表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

葛城葵の事件簿

新陽彩は恋愛と信念とに葛藤する ~ギルドライバー外伝~

「神代闘師ギルドライバー」の約一年前、婦警・新陽彩と、探偵・ビヨンドこと葛城葵の一幕。

本編に入れるのも何か違う感じになったので、枠外という扱いの小話。


※「神代闘師ギルドライバー」については、以下になります。よくあるヒーローものです(大嘘)

https://ncode.syosetu.com/n2898ek/

 

 

 

 

 

 突然だが、新陽彩(あらた ひいろ)は、婦警である。

 ほか多くの警察官がどうかはともかくとして、彼女自身は理想の警察官像を持っており、それを守ろうと彼女なりに必死で職務に準じてきた立場だ。道行けば困っている人には手を差し伸べ、ときには私情より社会的な規範を優先したふるまいをして、やりきれない事件に心を痛めたりもした。

 そんな彼女ではあるが、それでもなお警察官を行えるのは、やはり個人の人生観の中で、確固たるものがあったからだろう。

 だが、この日は違った。

 降り続く雨はどこまでもやむ気配はなく、それは人によって気分を落ち込ませる者もいるかもしれない。くしくもその日、新陽彩はちょうどそんなダウナーな気分だった。 

 黒いジャケットにタイトスカート、黒いソックスに黒い靴。休日とはいえ彼女のこの服装は妙と言えば妙で、端的に言うと喪服のそれだ。そんな彼女が傘もささず、雨の中、駅前でぼんやりしている様は異様と言ってもよいかもしれない。人数が少ないのは平日夕方だがまだやや早いころ合い。社会人なら大半が働いてるか、そろそろ終業のあたりの時間帯だからだろうか。

 

「――――婦警?」

 

 そんな彼女を見かけて、ビヨンドこと葛城葵(かつらぎ あおい)が声をかけないわけはなかった。

 振り返る陽彩。例によってビヨンドはトレンチコート姿。もっともなぜか、さしている傘は女物。陽彩の視線に気づいたのか「もらいもの」とやはり涼しく微笑むばかり。

 

「さっき、轢かれそうになっていた子を助けたら、お母さんからお礼ってことでいただいたんだけど、これってどうしたものかな? うん」

「何が言いたいのよ」

「状況からみて婦警にあげようかと思うんだけど、どうだい?」

「アンタはどうするのよ」

「コンビニあるし、ビニール傘で十分じゃないかな? うん」

 

 相も変わらず、ビヨンドの顔は綺麗である。雑誌の表紙を飾っていても不思議ではない。それに上乗せして妙に腕の良い探偵能力、演技力、声帯模倣やらエクストリームマーシャルアーツなどなど、色々と過去の経歴が謎な点もありいっそう、その涼し気な微笑みは胡散臭い。

 とはいえど、こういう気づかいレベルのことは、形式的とはいえやってくるので、陽彩としても無下にはしにくい。しにくいが、しかしこのまま傘を受け取ってしまうのも癪なので、彼に軽くタックルを仕掛けた。

 

「どうしたんだい? 正直、婦警の行動パターンにない動きをしてるけど」

「別に……」

「そもそも、なんでわざわざ月城駅まで来たんだい? 婦警の家、もっと都心部じゃなかったかな」

「実家はこっちなのよ。中華料理やってる」

「へぇ……。婦警が料理にうるさいのは、そのあたりが原因かな? うん」

「あ゛?」

「いや、前に僕が出した料理に色々ツッコミをいれていたからね」

「アンタの場合、あれを料理とは認められないでしょーが。なんで味が全くついてないのよ、お味噌汁作ったくせに……」

 

 出汁入れてたんでしょうね? という陽彩の言葉に、まぁね、とビヨンドは涼し気な表情。真面目に話を聞いているのかと、色々と文句を言いたい気分になってくるが。しかしその日の陽彩は、そこから先にテンションが上がらず、落ち込んだ。しばらくの沈黙。そしてそれを見てかビヨンドが涼し気なまま提案する。

 

「実家に帰るのかい? 一人で帰れる?」

「なんでよ」

「いや、なんとなく」

「別に……」

「そうかい?」

「そうよ」

 

 再びの沈黙。

 しかし、ビヨンドはそのまま陽彩にタックルされた体勢から、動くことはしなかった。ぼうっと空を見上げながら「明日晴れないかな」と、やはり涼し気なまま。傘を少し傾けて空を見上げる。

 こういう一つ一つの動作が妙に絵になるところが、陽彩にとってビヨンドが苦手な点でもあった。新陽彩、面食いである。なまじっか性格的に面倒な相手でも、いちいちイケメンであると意識させられては、参るわけである。

 ただ、それでも何故か陽彩は彼に今、寄りかかっていた。

 

「ねえ」

「何だい?」

「今、事務所いったら、邪魔?」

「…………本当、どうしたんだい? あまりにも婦警らしくないけど」

「いいから」

「…………………………………………まあ、時期が良いのか悪いのか、一週間くらいは暇が出来たからね。営業をかけなければしばらく仕事はないし、いいよ。今日来ても」

 

 しばらくの沈黙の後、肯定の返答。傘を買いにコンビニに行こうとするビヨンドだったが、陽彩が手を引いて止めた。頭を傾げるビヨンドに、陽彩は、ぶっきらぼうに言う。

 

「一緒に傘の中、入ってくから、いい」

「といっても、婦警、僕らの体格からしてはみ出ると思うのだけれど。肩、濡れないかな? 一応女性なのだし、体を冷やすのは良くないと聞く」

「もっとちゃんと、アンタと引っ付けば、それでいいし。くっついてればギリギリ入るでしょ」

「本当に普段の婦警らしからぬ発言が多いかな? うん。……世に言う相合傘とか、そういうのを突破しちゃう感じだけれど、問題ないのかい?」

「…………そんなの、知らないし」

「…………そうだね。では、お酒だけ買っていこう。僕は飲まないから、常備してないし」

「え? あ、うん」

 

 陽彩の投げ槍な態度に、何か察するところでもあったのか。道中のスーパーで缶ビールを箱買い。片手に持ちながらのビヨンドに、「バランスとれないだろうから」と傘を手に取り、二人そろってその下に入った。陽彩は明らかにビヨンドに背中を預ける。さしものビヨンドも、涼し気な表情でこそあれ、少しだけ目を見開いていた。

 もっとも、その後の道中に会話はない。すでに何度か訪れたビヨンドの事務所は、やはり普通はどう見ても探偵事務所には見えない。見た目ほど実際はオンボロアパートでないことを陽彩は知っていたが、しかし雨中、ぼんやりとした明かりがともっているだけのこの建物の有様だと、ますます苦学生とかが利用していそうな寮のようにも見えた。

 このまるまる一棟すべてが彼の事務所兼自宅である。そんなに探偵業って儲かってるのかしらと常々疑問を抱く陽彩であったが、それはさておき。

 

「着替えある?」

「え?」

「シャワー浴びたらどうかな? さすがに風邪もひくし、水虫になるよ。それから、水洗い大丈夫ならスーツも洗っていいから」

「あっ」

 

 アパートにつくなり、ビヨンドは客用と思われる部屋から、バスタオルと浴衣を手渡した。「流石に下着とかの用意はないので、そこは勘弁してね? うん」と薄く微笑む彼に促され、一階のお風呂専用の部屋へ。鍵を開けて中に入ると、初めて見るくらい妙に清潔にされたバスルームに、陽彩は目が点になった。

 結局そのまま、数十分かけて陽彩はお風呂を上がった。地味に旅館などにおいてありそうな涼しい浴衣だったりして困惑する陽彩である。一体、あの男は何を目指してこんなものを置いているのかと……。ともあれスーツをまとめて洗濯機に放り込む。洗剤も適当に入れてスイッチを入れたり、全体的に雑である。というか下着までぶっこんでしまったあたり、色々と判断が正常ではないのだろう。普段の陽彩らしい真面目さは、欠片も見当たらない。

 ふらふらとした足取りで階段を上り、事務所の扉を引いた。

 

「あれ? 閉まってる」

「――――客室を開けてるからね」

「わっ!? い、いきなり声かけんじゃねーって……、」

 

 いつの間にやら背後にいたビヨンド。服装は変わらずであるが、髪はぼさぼさになっている。独特の、外にはねるような癖がついているというべきか。もともとの整えられている状態でもこのくせは散見されていたが、セットしていないとこうなるのかと、陽彩は珍しいものを見たという顔だ。

 

「どうしたんだい?」

「な、んでもないけど……」

「じゃ、客室に行こうか。まだ五時半回ったくらいだけど、たまにはこんな時間にお酒を飲んでもいいんじゃないかな? と言っても、僕はそういうあたりの感覚はわからないけど」

「普通、アウトだろ」

「まあ、今の婦警の状態は普通とは言えないかなと思ってね。ふらふらっと、身投げしそうな危うさがあるよ? うん」

「…………」

 

 他人の気持ちを察しないこの男相手に、ここまで言われてしまうかと。それくらい普段の自分から比べて、今の自分は参っているのかと、陽彩は少し頭を抱えた。眉間に手の甲を当てて、空を仰ぎうなだれる。雨音はいまだにやむ気配はなく、湯冷めしそうな寒さがあった。

 ビヨンドに促されるまま客間に入ると、こちらは実際の寮か何かのように、一間ちゃぶ台一つ、座布団二つ、そしてたたまれた布団一つが奥に敷かれていた。エアコンもあったがまだつけるような時期ではない。

 そのちゃぶ台の上には、先ほど買ってきた箱ビールから二つほど取り出されている。そして缶とは別に、グラスが二つ。陽彩が座ると、ビヨンドは缶を開けて陽彩の方に注いだ。

 

「…………上手ね、入れるの。泡綺麗に立ってるし」

「勢いよく高いところから落とすのがコツかな? うん」

 

 へぇ、と言いながら、陽彩も試しにビヨンドのグラスにやってみる。彼ほど上手にはできなかったものの、なるほど、確かに泡はよくたった。お互いのそれがそろった時点で、ビヨンドはグラスを陽彩にむける。なんでコイツに慰められなきゃいかんのよ、と、何ともいえない感情のまま、陽彩もそれにグラスで答えた。

 乾杯。

 一口目で大きくむせかえったビヨンドに、陽彩はまたしても珍しいものを見たという顔になった。てっきりこの男のことだ、涼しい顔して全く酔わないものだと思っていたのだが、どうも違ったらしい。しばらくむせたあと、どこからか取り出したシガレットチョコを咥えて、涼し気な笑みを取り戻した。

 

「で、何があったんだい?」

 

 顔色は変わっていなかったが、グラスに手を伸ばすのにためらいがありそうだった。そんなビヨンドの様を見たら、なんだか馬鹿馬鹿しくて、陽彩は思わず笑ってしまった。

 

「話す前に、ちょっと……ふふ! アンタ、なんでそんな、酒飲めないのに持ってきたのよ……ふふ」

「あははは、いや、一般的に酒の席でないと解放できないものもあると聞いたからね、うん。あいにく、葛城葵は言葉だけで相手を酔わせる技術を持っていないかったから」

「意味不明。何その……、超能力?」

「催眠術とかかな?」

「知らねーし、ふふ……!」

 

 ひとしきり笑う陽彩に、相変わらず涼し気なままのビヨンド。しばらく笑って、笑いつかれてから、彼女は自分のそれを一気に飲み干す。一息ついて、そしてちゃぶ台に両腕を乗せて、肘をついて、ビヨンドの方を見てニヒルに笑った。

 

「…………今日、葬式行ってきたのよ。元カレの」

「うん」

「その相手さ、警察学校時代に付き合ってた相手だったんだけどさ。…………既婚者だったのよ」

「うん」

「隠していてさ、結婚するかしないかって話までいってさ? 私も家庭に入るのも、悪くないかなって思い始めていた頃でさ?」

「うん」

「発覚したのは、そいつの奥さんが来たからで……、私以外にも、何人かひっかけててさ?」

「うん」

「中には私の友達もいてさ。妊娠してたりもしてた」

「うん」

 

 頷きながら、ビヨンドはもう一杯注いだ。泡立ちは減っているものの、やはり入れ方が上手いのかテレビのCMなどで見かけるような、泡が淵から出るか出ないかという膨れ上がり方をしていた。何も言わずに一口飲む。泡の苦みと、泡が抜けた本体の甘味、後から来るホップの香りとアルコールが回る感覚に、自然と陽彩の口は軽くなった。

 

「わかったときは、そりゃ、警察学校通ってる中でそんなの、わかりっこないし、意味不明だし、荒れに荒れかけたわよ。友達とも大ゲンカになったし。そもそも……、避妊は普通するもんだし。危ないじゃない、出来ちゃうって。社会的にもだけど、私たちの体の負担にもなるし」

「うん」

「だから籍を入れるまでは、本番はしないって言っていて。まあ、向こうもそれでちょっと面倒さを悟ったから、既婚だとか言わなかったんだと思うけどさ」

「うん」

「向こうの奥さんも、私が知らなかったっていうのは知ってたみたいでさ。かなり同情されて、請求とかもされなかったのよ。貴女にはうちの夫が申し訳ないことをした、がんばってくださいってさ。何度も頭を下げてさ。慰謝料請求はお互いの分があるから相殺ってことになってさ」

「うん」

「それでさ、もう、奥さんが悪いわけでもなくて、それもわかってるんだけどさ。法的に訴えたりの対応を全部奥さんに任せざるを得ない状況になってさ。私、どうしようもなくってさ。そのままぐじゃぐじゃしたまま卒業して、警察官なって、まぁなんのかんの今日まで生きてきてさ」

「うん」

「友達とも疎遠になってさ。まあ、結局、今日聞いてきたら堕ろしたってことらしかったんだけど」

「うん」

「…………なんかさ、その、元カレというか、既婚者。普通に交通事故で死んだらしくてさ。それ見て思っちゃったのよ。ざまぁみろって」

「うん」

「それと一緒に、なんか、簡単に、人間ってこう死ぬんだなーって」

「うん」

「そう思った自分が、なんか、すげー汚いものに思えて」

「…………」

 

 最後の吐き出しに、ビヨンドは言葉を続けなかった。ただただ無言のまま、薄く微笑みながら陽彩を見ている。酔っているせいか、彼女自身の気分のせいか、その目は陽彩のことを慈しんでるような、そんな錯覚を覚えるような、優し気なものに見えた。いや絶対錯覚だろうと、苦笑いして頭を振る陽彩。

 ビヨンドも自分のグラスを傾けようとして、しかし一瞬手が止まる。それを見て思わず吹き出しながら、陽彩は「貸して」とグラスを手に取り、自分のグラスにその残りを注いだ。

 

「婦警?」

「飲めないんなら、私が飲むから」

「…………そうかい」

 

 薄く微笑んだまま、ビヨンドは何も言わなかった。

 そこからも、ほぼ、一方的に陽彩の愚痴だった。仕事をしている時に思ういろいらとしたことや、自分のダメなところ、汚いところ。かかわる事件や関係者の嫌なところや、家庭環境の複雑さなど。そもそも思春期の頃、学校が荒れに荒れはて、風紀が乱れ、自分も乱暴されかかったことや。そのあたりから口調も態度もふるまいも乱暴になり、今の感じが板についてしまった事など。

 

「娘さん、今、小学校高学年になっててさ。荒れてるっていうか。それもなんか、私関係ないんだけど、申し訳なくってさ。でもまあ親がアレだったから仕方ないよなって。奥さんたちなんの関係もないのにさ」

「うん」

「…………どう思う?」

 

 なんとなしに聞いてみたつもりだったが、しかし意外としっかりした答えが、ビヨンドから返ってきた。

 

「まあ、そうだね。家庭環境が複雑っていうのは、それだけで不幸だと聞いたことがある」

「複雑だと?」

「うん。まあ、複雑でも、それでも頑張ってちゃんとしようとしている場合はまた別らしいけど、両親から愛情をちゃんと注いでもらえなければってところだね。物欲、金銭欲より、自己承認をされることがまず大事らしいから。そういう意味では、婦警の家庭は恵まれてると思うよ。思春期とか、その後がどうかはまた別な話だけれども」

「…………」

「あくまで一般視点、かどうかはともかく、第三者視点ではあるけどね。奥さんとその夫も離婚しなかったんだろうし、外に子供を作ってたという事実も、色々といただけない。離婚したら生活が困窮するとか、別な事情あったのかもしれない。だけど、親の因果が意図せず子供に向かったのは、まあ、人生そんなものだよ。この場合、応報したのは奥さんの行動だったわけだしね」

「だけど……」

「婦警がもし、付き合ってる途中でそれに気づいたら、教えてあげたんじゃないかな? 自分がそれで、将来の道を閉ざされることになったとしても」

「………………」

「婦警がそういう性格だから、僕と婦警とはなんだかんだ、一年弱の付き合いが続いてるんじゃないかと思うかな? うん。あと、あくまで私見ではあるけれど、そういう自分の嫌なところを客観視して、それはダメだって務められるなら、それはそれでいいと思うよ」

「でも、だって、結局そういうざまぁみろとか、嫌なこと思う私って、相手とそんな変わらないじゃん」

「だけど、そこで諫めて、治めることができるのが婦警――――新陽彩だ」

「――――――――」

「これは、あまり一般的な考え方ではないかもしれないけどね。本心っていうのは、なにも一面だけじゃんないと思うんだ。例えば……、僕がみてきた過去の事例から、詳細はぼかして抜粋させてもらう」

「うん…………」

「浮気しそうになったけど踏みとどまった奥さんと、同じく浮気しそうになったけど踏みとどまった旦那さん。事件としてはストーカー被害のもので、犯人はお互いを誘った相手同士が結託して、二人を陥れようとしたってものだったんだけどね。そこで旦那さんが、相手二人に言ったんだ。夫婦としてやっていくのに必要な一線があると。お互いを思いやっているその一線を絶対に超えることはないと。それは、アプローチする側もまた超えてはいけない一線なんだと。それを超えてる時点で、私たちは貴方達をそういう対象として見れることはないだろうって」

「なんでアンタ、そんなの知ってるのよ。同席したの……?」

「実際はもっとややこしいから、フェイクを混ぜてるって考えてもらえると」

「ふぅん……」

「なかなか面白い感じだと思ってね。つまるところ、夫婦はお互いに相手に惹かれるところあったにはあった。けど、自分が配偶者を大切に思ってる、相手を裏切りたくない、自分の中にある自分の美意識も裏切りたくないとか、そういう色々な事情があって離れたと。一方、ストーカーというか、地雷になった二人はといえば、相手を好きだという感情だけ優先して、大事な一線を何も考えずに踏み越えていたと。

 ここで何が違ったかと言えば、つまるところ夫婦は自制できたんだ。相手二人は自制できないから凶行に及んだ、というところだね」

「自制しようっていうのも、また本心だって言いたいわけ……?」

「そういうこと。まあ結果的に、人を殺してしまった葛城葵が言えた義理ではないけど、そこは後で発生した人格のビヨンドが語っているので、あしからずということで」

「意味わかんないし……」

「まぁ、葛城葵は最後にはいろいろと後悔だらけだったみたいだから――――少なくとも、僕は故意に人を殺すことはないかな? うん。過失致死は誰にでも可能性があるから、断言はできないけど」

「………………」

 

 わかんないと言いつつも、陽彩は彼が言わんとしていることも理解していた。同時にまた、こうも思っていた。葛城葵をクズだと、人殺しはすべからくクズだという認識がある。彼女の中で、その一線は決して消えることはない。そうではあるが――――それでもなおこの男とやっていけているのは、きっとそれを差し引いても、この男がふるまいを変えないからだ。ビヨンドという別人格になったせいもあるかもしれないが、少なくとも、もう葛城葵は人を殺しはしないだろう。そういうことに、普段の彼のふるまいから確信を持つことが出来たからだ。

 だからだろうか――――。

 

「婦警?」

「――――慰めてくんない?」

 

 酔った勢いもあったのか、気が付いたら。陽彩はビヨンドを押し倒し、上に覆いかぶさっていた。浴衣の帯も解け、下着はつけていない。震える手で、彼のシャツのボタンを外す。

 ビヨンドは――――葛城葵は、珍しく苦笑いした。胸元がはだけるくらいになったあたりで陽彩の頭を抱え、胸元に抱きしめた。

 

「残念ながら、僕にその手の機能はないよ。慰めるといっても、貴女が望むようなことはできないかな? うん」

「………………」

「ベルト外して直にイチモツをまさぐっても効果はないんだけどね。あははははは。まぁ、尿がたまったりしたら生理現象で勃つこともあるけど、それ以外はないね」

「………………」

「気の迷いはあるかもしれないけど、ここでその一線を超えることは、君にとって良いことなのかな? うん」

「…………だって、さ、」

「まあ存外、思っているよりは独りで立ち直れないということでは、あるんだろう。だったら貴女が眠るまでは、こうしてあげるよ。

 寝酒みたいになるのは体にあまりよくないんだけど、ケースバイケースだ」

 

 そう言いながら、小さい子でもあやす様に彼は陽彩をぽんぽんと、優しく包んだ。それ以上は本当に何もせず、あやす様な態度のそれ。ただただ陽彩の肌に、脱がせかかった彼の体温がしみわたる。

 ふとぼんやり、息を吸って、吐いて。

 なんとなく、彼の体温が良い匂いのような気がして。

 徐々に意識が、睡魔に溶かされていき。

 

「お疲れ様――――陽彩さん(ヽヽヽヽ)

 

 初めて彼から名前を呼んでもらったような。

 そんな事実をあいまいに認識して、新陽彩は意識を手放した。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「…………頭痛い」

「自業自得かな? うん」

 

 翌朝。全裸で、ほぼ半裸の葛城葵を抱きしめて寝ていた事実に色々と混乱もしたが、頭痛により昨晩あったことをなんとなく思い出す陽彩である。なんで出ていかなかったのよと言ったら「意外と婦警、腕力あったからね。振りほどけなかった」と苦笑交じりに返され、ますます羞恥心が膨れ上がった。

 なぜか客室にあった等身大の鏡でチェックしたところ、本当に手を出された形跡もない。完全に、年下の青年に甘える形になってしまい、もう色々と一杯一杯だった。

 洗濯物は自動乾燥までされているらしいが、アイロンなど色々としないといけないなと、卑近な話題で現実逃避を試みるが、彼が「とりあえず」と持ってきた、彼の普段の服装を手渡され、参ってしまった。服はともかく、泣く泣くではあるが、下着はまだ生乾きではあったが、あきらめてそれをつける。

 ともあれ、色々と調子を取り戻した陽彩の第一声はこれである。

 

「…………なんかゴメン」

「かまわないよ。むしろ普段は、こっちのほうが迷惑をかけているという説もある」

 

 薄く微笑みながらミネラルウォーターを手渡し、シガレットチョコを咥えるビヨンド。何事もなかったかのように、うさんくさい涼し気な微笑みを浮かべていた。何か言ってやりたいとも思ったが、しかし不思議と文句は出てこず。

のちに何度思い返しても、彼女らしくない提案をした。

 

「……朝ご飯、作ろうか」

「うん?」

「味覚ないって言ってたっけ? でも材料はあんでしょ」

「一応ね。栄養素とかはさすがに必要だから、適当にやってるだけだけど」

「そういう問題じゃないでしょって。……まあ今日も休みもらってるし、簡単に作るから」

 

 その後。

 簡単にと言いつつ結構力を入れて、ごはんに味噌汁に魚と和朝食をそろえたのだが。「味しないんだけどね」と薄く微笑みながら黙々と食べるビヨンドに、機嫌を悪くするのは、また別の話。

 

 

 

 

 

 

※この時点で、彼は本当に手を出していませんが、これをきっかけにして、まどかが困惑するような微妙な関係になっていく感じです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ