外伝~現(うつつ)~
俺の名前は三浦冬太。
母親の顔は写真でしか知らん。父親は義母と再婚して海外で暮らしとる。
俺は生まれてからずっと体が弱かった。病院へ入退院を繰り返してた時期もあって、両親と国外へ出ることはできんかった。
育ての親やった祖父母は、俺に気を使って接してた。変な気遣いとか、優しくされる度に『不憫な子』やっていうレッテルを貼られてる気がした。
でも幼いながらに養って貰ってるって分かってたから、嫌な気持ちがあっても本音なんか言えんかった。
小学校では実母がおらんって冷やかしから虐めが始まった。入院してる方がよっぽどましやって思えるぐらい学校が嫌いになった。
祖父母は病弱で不登校気味の孫を持て余し、俺は中学に入る前に叔父である道成ちゅう男の所へ連れていかれたんや。
道成はいつもニコニコしとって、ガキの頃はそれを不気味に思ってた。
こんな不出来な俺と暮らすんは、ほんまに大変やと思う。それでも道成はいつでも体当たりしてくるみたいな態度で、素直にぶつかってきてくれた。そこには触れ物扱いも、特別扱いもない。
でも逆にそれが怖かった。だからいつも適当な事を言って誤魔化してきたんや。
そのお陰で喧嘩どころか言い争いもせずに平和に過ごせたけど心の中は真っ暗やった。
なんとか中学を卒業して、近所の高校に入学したけど周囲からは明らかに避けられてた。
嫌われてるんやって思ったら通う気も失せたけど、道成が学費を払ってるって祖父母から知らされてどうしようもなくなった。
++++++
その日の空は、俺みたいに機嫌が悪かった。
道成には傘を持って行くように言われたけど、聞く気になれへんかってそのまま学校に向かった。
その途中でやっぱり雨が降ってくる。登校せんでいい理由さがしや。俺はもう帰るって道を引き返した。
騒がしい生徒たちとすれ違った時やった。そこに制服姿の女子が一人でうずくまってたんや。
俺にはどうすることもできないから無視しよう。そう思ったけど、雨やのに手にした傘も使わんと震えてるからつい声をかけてしまった。
「大丈夫か?」
そう聞いたけど、女子は黙ってた。今度は手を差し出して、もう一回言葉をかける。
そしたらやっと顔を上げたけど、不思議そうな顔で見られて逆にこっちが困惑した。
「だ、大丈夫かって」
女子は静かに頷く。俺が「体調悪いんか?」って聞いたら、今度は首を横に振った。
「雷、怖い」
雨足が強まってたから、俺は彼女の傘を取って代わりにさしてあげた。雷如きの何が怖いねんって思ったんやけど。
「ありがとう」
彼女に感謝されて何となくむず痒くなった。俺は「別に」って言ってから顔を逸らす。
「しゃーない。一緒に学校行ったるわ」
女子はまた首を横に振った。「帰る」と言ってよろよろと立ち上がる。
「じゃあ、家まで送ろか?」
俺が傘を持って歩き出したら、脇にぎゅっと収まってアホみたいに震えよる。
怯えた犬みたいで可笑しくなって笑ったら、女子が眉毛を下げて見つめてきた。
「雷なんか別に怖ないで。滅多に落ちひんやろ?」
「……落ちるかどうかってじゃなくて、トラウマだから」
「何がや?」
「子供の頃に嵐の中に置いて行かれてから駄目になった……」
力ない彼女の様子にだんだん可哀想になってくる。でも上手く気持ちを伝えられへんかって、結局は慰めることはできんかった。
しばらく歩いたら雨と雷も収まって、「ありがとう、後は一人で帰れるから」と別れた。
次の日に教室を覗いたら、女子が同じ組やって驚いた。あの子は南島羽里っていう変わった名前やった。
大人しい感じの性格で、友達もおらん。なんや俺みたいな奴やなって思ったんを覚えてる。
後で聞いた話しやけど、南島は両親がおらんらしい。
でも俺はその後すぐ、学校に行かんようになったからそれ以上は分からん。
その時、陰陽師として使命を担うようになってたんや。本心では使命なんてどうでもよかったけど、色々なしがらみを忘れられる気がしてのめり込んだ。
一年なんてあっという間やった。今振り返ってみたら、現実逃避できるもんやったらなんでも良かったんやと思う。
本間は不安で一杯やったけど、誰かにそれを打ち明けたことはない。
南島が現れたんはそんなタイミングやった。
彼女の雰囲気は以前と違ってた。実際に接してみたら、印象はもっと変わったんや。
明るく笑ったかと思うと、俺の腕を振り回して号泣したりする。ちょっと情緒不安定やけど、そんな南島が俺には生き生きして見えた。
自分の秘密を打ち明けたんは、本間に偶然やった。あの時、俺は南島やったら陰陽師のことを言ってもいいかなって思えた。
彼女は俺の側を離れへんかった。なんか事情があるからかも知れへんけど、それは純粋に嬉しい。
南島がおったら俺も素直になれる。道成ともそんな風になれたらいいんやけど……。
俺がそう思えるようになったんは大げさかも知れんけど、彼女のお陰やと思う。
――あいつは人を受け入れるだけやない、一緒に寄り添っての他人の事情を真剣に考えてくれる。
南島の側におったら俺の心の壁は崩れて消える、そんな気がするんや。