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旅は道連れ 世は情け1

 私は朝早くから古民家の庭先でアルビレオと一緒に花壇の水やりをしていた。


 それは冬太が「道成と話がしたい」というので気を使ってのことである。スィフィはまだ眠っているため、こうして二人だけで庭先にいるという訳だ。


 アルビレオが冬太に借りた黒地のダウンジャケットを羽織った格好で白い息をはいている。


「はぁ。ニッポンって春は無いのかよ」


「もう四月だし、暖かくなってもいいんだけど、どんどん寒くなっていってるから不思議なの。真冬みたい」


 そんな言葉を受けた彼はダウンジャケット裾を指先で擦った。


「冬でも、アバイドワールはこんな凍える寒さじゃないよ。それにしても、この上着は暖かいな。生地はなんだろう」


 アバイドワールは夏冬の期間が短いのが特徴だ。春秋の方が長くその為、気温差の強弱が比較的少ない。そんなことを考えながら私は口を開く。


「えっと、ポリエステルかな? ツルツルしてるし」


 アルビレオの着用しているジャケットをめくって、内側の表示タグを見る。


「ほら、生地はポリエステル百パーセントだって、中は羽毛とか綿が入ってるの」


「――はぁ? ぽりえすてるって何だよ」


「あ、そうだよね。えっとポリエステル……合成繊維かな?」


 それしか単語が浮かんでこなかった。しかし、一口に合成繊維と言っても何なのかと問われれば説明できるような知識はない。


「なぁ、ずっと気になってたんだけどその手に持ってるやつは何なのさ?」


 彼が水滴の垂れたホースの先を指さしてきた。しかし、私にはこのホースの先に付いているシャワーの正式名称が分からない。


「えーっと。水やり機? 如雨露(じょうろ)的なものはあっちにないよね。簡単に言えば小型のシャワーかな」


「……ふーん」


 アルビレオは眉間にしわを寄せて難しい表情でホース先を凝視しているので、「ごめん、上手く説明できない」と心中で謝っておく。


 そういえば、アバイドワールには水量が調節可能な高度なシャワー設備というものは見たことが無い。


 アルビレオにとって、ここは異世界で見たこもない文明の力ばかりだ。彼がそれを不思議がるのは当たり前だけど、私はどうだろう。


 いつでもなんでも揃っているこの日本で、十年は暮らしていたのに知らないことや分からないことが多過ぎるのではないか……。


「ニッポンって恐ろしいな。何でも見える『てれび』、小さな焚き火を起こす『がすこんろ』、魔法でもないのに水量の調節まで出来るシャワーなんて笑っちゃうよ」


 アルビレオはそう言って苦笑した。彼は暗い表情で続ける。


「……僕、分かったよ。トリが帰って来ないのは、ここが便利で居心地が良いからだろ」


「――違う! そんなんじゃない」


「本当にそうかな」


 アルビレオはそう言ってそっぽを向いた。彼は怒っているのだろうか……。


「トリが消えて心配してたのにこっちで生き生きしてたから、イライラしてるんだ。……後、あのトータっていう奴も気に入らないし」


 彼はそう言うと膨れっ面となった。突然居なくなっただけではなく、心配をかけてしまったことを申し訳なく思う。


「アル。私、帰りたい。スィフィと一緒なら、アバイドワールに戻れると思うよ。でも、無理なの」


「分かってる、事情は聞いたから」


「ごめんなさい」

 そう力ない声を上げると、アルビレオは困ったような顔をする。


「……いや。僕も、ごめん。ちょっと言い過ぎた。八つ当たりだから気にするなよ」


 彼はさり気なくポンポンと頭を叩いてくれた。そうやっていつも周りを気遣ってくれる、本当に心の優しい人だ。


「アル、かあさま、おはよぉ~」

 縁側に寝起きのスィフィがよたよたとやってきたので、アルビレオはそちらへ行ってしまった。


 私は花壇に目を向けた。花々はまだ蕾のままで、寒そうに身を縮めて寄り添い合っている。


 それを見ていると、何とも言えない気持ちになってギュッとホースを握る手に力を込めた。



 ++++++


「アホか!」

 そんな大声が響いたのは、スィフィと一緒に花壇の芽を眺めていた時だった。


 声に驚いたスィフィが足にしがみついてくる。アルビレオが険しい表情でこちらを見るので、急いで縁側へ上がった。


 居間を覗くと道成が冬太の胸ぐらを掴んでいる。普段温厚な彼が激高しているので、私は驚きを隠せない。


 慌てて仲裁に入ろうとしたが、道成は掴んでいた手を離した。冬太は勢い余って、畳に尻餅をつく。


「すいません。お世話になっといて、俺はずっと迷惑しかかけられへんかった」


 その声は震えている。道成がわなわなとしている前で冬太は土下座をした。


「俺はいつもアホなことしか出来へん。無能な死にそこないです」


「そんなん本気で言いよるんか、お前は!!」


 道成は拳を握り締めながら体を震わせている。


「冬太、お前の面倒見るって決めた時、ただ嬉しかったんや。お前は姉貴の大切な息子なんやから変な気を使わんでいい。迷惑とか、学費とかいらん心配せんでいいねん、家族やろ」


 彼は歯を食いしばりながら言葉を続けた。


「でも許されへんのは、自分で自分を死に損ないなんて言う事や。心が弱くても不登校でも構わん。そんなん些細なことや、分かるやろ?」


 冬太は静かに頷く。


「お前がどんな運命でも、何と戦っとても冬太が選んだ道や。それを間違ってるなんて、そんな偉そうなことは言われへん。でも一言、相談して欲しかったわ……」


 道成が暗い表情を見せると、冬太は頭を強く横に振った。


「ちゃ、ちゃう。俺や、俺が間違ってた。道成の気持ちぜんぜん分かってへんかった。俺はこの世にいらん存在なんちゃうかって、勝手にずっと思って自分を追い込んでた。……ごめん、ごめんなさい。俺がアホやったんや」


 二人の真剣な思いを目の当たりにして、感情が揺さぶられた。複雑だった自分の気持ちが心の底から現れるような感覚。

 ――道成は本当に冬太を大切に思っている。家族だと思っている。


 私は自分と冬太を重ねて見ていた。同時に救われたような気がして涙が溢れた。


「……なんで羽里ちゃんまで泣いてるんよ」


 道成が苦笑して頭を掻くと、突然スィフィが何やら叫びながら居間に乱入して来た。彼女は必死で道成の足をポカポカと殴っている。


「えっ、ちょっと。僕が悪者かいなー」


 そう言って道成はいつものように柔らかく微笑んだ。殺気を感じて後ろを振り返ると、アルビレオが不機嫌な様子で腕を組んでいる。


「何があったか知らないけど、トリが泣かされていることは分かるよ。魔法でこの家ごと焼き尽くすぞ」


 アルビレオは怖い笑みを見せる。その魔法はいつぞや、私に向けて放った強大な炎玉(えんぎょく)でしょうか!?


 日本で果たして魔法が使えるのかという問題はさて置き、それをここで発動されては住居どころか隣接した家まで焼き尽くされるに違いない。


「泣かされてないよ。感動したの。魔法はダメ!」


「……ふん、冗談だよ」


 アルビレオは真顔なので、とても冗談とは思えなくて恐ろしい。


「※※、※!!」


「これこれ、スィフィちゃん。もう止めて、僕は言葉も分からないしねぇ」


 尚も道成を攻撃しているスィフィを慌てて引き離す。そうしていると、冬太も涙を拭って笑顔を見せてくれた。


「南島、吃驚させてごめんな。もう大丈夫やから」


 その落ち着いた声にほっとして、彼に笑いかけようとした時だった。玄関の方から破壊音が響いて、吠えるような肉声が複数聞こえてくる。


「邪鬼かっ、なんでこんな時に!」


 冬太がそう叫んで居間を飛び出していく。私も彼の後を追うように玄関の方へと駆け出した。

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