2-6
まずい、そう感じた一心が、後方に跳ぶように距離を取ろうとした瞬間。
ドンッという音を立て新宮が勢いよく踏み込む。
一心の目の前に新宮の蒼い剣閃が迫る。
「くっ!?」
だが、新宮が初手で首を狙いに来ることは、一心も予測済み。
剣で防ぐ自信のない一心は、腰を低くし、少し、無理のある姿勢で攻撃を躱す。
そして前転の要領で新宮の横に飛び退く。
転がり躱して、姿勢を立て直すが、そこに新宮の追撃が迫る。
咄嗟に剣を振るうが、タイミングが合わない。
胴に一閃、彼女の剣が吸い込まれる。
「ぐっ!」
胸に何か棒状のモノを打ち付けられたような衝撃が伝わる。
視界の端で、自分のHPゲージがメモリ三つ分削られる。
その胸に感じた衝撃に一瞬気が逸れた瞬間、新宮の髪が風に靡く。
靡く髪に一心の視線が逸らされる。
身体の軸を捻り、勢いをつけた剣閃が続けざまに二連撃、右肩と左腕に突き刺さり、一心のゲージがゼロになる。
『ゲームセット、you lost』
あっけなく試合終了のコールが鳴り、一心を現実に引き戻す。
一心がペタリと腰を地面につける。
しばらくスポーツ自体から離れていた一心からすれば、良く動けていた方だとは思うが、それでも新宮にはかなわなかったという事実を、ゆっくりと彼は受け入れる。
「俺も、鈍っちゃったなぁ」
そういって一心は額の汗を袖で拭う。
「――志村くん、もしかして、何かやってた?」
「あぁ、四年前まで剣道を少しな」
ケロっとした様子で一心は言う。
実際、四年のブランクは想像以上に彼の身体を蝕んでおり、剣道の基本の動きはほとんど忘れてしまっていた。
そのことに、愕然とした気持ちもあるが、さもありなんといった思いも同時に抱いていた。
四年間何もしてこなかった――否、避けてきたといっても過言ではない生活を送ってきたのだ。
今回の戦いは、そのブランクの中でも辛うじて鈍らなかった勝負勘、そして機転の良さで戦ったようなものだった。
その事実に、新宮は少し驚く。
「驚いた、初めてなのにここまで動けるなんて」
初めてやる競技に、今の一回で此処まで動けていたこと自体が、驚愕に値した。
「そうか? 結局、ハンデもらっていたのに新宮にも勝てなかったし」
「言ったでしょ、私は最強なんだから、勝てるわけないって」
「へいへい、まったくその通りで」
冗談めかして、一心はそう返す。
そんな一心に、新宮は驚くべき言葉を放った。
「志村くん、右目が見えてないでしょ?」
その言葉に、一心が硬直する。
右目が見えていない。
その事実を殊更隠すようなことはしていないが、吹聴してまわるようなこともしていない一心にとって、その事実を指摘されたことは、動揺にあたいした。
「――な、んで」
「身体の右側と左側で、攻撃に対する反応速度が違うし、立ち振る舞いは常に右側を意識してるから、もしかしてって前々から思っていたのだけれど」
自分では無意識にしていた行動で、その事実を見破られていたことに――彼女の観察眼の鋭さに一心は舌を巻く。
一心のその表情を見た新宮が、何かに気が付く。
「あ、ご、ごめんなさい。もしかして隠していたことだった?」
今までの凛とした振る舞いから、一瞬で自信なさげにおろおろし出す新宮。
「わ、私、子供の頃から空気が読めなくて、ずけずけ言っちゃうの。ソレでみんな気分を悪くするから気を付けていたんだけれど――」
「い、いや驚いただけだから! 大丈夫だから!」
「そ、そう? それならよかったのだけれど」
そういってほっとした表情で胸を撫でおろす彼女を、ぽかんと見つめる一心。
“七崎のラスボス”と呼ばれる鉄面皮の彼女が、普段表になかなか出ないだけでこんなにも感情豊かなんだと一心は意外に思った。
正直、あのイメージ通りな、とっつきづらい性格だったとしたら、ちょっとついていく自信がなかった。
そんなことを一心が思ったところで、はっとしてかぶりを振る。
もともと一心は、このゲームをプレイして見せて、「やっぱり合わない」と断ろうと思って、此処に来たのだ。
「(ソレをほだされてどうする!?)」
「それで、どうだった?」
そんなことを内心で考えていると、そう新宮が聞いてきた。
「面白かったでしょ!」
「うっ」
新宮が、無意識で一心に顔を近づける。
軽い運動をしたあとだからか、頬は少し赤く、瞳は吸い込まれそうなほど大きく輝いていた。
その顔を直視できなくなった一心は思わず顔を逸らす。
このなかなか否定的な言葉を言いにくい状態で、一心が口にした言葉は――
「ま、まぁ、楽しかったよ」
――と、ついつい本心を話してしまった。
「やった! じゃあ、次の土曜に――」
そういって次の仮入部スケジュールを話し始めた彼女見ながら、一心は一人こう呟く。
「俺、ちょろいなぁ」




