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五月中旬。
桜も散り、ゴールデンウイークと言った行事も過ぎ去った、此処数日はすっかり初夏といった感じの日々が続いているその頃。
午前5時半、早朝の閑静な住宅街を歩く二人の人影があった。
「ごめんね、お兄ちゃん。毎朝、重い物持たせちゃって」
一人は、赤毛の癖毛をした小柄で華奢な少女だ。
目は大きく、顔立ちはやや丸顔、愛嬌のある可愛らしい顔立ちをしている。
少女は、真新しい私立七崎学園の制服に身を包み、赤色のタイをしていることから一年生であることがうかがえる。
一方、彼女の反対側を歩くのは、同じ制服を着て二年生の印である青いタイをつけた、少し背の高めの少年だ。
少女と同じかより暗い錆びのような色合いの赤い癖毛、顔立ちは意外と整っていて少女と似た面影がある。
彼女に兄と呼ばれたその少年は、教科書類が詰め込まれたリュックを背負い、ソレとは別に大きなバックと円筒状の細長いケースを肩にかけていた。
「気にすんな。だって防具ってかなり重いだろ? こんな時ぐらい暇してる兄を頼れ」
少年の名前は、志村一心。
彼は、先月入学し、剣道部に所属した妹の志村朝陽の付き添いで、朝練に同行する為、この早朝を帰宅部でありながら共に登校していた。
何故、一心が朝陽にそんなことをしているのかというと、理由は彼が今もっている荷物にある。
大きなバックの中身は、彼女が使う防具が入っており、その重量は5~6kgにもなる。
朝陽はかなり華奢で体重も軽い。
そんな彼女が毎朝この重量の物を抱えて登校する様子に、良心が耐えきれなくなった一心が自発的に彼女の荷物持ちを買って出たのが、今月の頭だったか。
それからは、自然と一緒に登校するのが日課となっていた。
「うちの女子剣道部ってどうだ? 練習辛くないか?」
「まだなんとも言えないかな、始まったばかりで。あ、でも先輩たちは優しいよ」
朝陽は人が良く、辛い時に辛いといわないところが少々あるので、過保護な兄は心配していたのだが、実際のところはそんなことはなかった。
むしろ、部活内ではある種マスコット扱いされて、お菓子などをたびたび餌付けされているのを一心は知らない。
「それはそうとして、お兄ちゃんはなんかないの?」
「なんかとは?」
「こう、熱中できるなにか? あ、恋愛でも可!」
「ふっ」
「え、なんで今鼻で笑ったの?」
一心は、遠くを見つめるようなまなざしで、呟く。
「恋愛とか、ちょっとわかんねぇな」
彼は、いまいち恋愛というものを理解していなかった。
初恋的なのすら、実はまだ未経験である。
一心において、恋愛とはコスタリカぐらい遠い世界のお話なのであった。
「俺が誰かを好きになるとか、ちょっと想像できないな」
それぐらいなら、また剣道を始める方が――。
「――。」
「ん、どうしたの?」
「いや、何でもない」
思考が一瞬嫌な方向へ走った一心は、かぶりを振って残った思考を飛ばす。
「あ、お兄ちゃんもういいよ!」
「ん。重いから気をつけろよ」
そうこうしているうちに、学校の校門まで到着していた。
一心は朝陽に防具などが入ったバックと竹刀袋を渡す。
「よっと。それじゃあ、またねー!」
そういって重い荷物を抱えて武道館に向っていく朝陽を見送り、一心は一息つく。
重い荷物から解放された肩をぐるぐると回してほぐしながら、さてと呟く。
「この時間なら、多分孝弘も生徒会室でなんかやってるかな」
あいつのところにお邪魔して、備品のコーヒーでもごちそうになろう。
そう考えて、一心は、生徒会室へ向って歩みを進めた。