3-7
▽▲▽
「――いてっ」
「おい、大丈夫か?」
書類の端が、一心の指先を掠め、微かな痛みが走る。
指先を見つめてみると、そこには赤い血の玉が浮いていた。
「ちょっと、指切っちゃったみたい」
放課後、一心は孝弘と共に生徒会の書類整理をしていた。
本来、一心は孝弘と違い生徒会ではないため仕事をする義理は無いのだが、暇なときは手伝うのが習慣になっていた。
――もっとも、その心意気の原因が、あんなことだと発覚した直後であったから、少し複雑な心境ではあったが。
だが、だからと言って一度約束したことを反故にするのは嫌だったので手伝いに来たはいいものの、どこか、心ここにあらずだった。
「気をつけろよ一心。というか、どうした、ぼーっとして」
「してた?」
「あぁ」
自分でも、ちょっと今の気分はよくないが、それでも孝弘に迷惑かけないように、努めて明るく振舞っていたと思っていただけに、少しショックを受ける一心。
「わ、悪い」
「なんかあったのか?」
訝し気に、孝弘がそう問い詰める。
「い、いやぁ別に何にも――」
「そういう時に限ってお前はなんかあるんだよ!」
ばれている、そう思って、思わず目を逸らす一心に、何か隠していると確信する孝弘。
一心と孝弘はなんだかんだで四年くらいの付き合いがある。
相性もあるのだろうか、今では以心伝心みたいなことまで出来る仲である。
「そういえば、昼に帰ってきた時からそうだよな」
びくりと一心の肩が震えた。
――図星である。
「まさか、お前――」
「ち、ちがっ」
「新宮に告って振られたのか!」
あれほど止めろと言ったのに、と言った風な表情でそんなことを言った孝弘にすかさず一心のチョップが頭に叩きつけられる。
「いだっ!」
「違うわアホ!」
じゃあ何だよ、と言った風に涙目で睨む孝弘に、仕方ないなと嘆息して一心は事情を話し始めた。
「俺はさ、薫に背を向けたことを後悔しているらしい」
「薫って、あれか。小学生の頃の剣道ライバルだったっていう」
中学からの付き合いである孝弘は、薫のことを一心の会話の中でしか知らなかった。
「それで、新宮から、まぁ新しいスポーツ的なのをやらないかって誘われていたんだが、無意識にその件が心残りでなかなか快諾できなくて」
「もしかして、ソレを新宮に見抜かれたとか?」
「まぁな。それで、そんな状態ならやらなくてもいいってさ」
一心はため息を吐いた。
そういう一心の顔は酷く暗い。
「なぁ、孝弘。俺、こんな自己嫌悪抱いたの初めてだ。剣道辞めて、吹っ切ってたつもりだったのに」
一心はそういって蹲り頭をかかえる。
「お前はさ、ソレやってみたいと思ってたのか」
「――俺に。一度大事なことから背を向けた俺に、そんな資格はない」
「そうじゃなくてさ、お前」
あきれ返ったような仕草で、孝弘は言う。
「一心は、ソレやってみたかったのか? 資格云々はどうでもよくて」
「楽しかった」
孝弘のその問に、一心は間髪入れずにそう答える。
「楽しかった」という言葉は、紛れもなく一心の本心であった。
だが、その心に大きな楔が撃ち込まれている。
かつてのライバルに背を向けたという罪悪感という名の楔が。
「だけど、俺にアイツのこと忘れてそんなことする資格が――」
「――馬鹿じゃねーの」
一心の、そのうじうじした言葉を孝弘が、一言で叩き伏せた。
親友のその言葉に驚いて、一心が顔を上げる。
そこには、イライラしたような、怒っているような表情を浮かべた孝弘がいた。
「あーもう、イライラするな! 一心、ちょっと来い!!」
そう言って、孝弘は一心の腕を引っ張って無理やり立たせると、そのまま引きずりながら生徒会室を出て行く。
「ちょっ、どこ行くんだよ!?」
「いいから来い!!」
そう言ってふたりは、武道館の方角へ向っていった。
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