2-5
体調不良でした、申し訳ありません。
▽▲▽
そして、詳しいルールの擦り合わせの後、2人は5mの距離を開けて向いあう。
「いい、志村くん。私が今から対人戦申請するから、ソレを貴方が承認すると3カウントで試合が始まるわ。自分のタイミングで押すのよ」
「あぁ」
新宮の言葉どおり、一心の目の前に対人戦申請のウインドウがポップアップする。
一心は小さく深呼吸をすると、そのウインドウの承諾をタップする。
すると目の前に3の数字が現れる。
これがカウントだなと一心が認識すると、その数字は2に切替わる。
カウントが1になり、一心は大きく息を吸い込む。
そして0になった瞬間、鳴り響いたファンファーレと同時に一心は疾駆した。
かつて剣道をしていた身からして、一心はあることを知っている。
それは実力差がありすぎる者同士が正面からぶつかった場合、勝負は一瞬で決まるということ。
実体は先手を取られて面を取られるということでもあるし、逆に一撃目を完全に防がれ、返す刃で後手必勝の流れをつくられるから。
だがしかし、この場合は事情が異なる。
実力者である新宮が、わざわざ先手を譲り、反撃もしないと公言している。
その場合の勝利への最適解は、一瞬で接敵して彼女が剣を振るって防御動作を行う前に、一撃で首を落とすこと。
右足で思い切り大地を踏みしめ、瞬発力を活かして最大限の加速をする。
一心と新宮の間は約5m――距離は瞬きする間に埋まる。
その間に剣を水平に振りかぶり、距離を詰める。
新宮に接敵し、その横を通りぬける瞬間、鋭く、速く一閃を走らせる。
剣を横なぎに振るう瞬間、一心は懐かしい感覚を覚えた。
剣道の試合で、胴を打った時のような感覚だ。
――だが、同時に有効打を打った時のような感覚はない。
それはARだからというわけでは無い。
剣道を辞めて四年、そのブランクがあっても、身体に染みついた感覚でわかる。
その手に実体を伴ってわかる感覚ではなく、実体のない手ごたえとしての勝利の感覚。
それが欠如していた。
事実、視界の端に移るHPゲージは一切削れていなかった。
「ちぃっ!」
舌打ちをして一心は踵を返す。
初撃で勝負を決める作戦が失敗した一心は、思考を切り替える。
新宮に振り向きながら、刃を閃かせ斬りつける。
ソレを新宮は、まったく同じ軌道で剣戟を相殺する。
「なっ!?」
剣戟の軌道に合わせて、別な角度から弾くように刃を振るうことは、比較的容易であるが、この場合は違う。
彼女は、一心の斬撃の一挙手一投足を完全に予測し、真似て、まるで鏡合わせのようにソレを相殺する。
何気なく彼女が行ったその動作の難易度は、非常に高い。
一心はそれをまぐれ、偶然だと断じて、次々と剣戟を打ちこむ。
――だが、彼女の鉄壁の防御は崩れない。
いずれも完璧な動作、完全に同じ挙動で剣閃を走らせ、一心の攻撃を相殺、無力化する。
一心が攻撃を続ける度に、どんどん彼の瞳が驚愕に見開かれる。
そして、彼女の攻撃はソレだけに留まらなかった。
数度打ち合う中で、徐々に一心は違和感を抱く。
「(勢いが、削がれている――?)」
一心はそのことに気が付くが、原因がわからない。
――彼女が一心の勢いを削いでいる理屈は、その攻撃テンポにある。
新宮は、剣戟で相殺するたびに、微妙にタイミングをずらしていたのだ。
時に四分の一テンポ速く、時に六分の一テンポ遅く。
前後に極めて短くテンポをずらすことで、一心のテンポを意図的に崩し、勢いを、回転率を削いでいたのだ。
そんな中で、一心は焦る。
何十も打ち合っていながら、未だに一太刀も当てることができていないという事実が、無意識下で彼の心を乱す。
そして、その時が来た。
「――三分」
ぼそりと呟いた新宮の言葉を聞いた一心は、その身が総毛立つのを感じた。
新宮の攻勢が始まる。




