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「それは、なんというかアイツらしいな」
その言葉に、不覚にも一心はちょっと笑ってしまった。
わがままで自分勝手、そんな妹らしいなって。
「兄への当てつけに見えるとか思わなかったのかっていったら『そんなことまで考えたら、何もできなくない?』ってまた豪胆な返し方をされたよ」
そういって孝弘は軽く笑う。
あの時の自分は子供で、考え無しだったとでも言うように笑う。
「結局、その時は開き直りに聞こえて腹を立てて帰ったんだけど、冷静になってみたら、まぁ何も間違ったこと言っていないんだよなってことに気が付いた」
孝弘は、改めて一心に向き直る。
彼の眼を、まっすぐに見据えて言う。
「だからさ、お前もそうあるべきだ。わがままになるべきだ、変な罪悪感なんて捨てちまえ」
「――孝弘」
「自分の好きなことぐらい、身勝手に、真摯に向き合えよ馬鹿野郎が!」
親友の、彼なりの精一杯の激励が、一心の胸にくる。
そして一心は思い出す。
かつての自分は、もっと身勝手で、一生懸命好きなことに向き合っていたと。
それこそ、今目の前で竹刀を振るってる妹のように。
何かを決心したような一心の表情を見て、孝弘は頷く。
「新宮なら、今日は確か委員会で図書室にいるはずだ――行ってこい」
「いや、今すぐって」
「良いから行け!」
そういって孝弘は、一心のケツを思いっきり蹴っ飛ばす。
「いでっ!?」
「善は急げ、最善はより急げ!!」
孝弘の激励に驚き半分喜び半分、そして痛みに対してちょっとの怒りをおぼえて一心はこう返す。
「あぁ、ちょっと行ってくる!」
一心はそういって、走り出した。
武道館を抜け、夕暮れに赤く染まった廊下を走り抜ける。
一心のはやる気持ちを乗せた足は軽く、疾風のごとく放課後の校舎を駆け抜ける。
そして、目指す図書室の扉に手をかけて、勢い任せにバンと開け広げた。
「新宮!!」
突然現れた一心の姿に、受付カウンターに座っていた新宮は、僅かに瞳を丸く見開く。
「し、志村くんいきなりなに――」
「お、俺!」
一心はそこで息を整える為にゴクリと唾を飲み込み一拍を置く。
そして息を整えた一心は叫ぶ。
「やるよ、【NEW WORLD】! 挑戦させてくれ!」
「――」
妙にすっきりとした顔立ちに、淡い笑顔を浮かべる一心の表情に新宮は少し笑う。
「そういう気持ちになれたなら、また声を掛けてとは言ったけど、速すぎるのではないかしら」
「まぁ、すまないと思うけど、ほら、物事っていつも急に変わるものだし、新宮が俺を誘ったこと自体急なことだったから、これでおアイコってことで」
「――それもそうね」
新宮がそういって席を立ち、カウンターを出る。
そして一心の目の前に立つと、小さく笑顔を浮かべて右手を差し出す。
「それじゃあ、今度こそよろしくね志村くん」
「あ、あぁよろしく!」
そういって新宮の手を一心は握り返す。
しかし、握手をしたと思ったら、すぐにするっと手を放し、その右手の人差し指を立てて、一心の唇の前に添える。
「――けど、図書室では静かに。ね?」
「あ、ごめん」
ちょっと悪戯っぽい笑顔でそう言った新宮に、一心はちょっとどきりとした。




