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「助かったぞ、一心。お前のおかげで、今日は早く帰宅できそうだ」
「そうか、そりゃ手伝った甲斐があった」
ホームルーム前の騒がしい時間、一心と彼の親友である須崎孝弘は、席に着いて談笑していた。
黒縁眼鏡と仏頂面がトレードマークな孝弘は、最近の学生の中では例外的にPCに強く、生徒会で会計の役職についていた。
「もらったコーヒー分手伝っただけだよ」
「いや、あのインスタントコーヒーじゃ割に合わないだろ」
「まぁいいんだよ。どうせ暇だったし。お前も知っての通り、俺って無趣味なんだよ」
「むう、一心がそういってくれるならいいんだが」
それでもまだ、孝弘は納得していないように呻る。
そして、あっと何にか思い出したように制服のポケットを探し出した。
「お、あったあった。コーヒーだけじゃ俺の気が済まんし、これを受け取ってくれ」
そういって、彼が一心に差し出したのは、映画のチケットだった。
「先日会長から試写会のチケットをもらったんだが、この手の映画が苦手でな。よかったらもらってくれないか」
「――あぁ、孝弘ホラーは苦手だからな」
そのチケットは、話題のホラー映画の物であった。
「そういうことなら、遠慮なく」
一心はそんなことを言うと、そのチケットをしばしじっと見つめた。
その姿を一瞬疑問に思ったが、その理由に思い至った孝弘は、慌ててそれを机の上に置く。
「すまない、失念していた」
「あ、こっちこそ悪いな。気を遣わせた」
一心は机の上に置かれたそれを慌ててリュックの中にしまう。
しかし、二人の間には、若干気まずい雰囲気が流れる。
ふと、その空気に耐えかねて前を向くと、丁度教室に一人の少女が入ってきたところだった。
肩までの長さの黒髪はカラスの濡羽色、時に凍てつくとも揶揄される凛とした眼差しと整った顔立ち、170cm近い女子の中ではかなり高めの身長。
騒々しい教室の中にあって、ひとりだけ異質な空気を放っているその少女の名は――。
「おい、一心」
「お、おうなんだ」
「また見とれてたのか」
「み、見とれてねぇし!」
「まぁ、気持ちはわからんでもないが、アイツは――新宮遥は止めとけ」
動揺する一心に、はぁと小さくため息をついて孝弘は親友に忠告する。
「確かに顔はいいが、あの手の怜悧で無表情でストイックな女はお前じゃ無理だ、合わないからやめとけ」
孝弘は渋い顔をして、親友にそんなことを言った。
――新宮遥は、ある意味ではそう、有名人であった。
学業は学年主席、スポーツでは運動部の主力連中相手に互角以上に立ち回る才色兼備で、おまけにあの美貌。
更に言うと悪い意味でも有名である。
人目を引くにも関わらず、人と関わりたがらない彼女は、影では同級生女子から言いたい放題されているし、なんならこのクラスでもがっつり浮いている。
“鉄面皮の女王“だとか”七崎のラスボス“だとか、そんな渾名さえついている。
「わかってるよ、そんなことは。ただ目の保養に見てただけだ。それと一応聞くが、誰だったら俺に丁度いいんだよ」
「ん、彼女なんてどうだ」
そういって孝弘が目線で示した先に、一心も視線を向ける。
向けた先には、談笑する女子が三人いた。
「あのうちの、誰だよ」
「そりゃ、藤崎さ」
彼のいう藤崎とは、グループの中でも一番目立つ――否、誤解を恐れない表現をするなら一番かわいい藤崎夏菜というクラスメイトだった。
ショートボブな栗色の髪に、健康的に引き締まったプロポーション、朗らかで快活な性格で良く笑い、男女分け隔てなく人気の高い女子だ。
「いや、それこそ高嶺の花だろ」
「まぁそうだが。お前みたいに、根がネガティブでいろいろ抱え込みやすいタチの奴には、あんないるだけで周りに元気をくれる奴が望ましいって話だ」
「成る程ね」
確かに、彼女と付き合える男というのは、かなりの幸せ者だろう。
そんなことを漠然と考えるものの、自然と一心の視線は、窓際の席で文庫本を読む新宮遥に行ってしまうのだが。