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我が上の星は見えぬ3

 二人で城下を巡っているとアーリーが「お腹が空いた」と騒ぐので、広場にある露店で軽食を買った。


 具のはみ出たバケットサンドをモグモグと頬張りながら歩く彼女に呆れ気味で問いかける。


「朝ご飯も食べたのに、よく食べられるね」


「うーぐうぐうぐ」


「飲み込んでから話してよ」


 アーリーは顔の大きさほどあったバケットサンドの残りをバクバクと口に頬張り込むとゴクリと喉を鳴らした。


「うん。まだまだ大丈夫だよ! もっと食べたいから。次のお店はーっと」


「えっ、嘘……」


 流石にそれはないでしょう。そう笑うとアーリーは真剣な面もちで語り始める。


「辛いものの次は甘いものというのは常識さ。――羽里、あの店に行こう!」


「信じられない」


 うきうきした様子の彼女に腕を引かれながら、これは食べ歩きツアーで見物が終わる気がすると思った。

 ぐんぐんと進んでいた少女がはたと立ち止まった。近くに露店は見あたらない。


「アーリーどうしたの?」


「あいつら、知ってる。森で僕を襲った奴らだ」


 アーリーが見つめる方向に三人の男たちがいた。一人はかなり恰幅の良い男で、残りは彼の手下といった印象だ。

 彼らはすでにこちらに気づいている様子で、嫌らしく笑みながら何やら相談をしている。


「羽里、逃げよう。来て」


「ちょっと」


 アーリーが腕を引いて横方向へと走り出す。それに気づいたのかどうなのか、男たちは早々と会話をやめ、人混みの中へと消えてしまった。

 それを横目で確認した後、慌てて彼女に声をかける。


「アーリー、大丈夫だよ。あの人たちどっかへ行っちゃったから」


 そう言ったがアーリーは全く聞き耳を持たずで、私は引きずられるように走り続けた。


 見物客たちの間をすり抜け、細い路地を何度も曲がるとやがて家々は遠ざかり、町の外門までやってきた。さすがに抵抗して立ち止まる。


「もういいってば。このまま行っても外に出ちゃうだけだよ」


「ごめん、羽里」


「いいけど、どうしたの。そんなに怖かった?」


「……監視が」


「えっ」


「僕、監視されてる。たぶん、ベイルさんだと思う」


 アーリーが彼女らしくもない、暗い表情で言う。

 すぐさま周囲にきょろきょろと視線を這わしたが、ベイルがいるような気配は無い。帰るのだろう見物客がポツポツとまばらにいるだけで辺りは静かなものである。


「信用されてないのは分かってた。でも信じて欲しい。本当にただ羽里に会いたかったんだ。今は皆とも仲良くしたいって、思ってるだけだよ」


「うん。……でも、信じてるっていったら嘘になるかも」


 そう言うとアーリーは肩を落とした。そんな彼女の手を握る。


「信じる信じないの問題じゃないよ。私はアーリーが好きで側にいたい。それだけだから」


「羽里……」


「ベイルもアーリーのこと嫌いな訳じゃないよ。ちょっと過保護で心配性なだけ、他の皆もね」


 そう微笑むとアーリーはいつものように元気を取り戻して、太陽の輝くような眩しい笑顔を見せた。


「……誰が過保護で心配性だって?」


 背後から聞こえた不満そうな声に驚いて振り返った。そこには金髪の男が顎髭を撫でている。


「ハーティ……、どうしてここに居るの?」


「ベイルがお前たちを見失ったって言うからだよ」


 それは答えになってない。私が聞きたいのはそんなことじゃない。そう言う前に彼の方が口を開く。


「トリ、お前の言いたいことは分かってる。俺たちは町の中を分断してお前たちを見張ってた。いや、お前たちというかアーリーをだな」


「なんで、そんなことするの」


「別に俺はその娘をどうこう思ってる訳じゃないぞ。ベイルに頼まれただけだ。トリが心配なのは事実だが」


「ベイルはなんでそんなにアーリーを気にするの」


「さぁな。それは本人に聞いてくれ」


 ハーティの背後から一匹の黒豹がすっと姿を現した。豹はすぐさま人型に変身して一礼をする。


わたくしは魔王様を守護するのが役目ですから、出来る限りは御側を離れません」


「そんな言い訳聞きたくない。アーリーはあなたに監視されてるって言ってるの。それが私を守護するためだというならすぐに止めて」


 強い口調でそういうと、ベイルは眉を潜めた。


 どうしてそんなにも彼女を嫌うのか。どうしてわざわざアーリーを落ち込ませるような選択をするのか。


 どうにも苛立ちが押さえられない。ベイルの側で知らん顔しているハーティが目に入ると、それで怒りの矛先が飛んだ。


「ハーティも蚊帳の外みたいな顔しないでよ!」


「トリ。お前、どうした?」


 ハーティが手を伸ばしてきたので、それを振り払う。


「――触らないで!」


「おいおい、落ち付けって。触らんから、な?」


「行こう。アーリー」


 戸惑ったような彼らを残して、私は彼女の手を取ると町の方へと踵を返した。


 そのままずんずんと進んでいく。暗い路地裏でアーリーが立ち止まるので、引っ張られるように歩みを止めた。


「ねぇ。羽里、よかったの?」


「何が」


「二人ともかなり困惑してたみたいだけど」


「いいよ。アーリーを傷つける奴は許さないから


「羽里、どうしたの?」


「え?」


「ちょっと怖いよ」


 アーリーは怖いと言ったが、本当のところはどうだろう。

 私が首を捻ると、彼女も不安そうにこちらを見た。


 ――私か。

 私がこの子を不安にさせているのか。


 悪いのは私なのか。

 私が彼女を傷つけたのか……?


「ごめん。ごめんね」


 怒りや悲しみの感情で混乱する。うわごとのように謝罪を続けていると、アーリーはそっと抱きしめてくれた。


「大丈夫だよ。僕は君の味方だから」


 静かに頭を撫でられていると唐突にうとうととした眠気が襲ってきて、意識はそのまま暗闇へと飲まれた。



 ++++++


 遠くで何者かが、手を振っている。その光景を見て、これが夢だと確信した。


 この夢は胸がもやもやして本当に気持ちが悪い。

 何か大切なことを忘れてしまっているような気がしているのに、その気持ちは知らぬ間に消えてしまう。


 ――ねぇ、あなたは誰なの?



 ハッと目を覚まして、まず視界に入ってきたのは見慣れた寝台の天蓋だった。いつの間に帰ってきて眠っていたのか、頭がボーっとしていて正確なことが分からない。

 起きあがろうと試してみるが、一回で体を起こせずに寝具へと倒れ込んだ。


 気合いを入れ直して起きあがると、夕闇の部屋には自分以外の誰の姿もなく、静寂に包まれている。

 どうしようもなく悲しくなったが、熱い目頭を押さえたところで状況は変わらない。


 怖いぐらい静かな部屋に耐えられなくなると、素早く寝台から降りた。

 ラヴィナの部屋の扉を叩いたが反応はなく、ドアノブを動かしても、引っ張っても扉は開かない。


 廊下に出れば誰かがいるはずだと思い、部屋を飛び出した。

 しかし、その期待に反して廊下には誰の姿もない。


「なにこれっ、なにこれ」


 忙しなく視線を動かしながら廊下を進むが、曲がった先の階段や支給室にも人影はなかった。


「ねぇ、誰かいないのっ」


 そう叫んでみたが、自分の声が反響しただけで何者かが返事をする気配もない。

 背筋が凍るほどの恐怖心に支配されて駆けだした。


「だ、誰もいない……どうして、誰かいないの! お願い返事をしてっ」


 一人で頭を抱えていると、突然ゴンゴンと何かと何かのぶつかる音が響いた。それは耳の中でゴーンゴーンと反響し、気持ち悪くなって耳を塞ぐ。


「おーい。何処にいるんだ?」


 遠くで誰かが私を捜しているのか。それでも恐怖から目を瞑り、耳を塞ぎ続けた。


「こら、怖がらずに目を開けて、俺を探しなさい」


 ――いやだ! 反抗を示したくて、冷たい床を叩いた。


「相変わらず頑固なお嬢さんだね……」


 背後からそう声がしてビクリと背を振るわせると、肩に手がそっと乗ってきた。


「大丈夫さ。振り返ってごらんよ」

「嫌だ、怖いっ」


「君も知ってる者だよ」

「本当に?」


「ああ、本当さ。俺はね、君に対してもう嘘は付かない」


 そこまで言うのならばと、そっと振り返る。

 そこには長身の何者かがいたが、顔がぼやけていて上手く認識できない。首を傾げると、何者かはうーんと唸った。


「どうも、強力な(まじな)いのようだな……。俺が分からないのか」


「……」


「じゃあ、他の事を質問しよう。君は自分が誰だか分かるかい?」


 そんなことを問われて考えた。


 ――そういえば私は誰だっけ?


 そこで急に体がうねうねと勝手に動き出した。焦って口を開け閉めしていると、何者かがまた肩に触れてくる。


「落ち着いて。自分を忘れてはいけない。大丈夫、俺はここにいるから思い出してごらん」


「そんなの無理」


「諦めるのか。全くらしくない選択だな。ふん、俺は落胆した。君にはがっかりだ」


 人物は腕組みをしてそう宣う。高圧的な態度で言われるとムッときた。


 頭の回路をフル起動させる。

 わたし、私は……。そこで、頭の中で「ありがとう」という感謝の言葉が浮かび上がった。


「誰かが私に感謝してる?」


「いいね。それは誰なのかな」


「ちょっとそれは分からない。でも何か……う……うり。そうだ、羽里。私は南島(なんとう)羽里(うり)だ!」


 そう確信したところで体のうねうねは収まり、意識がはっきりと覚醒する。そのお陰なのか、眼前の人物が誰なのか分かった。


「あっ……ファザさん?」


「そう。上出来だな」


 胸元の開いた若草色のドレスローブを身に纏った淑女、ファーヴァ・ファザ。彼女は手にしていた木杖(ロッド)を高らかに打ち鳴らすと、辺りにゴンゴンという音が鳴り響いた。謎の音の正体はこれだと感づく。


「いいね。さぁ、では出口へ行こうか」


「出られるんですか?」


「もちろん」


 編み込まれた緑色の髪を揺らしながら彼女は進む。その後を必死に足を動かしてついて行くと、やがて白光に包まれた。


 目を覚ましてまず視界に入ったのは見慣れた寝台の天蓋だった。


 「まだ夢の中なのかも」という不安はすぐに解消された。寝台の脇に心配そうな表情でこちらをのぞき込むラヴィナと、満足げに頷くファザの顔があったからだ。


「トリ様、良かった」


「ルリ君。おかえり。ほら、俺の言った通りに出られただろう?」


「わ……た、ど……」


 私、どうして? と問いかけたいのに声が掠れて発声できない。


「随分、叫んだからね。喉を痛めたかも知れない。ラヴィナ君、例の物を飲ませてやってくれ」


 ファザがそう言うとラヴィナが寝台の側にあったカートからカップを取り出し、何かを注いでいる。


「どうぞ、トリ様」


 体を起こして、差し出されたカップに口を付ける。無色透明な液体は甘くて苦くて、ちょっと塩辛いような物だったが、それでも不思議と全部飲み干した。


「どうして……あ」


「その薬は付け焼き刃だから。決して無理はしないように。ゆっくり話しなさい」


「はい。……何がどうなったのか聞きたいです」


 そう眉を潜めているとラヴィナが口を開く。


「それは春祭の最終日のことですわ。アーリーさんが眠ってしまったというトリ様を担いで帰っていらしてから、異変が始まったのです」


「異変?」


「トリ様がまるで何かに取り憑かれたように人が変わってしまって。皆さんに食ってかかるように攻撃的だったのです。そして、次の日には眠りから覚めずに、今日で二日でしたのよ」


 ラヴィナは瞳を潤ませて強く抱きしめてきた。私もその背に手を回す。


「そんなの身に覚えがないよ。アーリーといた後はずっと寝ていたかと思ってた」


 そう言うとファザが木杖を床にコンコンと打ち鳴らす。


「かなり強力な呪いだな。これは時間がかかりそうだ」


 そしてファザは何やらラヴィナと会話を始めた。彼女は私を救うためにわざわざ来てくれたのだろうか。


「あの、ファザさんは私を助けにきてくださったんですか?」


「いいや、それだけではない。実は最近、ある者が俺を訪ねて来た。そのお陰で大切な約束を思い出したのさ」


「そうなんですか?」


「ああ、記憶はまだ曖昧だがな。ルリ君、君は俺の家に訪れた時、誰と一緒だったか覚えているかい?」


 私は「えっと……」と首を傾げる。するとファザはどこか納得したような表情をした。


「ふむ、やはりそうか。ルリ君を含め、皆一部の記憶を失ってしまっている様だ」


 そんなことを言われるとだんだん不安感が募ってきた。心に蓋がされたような妙な感覚がする。


 ――私は一体、何の記憶を無くしてしまったというのだろうか……。

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