3-1
体験入部のすぐ後。
「いだだだだだ」
「お兄ちゃんどうしたの?」
「いや、ちょっと筋肉痛」
夕食後の自宅リビングで、一心は昨夜の激闘の後遺症――筋肉痛に悶えていた。
ばりばりの体育会系だったのも過去の話、昔のノリで動いて身体が追いつかないのは、さもありなんといった感じだ。
「ありゃ、体育で調子乗っちゃった?」
「――まぁ、似たようなモノかもしれない」
「お兄ちゃん、ちょろあまだからなぁ。頼まれるとNOと言えないばかりか張り切っちゃうタチだもんなぁ」
「ちょろあま?」
「ちょろくて、あまい」
けろりとした風にそういってのける朝陽に、一心は口を尖らせて講義する。
「ちょっと待て、その評価には抗議する」
「的をいてると思うんだけどなぁ」
朝陽のいう、近年ラブコメヒロインみたいな評価に、流石に同意しかねる一心。
「まぁ、あれだよお兄ちゃん。そんなことよりさ」
「そんなことてお前、そんなことて」
「いつものお願い」
そういって一心が悶えていたソファーの前に座る朝陽。
朝陽のその姿をみて、無言でその肩に手を伸ばす一心。
「あだだだだだ」
「――痛いなら止めるか?」
「止めないで痛気持ちいい!」
ほぼほぼ日課になりつつある妹の肩揉みをする一心。
その姿に、兄としての威厳はあんまりなかった。
「お兄ちゃんも感謝してねー、女子高生の身体触るなんて、場所が場所なら即お縄なんだから、ご褒美と感じて励んでね」
「何様のつもりだお前。それならもうちょっと俺が揉んでて楽しい身体になれよ」
「揉んでて楽しい身体とは」
「――こう、ボンキュボン?」
控えめに言って、朝陽の身体は、ストンキュツルっといった感じで、痩せて結構肩回りも肉が無く、あまり一心としてはマッサージしがいのない身体と言えた。
これが中年の両親なら、肉の付き具合、凝り具合からマッサージしがいがあるんだけれどと内心、一心は思う。
「おにーちゃんのヘンターイ」
「安心しろ、他意はないから」
そんなことを言いながら、肩だけでなく、背中や首、頭まで手を入れもみほぐす。
「――なぁ、朝陽」
「んー?」
「剣道、楽しいか?」
何気ない、漠然とした一心の問いに、朝陽は笑う。
「楽しくなかったら、三年もつづかないよ。お兄ちゃんみたいに強くないし、万年補欠だけど」
「――そうか」
「それじゃあ、私も聞いていい?」
「なんだ?」
「結局、お兄ちゃんが剣道辞めた一番の理由ってなんだったの?」
「――。」
その朝陽の質問に、一心は詰まる。
一心の手のひらから、朝陽の身体が一瞬強張ったのがわかった。
「まぁ、大きな理由は二つあって、辞める時母さん達にも話したの、聞いてただろ」
「うん。視野が狭くなったのと、距離感が狂ったことだよね」
何気なく口にしたが、ことスポーツ――それも対人戦においては致命的だ。
片目の視力を失った場合、その視野は健常者の70%程度になるが、こと剣道の場合は事情が異なる。
剣道の試合でかぶる面の構造状、片目を失った者の視野は約40%となる。
この視野は試合において致命的な要因となりえた。
そしてもう一つは、距離感の欠如だ。
剣の有効距離がわからなくなる。
これもまた、試合において致命的要因だ。
この二つの要因に対応できなくなった当時中学一年生だった一心は、挫折し、その世界を去ったのだ。
「――でもさ。それって、原因のひとつかもしれないけど、一番の理由じゃないよね」
感が鋭いというべきか、図星を突かれて、一心は少し怯む。
だが、ここで観念すべきかと思い――否、いい加減誰かに聞いてほしかったのもあって、一心は、一番の理由を話す。
「薫にさ、置いていかれるのが怖かったんだ」
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