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1話目



もしも、この世で最も好きな物を答えなさいと言われたならば。私は答えられないだろう、沢山有りすぎて選べない。


目を閉じて真っ先に浮かんだのは敬愛する第二王子ーシュトルフ・ミディションーの陽だまりのような瞳だった。蜂蜜を溶かしたような優しい色の瞳、その視線もいつだって柔らかくて暖かい。

博愛主義者であるあの方は常に人々を見守って慈しんでいた。第二王子殿下は優しすぎる、なんて馬鹿な貴族達は言うけれど私はあの方のふんわりと包み込むように見守る姿が大好きだ。



更に浮かんだのはやっぱり敬愛する殿下の温かな声音。あの方が声を荒らげた姿なんて見た事がない!

私は恐れ多くも婚約者の座を勝ち取ってお傍に居させてもらえる事になったのだけれど、今でも隣に立つと緊張して声が震えたり些細な失敗を繰り返してしまったりしてしまう。すぐに舞い上がってしまうのは私の悪い癖でもある。

それなのに殿下ときたら、蕩けるような声で甘く囁いてくださるのだ。「大丈夫だよ普段通りの君でいい」と。


更に三つ目、考えるだけでうっとりしてしまう殿下の流れるような身のこなし。まるでお伽噺の中の王子様がそのまんま出てきたって言っても過言でないだろう、穏やかな性格を表すかのような物腰はとても紳士的で。あの方の傍に居られるだけで私は心の底から安心してしまうのだ。

優しくって穏やかで、争いとは程遠い陽だまりのようなあのお方。



私は彼を一目見た6歳の頃からずっと、恋をし続けている。隣に立ちたくて、あの方と並んでも不足がないようなレディになりたくて。幼少の頃からずっと努力をし続けた。

ねえ、贅を尽くす事だけしか能のない馬鹿な貴族達に聞いてみなさい、この国で最も美しくて学があってそのうえ社交界でも評判の良い女を答えなさいと。


そしたらきっと、私の名が出てくるわ。イザベラ・シーナの右に出る者は居ないってね。







「君にはほとほと愛想が尽きた。イザベラ・シーナ、君との婚約を破棄させてもらう」


蕩けるようなその声音。一言一句聞き逃さぬよう耳を欹てていたイザベラは、思いもよらぬ言葉をかけられて凍りついた。

聞き間違いだったかしら、いいえそんな筈はない。敬愛する殿下のお声を聞き間違えるなんて失態をするなんて。


恐る恐る視線を上げてみると、隣に佇む愛してやまない婚約者の蜂蜜を溶かしたような淡い色の瞳とかち合った。こういう時、普段なら彼はいつも優しく笑いかけてくれる筈だった。

それなのに彼は微笑んではくれない、まるで怨敵を目前にしたかのように憎々しくイザベラを睨みつけているのだ。




「は…?殿下、今なんと」


二人の穏やかでない様子に周りの貴族達も気がついたのだろう。ちらりちらりと向けられる視線と、声を顰めるだけのヒソヒソ話にイザベラの背筋を冷たい汗が流れる。


宙を見上げれば大小色とりどりの宝石の数々が、これまた金で彩られた天井を煌びやかに飾っている。財を惜しむことなく贅を尽くした内装が、シーナ公爵家自慢のパーティホールだった。

広いホール内の至る所には腕の良い職人に仕立て上げさせたテーブルが置いてあり、シーナ公爵家自慢の料理人達が腕によりをかけて拵えた豪勢なディナーが並んでいる。その周りを思い思いに移動しては談笑に耽る貴族達もまた、この場に相応しい華やかな装いで。




ーーーそう、今宵はイザベラが16歳を迎える記念すべき日なのだ。

リングドゥル公国の女性は16歳で一人前の淑女の仲間入りとなる習わしがある。一人娘を目に入れても痛くないほどに溺愛しているシーナ公爵家夫妻は、その記念すべき日を盛大に祝おうと豪勢なパーティを開催した。


その記念すべき日でこれはまずい。と、思いもよらぬ言葉を掛けられたイザベラはどこか冷静に考えていた。確かに信じられない気持ちでいっぱいではあったが、取り乱している暇はない。

貴族達が華やかなのは上っ面だけ。陰ではこそこそと足を引っ張り合っては、己の家の名を上げていくのが社交界では常だった。淑女となったその日に、婚約者ーそれも第二王子ーから婚約を破棄されるなんてとんでもない失態だ。イザベラのみの醜聞では収まらない、これからきっと、愛する父も母も後ろ指をさされて笑われてしまうかもしれない。




「あの、まずは理由をお聞きしても…?」


「理由だって?君はまだしらばっくれるつもりなのかい、それともこれが大した悪事でもないと思っているのかな」



イザベラの真紅の双眸が見開かれる。

ここまで叱責されるほどに思い当たる事などないが、それはそれ。きっと自分では気づいていないだけで殿下を傷付けてしまったのだろう。


これはもう土下座をして謝るしかない!!










「君は、私の事を殺そうとしただろう!」




それはもう、とても公爵令嬢とは思えぬ俊敏さで地べたに這いつくばろうとした刹那!


シュトルフが叫んだ!しかも涙目で!





は…?




( は…?いや、は…? )





「はぁああアアア!??」



土下座をしようとした格好のまま、情けのない叫び声がパーティホール内に轟く。

とても淑女教育を徹底された令嬢とは思えない良い雄叫びだ。




「お待ちください、殿下!私、貴方を殺そうとした事などありませんわ!!全くの濡れ衣!事実無根!愛する婚約者を信じて!」



イザベラの渾身のタックルが、シュトルフの脚にヒットする。

うぼぅえ、と死にそうな呻きをあげて倒れかけるも何とか堪えたらしい。反撃のつもりか単に引き剥がしたいだけなのか、その長い御御足でげしげしとイザベラを蹴りまくる。


とうてい女性にやる行為ではないが、殺害未遂疑惑が出ているのでまあ致し方ないだろう。…致し方ないのか?いや、どうなんだ。




「ええい、離せ!諦めて認めろ!君が放った刺客の自白はもう取れている!」

「なんですの刺客って!私は殿下の、朝起きた時間とかご飯のメニューとかお風呂で体を洗う順番とか把握する密偵しか送ってないですわ!」



完全なるストーカー。

別の犯罪の疑惑まで出てきた。



前代未聞の修羅場にパーティ参加者達がドン引きの渦に陥っているなか、救世主が現れた。

颯爽と現れたその人物は凄まじいスピードで言い争う二人に駆け寄り、そして、涙(と鼻水)を流すイザベラに華麗なる一撃をお見舞いする。




すぱこぉおおん!


小気味のいい音を立ててCRITICAL HIT!

得物はハリセンだ、パーティには似つかわしくないがこの場にはかなり相応しい長物で更に2HIT、3HIT。



「いい加減にしなさいイザベラ!」


救世主として現れたのは怒り狂うイザベラの母親。反抗期の子供を叱るように眉を吊り上げて怒る様はまさに鬼神、これにはイザベラも押し黙る。




「殿下を暗殺しようとしたなんて、お母様は恥ずかしいわ。土下座をして謝りなさい!」

「娘への信用ゼロなの!?さすがにそこはそんな事をする子供じゃないって庇ってお母様!」




思わず脚にしがみつく力が緩んだ隙に、今がチャンスだと言わんばかりに殿下お付きの騎士達がイザベラの背後を取った。

そのまま流れるような動作で羽交い締めにする。えっさほいさとシュトルフからイザベラを引き剥がす事に成功した彼らは、ずるずるとイザベラを引き摺り始めた。目指すはパーティホールの出口だ。



「ちょっと、離しなさいよアンタ達!殿下以外に引き摺られても嬉しくなーーー」



「ああもう喧しい!どんなに抵抗しようと君は罪を犯した、牢に入って僕を裏切った事を後悔するといい」




「お待ちください、殿下!私本当にしていませんわ、そんな恐ろしい事ーーーくっそドアを閉めるな人が話している最中でしょうが!」




ばたん、


とんでもない冤罪だと喚くイザベラが騎士達によってホールの外へと連行されていく。ドアが虚しく閉まり、言葉通りにイザベラは牢屋へと送られるのだろう。





後に残されたのはやれやれと言わんばかりに首を振るシュトルフと、そんな彼に悲痛そうに謝罪をしているイザベラの母親。


そして状況が把握出来ず、ただただドン引きするパーティ参加者達だけだった。



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