた。

金色の騎士となったリゼルクが大剣を抜き放ち距離はあったが気にせずそのまま姉弟に向けて振り抜いた。

すると金色の魔力を纏った斬撃が真っ直ぐに姉弟に向かって飛んでいった。


−−−チュドオオーーン‼︎


魔力による金色の斬撃が姉弟のいた辺りに衝突し轟音を立てて当たった箇所の壁や床が崩れる。

リゼルクの振るった『アダムスの大剣』は太古の昔、初代魔王を滅ぼした勇者の伝説の剣と言われている。

斬撃の命中した辺りは破壊され砂埃が舞い上がる。


「フハハハハ!ざまあないなクソガキども!懺悔の声が聞けなかったのが残念だがな!」


リゼルクが高笑いをあげる。

それを見てマルクスも一息つき満足そうな笑顔を浮かべる。


「よし!私の実験は成功していた!さすがです閣下!レグラード王族はさすがアダムスの血統を受け継ぐ者です!」


「当然だ!やはりすごいぞ!この装備は!圧倒的ではないか⁉︎もはや、被験体なぞ要らんのではないか?よし戦争を始めるぞ!私自身が逆らう者どもを滅ぼしてやろう!」


戦いが終わり勝ちを確信したリゼルクは再び高笑いをあげた。

−−−しかし

勝利の余韻は束の間だった。


「うるっさいな〜……まだ終わってないよバカ王子」


「あーあ、砂で汚れちゃったよ私の服」


「⁉︎……クソガキども……!」


砂埃で見えないが確かに刃の一撃を食らわせた辺りからあの子どもたちの声が聞こえた。

やがて砂埃から2人の少年と少女がコツコツとこちらに歩みを進める音が近づいてきた。


「外したのか。フン、運のいい奴らめ。良かろう!もう少し遊んでやろうではないか!このリゼルクがな!」


「お気をつけください、リゼルク様。奴らは普通の子どもではありませぬ」


「ふん、何を言う。また蹴散らしてくれるわ!『アダムスの武具』を身につけた私は地上最強だ‼︎フハハハハ!ちょうどよい!貴様らを実戦テストの相手としてやろう‼︎」


子どもたちが生きて再び自分に向かってくると知ったリゼルクは意気揚々と身構える。

一方のマルクスは不安を覚える。罪人や捕らえた魔物やその他諸々で『アダムスの武具』の実戦テストは幾度か繰り返したがそんな今までの相手とはわけが違うプレッシャーをあの子どもたちからは感じていた。


「あー……うっさいわね。あんなの私の魔術障壁でかき消してやったわよ。でもこのままここで戦ったら崩落するわね、よし」


「移動する?姉さん」


砂埃が晴れ姉弟の姿が見えた。

黒い服に黒メガネはそのままで多少砂で服が汚れた以外は無傷のようだ。


「よーーし。リゼルク、今からさっきの広い内庭に移動して戦うわよ。いいわね?」


「フン!生意気なガキだ。良かろう!場所を変えて戦ってやろう!」


リゼルクはウェンディの申し出に意気軒昂に応える。

リゼルクとしても確かにこれ以上城内を荒らされてはたまらない。


「じゃあ先に行ってるわね、逃げるんじゃないわよリゼルク」


そう言うとウェンディは白い杖で魔法陣を空中に描き出し、瞬く間に弟とともにその姿を消した。


「……『逃げるな』だと⁉︎その舐めた態度を後悔させてやるぞクソガキども!」


ガチィン!と両拳を突き合わせリゼルクはウェンディの挑発に憤った。













移動魔法で一足早く内庭に着いた姉弟は待つ間にぐっぐっと身体を伸ばし軽く準備運動を始めていた。

月明かりが庭の広い草原を蒼く照らす。


「あれは勇者アダムスの武具を魔術改造した兵器ね。太古の伝説の武具だけどもはやリゼルクはアダムスと同じ力を手に入れたと考えていいわ。気合い入れて戦いなさい」


「ふーーん。なるほど……って、僕1人で戦うの⁉︎きいてないんだけど⁉︎」


「あんた最近鍛錬をサボりすぎて鈍ってるじゃない。本来なら役不足・・・だけど今のあんたにはちょうどいいから1人で戦いなさい。相手は伝説の勇者アダムスよ。死にかけるまで頑張りなさいね」


「……オニ!性格ブス‼︎いったい!いたいって!もお姉さんなんか嫌いだ‼︎」


「あんたのためでしょ!愚弟‼︎剣は貸したげるからやりなさい!」


姉弟がいつもの小競り合いをしているうちに夜空に金色に輝く光が遠くに見えてくる。

やがてその光は近づくほどに大きくなるとガシャン!と音を立てて内庭に着地した。

金色の騎士がひとっ飛びに距離を詰めてきたのだった。


「クソガキども……!おいた・・・がすぎたようだな!このリゼルク様が直々に処刑してくれるわ‼︎」


着地姿勢から立ち上がったリゼルクは少年と少女の姿を見咎めると殺気を放ち威嚇する。

リゼルクはこの姉弟相手に加減を加える気はないようだった。


「OK、リゼルク。アンタの相手はこの愚弟が務めるわ。『一騎討ち』ってやつね。もしアンタが勝てたら今日のところは引いてあげるわ。さあ準備なさい」


「はあ……やだなぁ……何なんだよあの馬鹿でかい鎧は」


どうやら姉弟はリゼルクと一騎討ちを所望らしい。

少年のほうは見るからにやる気がなさそうだが。

−−−侮られている


「……フフフフ‼︎フハハハハ!なめるなよガキども!束でかかってくればいいものを!よしいいだろう!一騎討ちしてやる!こい小僧‼︎」


リゼルクは忌々しそうに地面をひと蹴りする。

しかし姉弟はそんなリゼルクの様子にも構わず自分たちのペースで戦いの準備を始めていた。


「はい、これ。名工『ザックリー』さん作のロングソードよ。しっかり戦いなさい」


「はあ……わかったよ。やればいいんでしょ!やれば……」


「ほらそこ、不満そうな顔しない!さあ張り切っていこう‼︎」


「……ちぇ」


姉弟はどこまでもマイペースであった。

ロビンはウェンディに長剣を手渡され不満顔でリゼルクのほうに向かってくる。

リゼルクは彼らの「舐めた」態度に苛立つが余裕の笑みを浮かべロビンと向き合う。

兜に覆われてその表情は相手には見えないが。

金色の甲冑に「乗り込んだ」その身の丈は3メートルもあるだろうか。少年ロビンと向き合うとその巨体はより際立つ。


「さてやりますか。あ、ヤバいと思ったら降参してもいいからね?王子さま」


どこまでも舐めた口をきくロビン。

姉に手渡された剣の柄を手に取り白刃を鞘からスラッと抜き放つ。

なるほど言うだけはあり剣はかなり扱い慣れているようだ。少年の見た目からは想像できないほどの練度がその仕草から伺える。

しかしこの「兵器」は少し腕っぷしが強いから、とか強力な魔力を持ってるからとかいうレベルの相手では敵にすらならない。

何しろ伝説の勇者の力を引き出した武具なのだから。

リゼルクがその派手な装飾付きの鞘から大剣を引き抜く。


「今のうちだ……小僧。すぐに這いつくばらせてやるぞ!貴様には絶望を与えてから殺してやる‼︎」


「はいはい、じゃあやりましょうか。……って、ととと!あぶねー‼︎」


リゼルクが一瞬にしてロビンとの距離を詰め斬りこむ。

ロビンはその斬撃を地を滑るように間一髪でかわす。


−−−ドゴォォン!


振り下ろされたリゼルクの斬撃が地面に当たり轟音が辺りに響き渡る。


「やるな!小僧!少しは楽しめそうだな!だがこの攻撃をいつまで避けられるかな?」


リゼルクが剣に魔力を溜めて金色の斬撃をロビンに向けて次々と飛ばす。


「ホラァァァァァ‼︎くたばれクソガキィ‼︎」


複数の金色の斬撃がロビンに向けて飛んでくる。

しかしロビンは素早い反応でその全てをかわしていった。

流れたリゼルクの金色の刃が周囲の地面や木に命中し轟音が響き砂埃が舞い上がる。


(よし、この時を待ってたんだ。奴は完全に僕を見失った)


リゼルクが舞い上げる砂埃に紛れ反撃に転じる。

これが始めにリゼルクの攻撃を見た時から立てていたロビンの戦術だった。

ロビンほどの使い手になれば姉のウェンディほど上手くはないが視界が悪くても相手の生体反応を探り取る感知魔法くらいは使える。


(よし、勝った!はい終わり終わり!)


砂埃の舞う中でリゼルクの大きな金色の魔力は目立つ。

今、相手の位置を把握しているのは一方のロビンだけだった。

ロビンはリゼルクの背後へと回りこみその背中に向けて斬り込んだ。

その一撃は甲冑とリゼルクの背骨を砕き戦いを終わらせる、はずであった。


「うおおおお!そこかクソガキィ‼︎狡っからいマネを‼︎」


ロビンの位置を把握できてないはずのリゼルクが反転し当たる直前でその斬撃を大剣で受け止めたのだった。


「⁉︎くっ!やるな王子さま!」


リゼルクには魔法の素養が無く感知魔法など使えない。ましてや戦いながら魔力の精製を要求される高度な技術など持ち合わせてはいなかった。

ならばなぜ今ロビンの不意打ちに対応出来たのか?

それは『アダムスの武具』の能力の1つであり、『乗り手』を護るために危機が近づけば近づくほど『勇者アダムス』の力を引き出しより強くなっていく仕組みとなっていた。

もはや今のリゼルクの剣技や勘は往年のアダムスと遜色ないレベルになりつつあった。


「ウオオオオオオ!くらえ!クソガキ‼︎」


「……うっ!くそっ!」


リゼルクがロビンに向けて次々と斬撃を繰り出していく。その剣筋はもはや達人級のものでロビンですら受け止めるのでやっとだった。

アダムスの金色の魔力を帯びたその攻撃は一撃一撃が重くやがてロビンの剣に刃こぼれが見え始めた。

ロビンの持つ『ザックリーの剣』も相当の業物であるがやはり伝説の勇者の斬撃は受け止めきれない。


(くそっ!このままじゃジリ貧だ!よしどうせこの剣ももってあと一撃!その一撃にかける!)


ロビンは腹を決め大きく後ろに飛び退き態勢を立て直す。

右手に持つ長剣に魔力を込め、空いた左手を握りこむ。


「どうした?億したか小僧!始めの威勢はどこへいった?」


今度はリゼルクが煽る番であった。

リゼルクがククッと嗤い嘲るがロビンはいちいち反応せず構えを崩さない。

その顔からはどんな時にでもみせていた余裕は消えていた。


「そうだな。僕はあんたを見くびっていたよ。反省する。でもね、勝つのは僕だ。何故なら……」


ロビンはおもむろに握り込んでいた左手を前に持っていき開いた。

その左手からは白い鳥が現れバサバサッと何匹もリゼルクの顔へと勢いよく飛び掛っていった。


「『豆鉄砲で撃たれた白鳩ポッポポッポハトポッポ!』あんたは戦いの素人で魔法の使い所すら知らないからさ!」


鳥によって視界が遮られたリゼルクに向かって再びロビンは突進する。

右手に掴んだ長剣には魔力が込められ淡い白光を発している。

間合いに飛び込んだロビンはリゼルクの小手に向けて斬撃を繰り出した。


−−−パキャッ‼︎


鋼の砕ける音が響く。

ロビンの斬撃がリゼルクの小手に命中すると同時に『ザックリーの剣』が粉々に砕け散った。

リゼルクの小手の部分の金色のオーラが強くなっている。また甲冑の自動防衛機能が働いたのだった。


(砕けた⁉︎……くそっ絶好のタイミングだったのに!)


ロビンが初めて明確に焦りの色を浮かべる。しかし今度こそ敵は待ってはくれなかった。


「そこだっ!クソガキィィィィ‼︎」


リゼルクの金色の斬撃がロビンを捉えた。

少年の身体が大きく後ろに吹き飛び地面に倒れこむ。


「ぐっ……予想外だな……本当やるじゃないか王子さま」


ロビンは倒れこんだままで口からの血を拭う。

肩口から腹にかけて斬撃を受けた部分からは赤い血が流れていた。

見た目ほどのダメージはない。斬撃を受ける瞬間にロビンは飛び退き斬られたのは薄皮一枚分で済んだのだった。

しかし少年は長剣を失い攻め手を失った。

ましてや相手は『アダムスの武具』だ。

丸腰では如何ともし難かった。


「降参するか?クソガキ。この私に永遠の忠誠を誓うというなら許してやらん事もないぞ?まあ口先だけでは信頼できんので洗脳の処理は施してやるが。貴様は戦争に使えそうだ」


意趣返しだ。リゼルクは余裕の口調でロビンに降伏を勧告する。

もはや態勢からして勝負ありと見たのだろう。

しかしロビンは抗うように身体に反動をつけて勢いよく立ち上がる。


「はっ‼︎冗談じゃないね!あんたの戦争の道具にされるくらいなら死んだほうがましさ!」


ロビンはリゼルクに向けて拳を突き出し構える。

素手でもまだ戦うつもりのようだった。


「……フン。やはり使い手というものはプライドの高い者ばかりだな。貴様だけではない、ラックス、ハースト、ピルドネ。私直々にこの国の達人と言われる者たちをスカウトしたのだがな。どいつも首を縦に振らなかったものよ」


普段ぼっとしてるロビンでも聞いたことがある。それはここ数週間で行方不明となった高名な戦士や魔術師の名だった。


「おい、まさかあんた……」


「そうだ。私が殺した。王族の命に逆らったばかりかこの甲冑の機密まで知ってしまったからな。私の戦争の邪魔になりそうなんで消させてもらった。しょうもない奴らよ。だがまあ『アダムスの武具』のちょうどよい試運転にはなったぞ⁉︎フハハハハハハ‼︎」


リゼルクの高笑いにロビンは冷たい眼差しを向ける。

腹の中で不快感を覚えながらロビンはリゼルクにその暴虐の意図を問う。


「ねえ、そんな事やってもいいと思ってるの?心が痛まないの?ねえ?」


「フン!王者が為したことだ!何が悪い⁉︎私の為すことは回り回って国家の為となりやがては皆に還元されることであるのだ!些細な犠牲だ!こんなもの!」


己の暴虐を大義にすり替える。

歴代の独裁者と言われる者が為してきたことだ。

リゼルクはさらに続ける。


「まあしかしあの馬は惜しかったな。ディープなんとかと言ったか?私の乗り物に相応しかったのだが。実験に耐えられなかったようだな。ふん、所詮家畜よ」


ロビンの顔色が変わる。

−−−まさか


「おい、今ディープと聞こえたな?まさか……ディープブラックのことかぁぁーー⁉︎てめえ、ディープになにをしやがった‼︎詳しく話せ‼︎」


ロビンがリゼルクに向けて激昂する。


「なんだ?その歳でギャンブルなんぞやっているのか貴様。ふん、低俗な趣味がお似合いだな。そうそう、ディープブラックとか言ったな。この状態の私の移動手段として相応しいと見込み強化するための投薬を施してやったのだがあの馬め。投薬実験に耐えられなかったようだな。先日死によったわ。フン、他愛の無い事よ」


−−−ドパァァン‼︎


リゼルクがいい終わった瞬間、何かが弾けるような音が辺りに響いた。

ロビンを見ると右拳を中心に赤い魔力が溢れんばかりに迸っていた。


「お ま え か……お前が殺したんだな⁉︎ゆるさねえぞリゼルクゥゥゥゥ‼︎」


ロビンは近頃では滅多に見せる事の無い怒りの表情でリゼルクへと突進していった。

その全身には赤いオーラが漲っている。

対するリゼルクも金色のオーラを更に強めて迎え撃つ態勢をとる。


「フン‼︎たかが馬一頭どうだというのだ!我が覇道にとって路傍の石ころに過ぎぬわ!さあ来い小僧!そろそろ決着をつけてやる‼︎」


「ウオオオオオオ!リゼルクゥゥ‼︎」


ロビンの動きは野生の獣のようにしなやかで素早かった。しかし怒りの為か直線的だ。

ここまでロビンのどんな仕掛けにも対応してきたリゼルクは余裕で迎え撃つ。


「ふははは!そんな直線的な攻撃が私に通用すると思ってるのか⁉︎バカめ!真っ二つにしてくれるわ!」


リゼルクは向かってくるロビンに向けて斬撃を真っ直ぐ振り下ろした。

−−−完璧なカウンターのタイミングだ

もはや丸腰で冷静さを失ったロビンにはその斬撃を避ける術はなかった。



−−−スパァァァァン!



心地の良い音が辺りに木霊する。

金色に輝く刃が月夜の空を舞った。


「ば、バカなっ‼︎アダムスの剣が!」


真っ二つになったのはリゼルクの持つ金色のアダムスの剣であった。

斬撃を避ける必要はなかった。

ロビンは赤い魔力を纏った手刀でアダムスの剣をへし折ったのだった。

リゼルクの持つ剣は今や刀身の半分から先が無い。


「素手で伝説の剣をへし折っただと⁉︎貴様!いったい何者だ⁉︎魔族か?それとも魔王なのか⁉︎答えろクソガキィィィ!」


リゼルクとロビンはお互いの攻撃の瞬間交差し行き合った後再び向き合う。

バチバチ、と音を立てて赤い雷のようなオーラを全身に纏わせロビンは再び構える。

リゼルクは驚愕と焦燥を隠すためにロビンに向かって激昂する。

しかしそのヤマは見当違いも甚だしかった。


「……うるせえぞ、バカが……誰が魔王だって⁉︎ふざけんなよ……魔王を倒してやったのは誰だと思ってやがる……」


赤い魔力を纏ったロビンは静かに、だが怒りを湛えた口調でリゼルクに言い放つ。

先ほどまでとはその身に纏う気配も口調さえも変わっていた。

2年前、大戦が終わったとき彼には戦う技術しか残っていなかった。戦うこと以外に何も知らず趣味を持たず何にも喜びを見出せなかった彼はある日ふと群衆が集い歓声をあげ一様に熱気を注いでいる様子を目にする。何事かとその群衆に分け入り熱視線を注ぐ先を見つめると形の整った美しい馬たちが一斉に居並び駆け続ける姿がそこにはあった。それ以来、彼は競走馬にハマり暇なときは競馬場に通うようになった。時には年齢を誤魔化し馬券を購入することさえあった。中々のダメ人間予備軍である。

そして今、この危険な少年は静かに怒っていた。


「魔王を倒した、だと……?貴様、いったい……?」


「いいぜ、教えてやる。俺は『赤雷の勇者』ロビンだ!そういえば名乗ってなかったな。しっかり覚えとけバカ王子‼︎」


−−−赤雷の勇者

ロビンが本気の魔力を発揮した時のみその纏うオーラは赤い雷撃を纏ったような形状となりその攻撃は山さえ砕き音速を超え、硬く構成されたオーラは何者の攻撃すら通さないと言われる。

その鬼神のごとき戦いぶりをみた人々はいつしか彼を「赤雷の勇者」と呼んだ。

またそれは2年前に魔王を倒した後、大戦を終わらせ何処かへ旅立ち行方不明となっていた伝説の勇者の片割れの渾名だった。

不思議なことにその姿を覚えている者は誰もいないと言う。

共に戦場で戦った者でさえその姿形を思い出せない、と言い張った。

その特殊性から「実在しないのではないか」という学説すら出現するほど不思議な存在であった。


「……『赤雷の勇者』だと⁉︎ふざけるな!そんなものはただのまやかしだ!」


リゼルクは叫び否定する。

『赤雷の勇者』たち・・には各国の王族や貴族にとって不名誉な伝承がある。

2年前、魔王や魔族をこの地から退け漸く平和が訪れようとした時、軍の指揮官でもある強欲な王侯貴族たちは権利や土地の争いで人同士の大戦を始めようとした。その現状に憤った勇者たち2人は各国の首脳の首根っこを(物理的に)掴んで平和条約に調印させたと言われる。

これだけの事をやらかしておきながらその容貌は誰にも覚えられていない。しかし勇者によって平和条約を結んだという記憶も証拠の文書も存在するのだ。

王族にとっては不気味で不愉快極まる伝説であった。


「いるだろうがよ、ここによ……おい!お前、俺は頭に来てんだぜ!分かってんだろうな⁉︎てめえの鎧と頭はぶっ潰すぜ⁉︎覚悟しろ‼︎」


ロビンは今にも飛びかからんばかりの勢いであった。

しかしそんな激昂する少年の肩をちょいちょい、と叩く者がいた。


「ちょっと落ち着きなさいよ。ほれ、これ着けて。制御しないとそいつ殺しちゃうわよ」


移動魔法でロビンの隣にやって来たウェンディであった。

彼女はバックル付きのベルトのようなものをロビンに手渡すとさっさと消えていった。


「……ありがとう、姉さん。よし構えろよリゼルク。決着をつけようぜ」


「クソガキめ!何が勇者だ!勇者はレグラードの正当な血統たるこの私だ‼︎望むところだ!やってやる‼︎」


戦意を取り戻したリゼルクは再び折れた剣を構え魔力を込める。半分になったとはいえ『アダムスの大剣』は元が大きくまだまだ武器として充分に使える。

一方、ロビンは姉に手渡されたベルトを装着すると赤く光る魔力を込めた高く掲げた右拳をバックルに叩き叫んだ。


「変身‼︎」


『Standing by……』


バックルからは電子音とウィンウィンと唸るような音が轟き、ロビンの全身が赤い閃光に包まれた。


「くそっ!何なんだクソガキ!今のうちだ!くらえっ‼︎」


何が起こっているかわからないリゼルクはしかしこの隙を見逃さない。

すかさず金色の斬撃を飛ばすがロビンの纏う赤い閃光に全てかき消されてしまった。

そうしているうちにロビンを纏う赤い閃光が晴れその姿が顕になる。


『COMPLETE!』


「完了」の電子音とともに現れたのは銀色のプレートメイルに赤い縁が付いた鎧に全身を包んだ騎士の姿だった。

−−−『φファイギア』

ベルトを装着してバックルに魔力を注入することで聖鋼による特殊な鎧が精製され装着者の全身に纏われる。

この聖鋼は常に魔力を帯びたものでロビンの身体を内と外から守護するものだ。

これは魔術工学と魔術生物学に長けたウェンディが開発した彼ら勇者姉弟の切り札であり強大すぎる力の制御装置でもあった。

φギアは特にロビンの魔力の制御用に調整が施されたものである。

ロビンは左腕を前に拳をつくり戦闘態勢をとる。


「さあいくぜ!リゼルク!こうなればお前なんか素手で充分だ‼︎」


そう叫びリゼルクへと突撃を開始した。


「うおおおお!くらえクソガキめっ‼︎」


リゼルクは金色の斬撃を向かってくるロビンに向けて放ち、更に自身も大剣を構え突撃する。

飛ばした斬撃をかわされた所を直接叩く戦術だ。


「ウラァ‼︎」


ロビンはまず飛んでくる斬撃を左拳の突きでかき消した。

この状態のロビンには全身に赤雷の魔力が流れているのでただの突きにも相当の魔力が篭っている。

しかし間髪入れず今度はリゼルクの直接の斬撃が来る。

飛ばした斬撃を弾いたロビンのモーションの逆をついた左脇腹を狙った横薙ぎの斬撃であった。


(もらった!くたばれクソガキ‼︎)


必殺の間合いにリゼルクは攻撃が相手に命中する前に勝利を確信する。

−−−しかしそれは王子らしい甘い考えだった


リゼルクの斬撃がロビンの脇腹に到達する直前にピタリと止まる。


−−−⁉︎


信じられないリゼルクがよく確認するとロビンが両手で刃を挟み『アダムスの剣』の刀身を掴んでいた。

「白刃取り」である。

赤雷を身に纏ったロビンは人間の限界を超えた反応速度を見せる。

リゼルクは剣を引き戻そうとするが手元はびくともせず、押しても引いても動かない。


−−−バカな!この不安定な態勢で⁉︎なんて膂力だ!


リゼルクはロビンの見せる戦闘力の片鱗に内心圧倒され始めていた。


「オォラァァァ‼︎」


バキリ!と再びアダムスの剣が真っ二つに折られる。もはや刀身は当初の4分の1しかなくなっていた。


「おのれ!おのれ小僧ォォ‼︎我が家宝を!許さんぞォォ‼︎くらえェェェェ‼︎」


激昂したリゼルクは全力の魔力を右拳に込めてロビンに向けて放つ。

リゼルクの拳から金色のオーラが迸った。


−−−ガシャァァン‼︎


「ウアアアァァァァ‼︎」


しかし吹き飛ばされたのはリゼルクの方だった。

赤雷の勇者の一撃は疾く重い。

リゼルクの突きよりも早くロビンの突きが『アダムスの鎧』を貫いたのだった。


「う、ウグゥアァァ‼︎おのれ!おのれ!クソガキ!絶対に許さんぞ!覚えておれ小僧!」


倒れたリゼルクを見ると胸の辺りのプレートが破壊され中が顕になっていた。

もはや勝負ありだった。

ロビンは最後のとどめに入る。


「『覚えてろ』だって?いや覚えとくのはあんただよ、王子さま」


そう言うとロビンはベルトのバックルを弄り低い姿勢を取った。


『EXCEED CHARGE……!』


バックルから再び電子音が聞こえると今度はロビンの右足を中心に赤い魔力が収束し始めた。

それはまるで赤い嵐がロビンの右足から吹き上がっているようだった。


「ディープブラックの受けた苦しみを少しは味わえ‼︎」


赤雷天轟脚クリムゾンスマッシュ!SET IN MOTION!』


「くらえぇぇ‼︎バカ王子!」


ロビンは空高く飛び上がり3回転ほどすると右足をリゼルクに向けた。

すると赤いポインターがリゼルクに発射され金色の騎士はその場から動けなくなる。


「くそっ!動けぬ……!どうなっておるのだ⁉︎おのれ!おのれ⁉︎貴様の仕業か⁉︎こんなクソガキに王族たるこの私がァァァァァァ‼︎」


身動きの取れないリゼルクは怨嗟の言葉を吐く。もはやこうなってはそれは負け犬の遠吠えにしか聞こえなかった。

右足に赤雷の魔力を纏いそのままロビンは空中高くから見下ろしたリゼルクに向かって斜め45°の角度で突進し足先から激突した。


−−−ドパァァァァァァン‼︎

−−−ガシャァァァァン‼︎


赤い光が闇夜の草原を照らす。

インパクトの瞬間に金属の弾け飛ぶような轟音を立てて赤い爆発が起こった。

辺りには砂埃が立ち込め何も確認出来ない。


−−−赤雷天轟脚クリムゾンスマッシュ

赤雷の魔力を片足に収束した全力の跳び蹴りを相手に叩き込むφギアを装着した時のみ使えるロビンの『必殺技』である。


砂埃が濛々と立ち込め辺りから轟音に驚いた野鳥がチチチ、と翔び去る。

騒乱に動揺した野獣が動揺し吠える音が遠くに聞こえた。

遠くの街明かりの向こうでも騒ぎを聞きつけた民衆が騒めく声が聞こえる。

砂埃がうっすらと晴れだした頃月明かりが銀と赤の鎧を纏った騎士を照らし出す。

ゆっくりと銀と赤の騎士が歩き出す先には細かい金属片が散らばる中に半裸の男が白目を剥いて倒れこんでいた。

















嵐の一夜が明け今は昼飯時。

首都リンデンでは昨晩の王城の騒ぎと第一王子リゼルクの奇行で持ちきりだ。

賊による王城侵入に紛れて誘拐された王子リゼルクは明朝全裸で街中に立つディープブラックの墓標に泣きながら土下座している所を保護された。

発見された王子は錯乱状態で他にも「ドーソンの村を賊に襲わせたのは自分だ」とか「罪も無い人々を兵器の実験材料につかった」などとうわ言を繰り返しておりしばらく病気療養に入るとの噂だった。

またそれに連座して王子の側近であったマルクスや軍拡派にも近日中に調査の手が入るという情報も流れていた。


その事件の中心であった姉弟は今、リンデンの有名な食事処でご馳走にありついていた。


「うまい!いけるよ姉さん、このトマトと牛肉のスープ!あいつらにも食わしてやりたいなあ〜〜」


「大丈夫。一度食べればレシピはコピーできるから。ふんふん、バジルと黒胡椒が効いてるわね。いいアイデアだわ」


姉弟たちは昨夜の騒動など無かったかのようにムシャムシャと名物スープを頬張る。

ひと仕事終えた彼らは今日はラフなシャツを着ている。

どこから見ても一般人の少年と少女である。


あの後勇者姉弟はリゼルクに「己の罪と向き合い反省しろ」という暗示をかけた。その結果第一王子は己の罪の意識に耐え切れず街中で噂になっている奇行に至った。

もはや戦争指導者になるどころか王位継承すら怪しいだろう。


スープを食べ終わった姉弟は勘定を済ませ店を出る。

鰯雲がたなびき清々しい青空だ。

もうすぐ夏も終わる。

ウェンディが軽く伸びをして体をほぐす。


「さあ、帰りましょうか。私たちの家へ。ナスとトマトも収穫しなくちゃね」


「ほんと働くの好きだなあ、姉さんは。たまにはカジノや競馬にでもいかな……行きませんよね、冗談だよ姉さん!ハハハ‼︎」


ジロリ、と睨まれロビンがたじろぐ。

幼い頃から彼はこの姉に頭が上がらない。


「……まったく、さあ帰るわよ。みんなが待ってるわ」
















ミルウッドの村はずれの祠。

そこに御供えをすると願いが叶ったり叶わなかったりする。そんな噂がこの地方ではこのごろ流行ったり流行ってなかったりする。

今日も土地神である「ミナカミさま」は誰かの願いを叶えたのかどっさりと織物や野菜や小麦などが供えられていた。


「またなんかやってきたみたいだね、ウェド姉とロブ兄」


「今日は大量だね〜」


ジョンとボブの2人の子どもはウェンディとロビンの勇者姉弟がこの村に連れてきた子供たちの中でも年長のリーダー格である。2人が山と積みあげられた御供えものを見上げる。

隣村のドーソンで山賊に襲われたが死亡した者が息を吹き返し森で縛られた賊たちが見つかり捕縛された、という嘘のような話がここミルウッドにも風の噂で届いてきていた。捕まった賊たちは一度は「神の御使い」に殺された、と戯言を繰り返しているらしい。

詳しいことは分からないがこの2人には誰の仕業・・・・であるかは分かっていた。

ジョンとボブは祠と御供えものに両手を合わせ祈る。


「世界が平和でありますように」

最後までお読みいただきありがとうございました!

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