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旅は道連れ 世は情け3


 冬太は寝台の上で、死人のように蒼白な顔で眠っていた。


 その胸がゆっくりと上下する様を見て、生きていることにひとまず安堵する。


 一人で胸を撫で下ろしているとベイルが険しい表情で問いかけてきた。


「ウリ様、この殿方はどちら様ですか」


「彼は三浦冬太、トータだよ。日本の友達なの。私はずっと向こうに居たんだけど、ちょっと複雑な事情があって……」


 私は皆に起こった事や、今の状況を詳しく説明する。腕を組んだタンジェリーンが声を上げた。


「ニッポンにオンミョウジ、興味深き事かナ」


 アルビレオも同意して眉毛を寄せる。


「僕も本当に吃驚だよ。まさかこことは違う別世界が有るなんてさ。それにニッポンの人族とは言葉も通じないし、未知の道具もいっぱいあったんだ」


 興奮気味の彼に対して、シャーが手を横に振っている。


「貴様の旅の話など、今はどうでもよいわ。このトータという青年、あまり良い状態には見えんが……」


 私はそこで、なぜスィフィが冬太を助けられると思ったのかという疑問が浮かんできた。


「スィフィ、どうして冬太を助けられると思ったの?」


「うーん、とうさまの感じがしたの。アバイドワールに来たら、よくなるかなぁって」


 彼女の「とうさま」、つまり父親といえばグリーディネスという創造神だ。

 彼は創造の力で自分の理想郷である宮殿世界を造り、誕生させた女たちと遊んで暮らしていたという。


「……グリーディネス」


「とうさまがやってた。『じゅしき』に似ているの」


 スィフィが首を傾げると、シャーの顔色が変わった。彼は「シューデル様」と一声呟いてから言葉を続ける。


「呪式というのは(まじな)いの類だと考えられる。前魔王様がその身に受けたものだといえば伝わるか?」


「それって」


 私の父親であるシューデル魔王はそれが原因で亡くなったという。シャーは腕を組んで考え込んでいるが、その表情は険しい。


「うむ、ただの呪いならば魔術師ファーヴァ・ファザに見せれば分かる事もあるやも知れん……」


 ――ファーヴァ・ファザ。その名前に聞き覚えがある。


 確か以前、スィフィを故郷に帰す旅のために『話の長い竜族』を紹介してくれたシャーの友達だ。


「シャー、その人はどこに居るのっ、呼べば助けに来てくれる!?」


「やつは霊族ですぞ。まぁ、霊族領地(ヴァイオレトス)に居るだろうが、奴が私用以外で腰を上げるとは思えん。例え以前の様に文を出したとしても……病者を担いで来るぐらいの気概を見せろと、一喝されて終わるのだ。経験がある」


 そう語ったシャーの体が震え出す。彼の過去に一体何があったのだろう。

 私がそんな思いを抱いていると、ハーティが大げさに手を打ち鳴らした。


「それじゃあ運んで行こうぜ」


 それを聞いて天馬で旅した事を思い出したが、いくらなんでもこの状態の冬太を連れて行くのは不可能だ。


「でも、病人を連れて旅なんて無理だよ」


 私の発言にハーティが真顔となる。


「何言ってるんだよ。今回はタンジェリーンがいるだろ?」


 そうだったと顔を上げた。前回とは違って、強い味方がいた。

 赤竜(ドラゴン)化した彼の背に乗れば霊族領地へも一っ飛びだろう。


「ねぇ、タンジェリーン。お願いしてもいい?」


「ンン。我ハ、構わぬガ」


 彼はそう言ってくれたが、シャーの方が難しい顔をしている。


「お前たち、勝手に事を進めるでない。奴は気難しい性質だ。会いに行ったところで協力する保証はないのだぞ。それでも行くというのか?」


 私が真剣な眼差しを向けると、彼は大きなため息をついてから「仕方がない」と了承してくれた。


 皆を見回すと、ハーティとアルビレオが当然と言いたげな顔をしている。それを見たシャーが再び声を上げた。


「待て、お前たちではならん。そこの竜族が共に行くのだから、それで十分だ」


「えっ。シャー、どうしてなの?」


「会えば分かるだろうが、お前たちのような無骨者では駄目だ」


 無骨と言われて納得いかない様子のアルビレオが不満そうに口を開く。


「相手は精霊語だし、僕ぐらいは着いていくべきだろ?」


「奴は標準語を拾得しているから問題はない」


 アルビレオはムッとして顔を逸らした。彼の隣に佇んでいたラヴィナが不安げな顔をしているので、安心させたい思いで声を上げる。


「二人で霊族領地まで行ってきます」


 タンジェリーンが青年の姿に変身して冬太を担ぎ上げる。ハーティが心配そうな顔で「トリ、気をつけてな」と肩を叩いてくれた。



 ++++++


 霊族領地(ヴァイオレトス)は深い森林であり、川とそれに繋がる湖以外は上空から見ても緑に覆われていて何も見えなかった。


 冬太を背に担いだタンジェリーンと私の前には木々に隠れた小さな建物がある。


「ここがファーヴァ・ファザさんの……家?」


 石壁のそれは、つるりと丸いドーム型をしている小さな建築物だった。

 屋根は無く、入り口は丸い窓が付いた木戸だけ。四方を囲むように石柱が立っているがその意図は分からない。


 横側面から突き出した煙突からは白煙がモクモクと上がっているが、建物は背丈がほぼ木戸分の三メートル程しかなく、大きさも一部屋分もないように見える。


果たしてこんなところに人が住めるのだろうか。


「深キ、魔法の香」


 タンジェリーンが呟く。

 私はさっそく木戸を叩いたが、何も反応がない。


 もう一度、扉を強く叩いたがやはり反応はなかった。


「すみません、誰かいませんか!」


 そう叫んでみると、ギッと軋む音を立てながら勝手に扉が開いた。私たちは顔を見合わせてからその中へと足を踏み入れる。


「お邪魔します」


 家の内は想像以上に広かった。調理場(キッチン)の付いたリビングの他に扉も二つある。一般の住居の構造だが、それはあの外観からはあり得ないことだった。


 タンジェリーンが無表情で辺りを見ている。私も同じようにリビング内を見渡したが、そこには誰の姿もなく静まり返っていた。


「もしかして、留守なのかな?」

 その問いかけには誰も返答しない。


「すみませーん!」


 そう声を上げると、奥の扉から若草色のドレスローブを身に纏った一人の女が姿を現した。


 陶器のように滑らかな白肌。胸元が露出した服装なのに淫靡さは微塵も感じない。


 彼女は「何かな?」と優雅な手付きで前髪をかき上げた。


 編み込まれた緑色の髪は地に付くほどに長く、その体が動く度に揺れる。そして横髪から尖った耳が飛び出していた。


「初めまして、シャーデン・フロイデの紹介で、あなたを訪ねて来ました。私はルリと申します」


 一礼してそう言うと、彼女は手にしていた木杖(ロッド)を高らかに鳴らしながらツカツカとこちらに向かって来た。


「……なんだ小娘か」


 彼女は私を見ると大げさに舌を鳴らす。凄く険しい顔で舌打ちされて動揺した私の『優雅な淑女像』が音を立てて崩壊を始めた。

 しかし、そんなことに気を取られている場合ではない。すかさず女性に向き直る。


「あの、貴女はファーヴァ・ファザさんですか? 彼、友人の様子を見て欲しいのですが」


「俺がそうだがね。お嬢ちゃん、残念だが後出直してきて貰おうか」


 彼女は手をひらひらとさせて、私たちを追い払う様な仕草をした。


「ファーヴァ殿。貴殿は高名な魔術師と聞ク。此の青年を見て貰えんだろうカ?」


「……竜族か。族種差別はしないが、赤毛は好みではない。君はお呼びじゃないな」


 そう言って彼女は表情をしかめた。


 このファザという霊族は人によって無骨な態度を見せている。これってかなり失礼なんじゃないか。


 私が眉を寄せていると、彼女はタンジェリーンに背負われていた冬太を見て口を開いた。


「君はその男児を救う為に来たのかい? 他者である俺が助けてくれると思ったなら、竜族にしては浅はかな思考だね。それから俺を賢者だと言っているならシャーデンも頭のいかれた男だ」


 そう言われてとうとう堪忍袋の尾が切れた。私を侮辱するのは構わないが、仲間を蔑まれるのは許せない。


「ちょっと、失礼じゃないですか。確かに、私が勝手に貴女の家にやってきたのは浅はかな行為かも知れないですけど、シャーデンや彼を侮辱していい事にはならないはずです」


「……言いたいことはそれだけかい?」


 ファザはこちらに視線を合わせてくる。殺気のこもった強い眼差しで見つめられるが、私は負けてられないと目を逸らさなかった。


「友人を助けて貰えるまで帰りません。力が有るのに出し惜しみするのはどうかと思います。――私は貴女の品格こそ疑いますね」


 そう嫌みを言ってみると、ファザは恐ろしい表情で顔を近づけて来た。それでも私は臆さないと心に渇を入れる。


 不穏な空気の中で見つめ合っていると、何を思ったのか彼女が急に額をコツンと合わせてきた。


「えっ!?」


 私は驚きの余り、彼女から身を離す。目をパチパチ瞬かせているとファザはまた真顔を近づけてきた。


「短慮は怖いな、お嬢ちゃん。そういう本音は思っても口から出さない方がいい。さっきの事を俺以外の霊族の前で言ってごらん、君は影も形も残らなくなるだろうよ。例え、君が魔王であっても、不死身であっても、いずれ死は等しく訪れるものさ」


 そう耳打ちされて背筋がゾクリと震えた。そっと身を離した相手を見ると、彼女は柔和な笑みを漏らしている。


「しかし、旧友も厄介なものを寄越したものだ。それにしても、噂に聞いていた通りの変わった娘だね」


 ファザは先程の高圧的な態度とは打って変わって穏やかな気配を放っている。


「……あのう」


 不安になって口を開こうとすると、彼女は私の手を取って部屋の中央へと誘った。


「シャーデンは、よく君の事を手紙に書いて寄越すのさ。目に入れてもきっと痛くないんだろうな、以前から感じていたが変わった男だよ」


「シャーが?」


 そんな彼は想像し難い。私が頭を悩ませているとファザは長めのソファを指す。


「ああ、その彼はそちらに寝かせてくれ」


 タンジェリーンは冬太をそっとソファに寝かせた。ファザはそれを見届けた後に、まるで風を纏ったような様子で前髪を掻き上げる。


「俺はファーヴァ・ファザ。魔術師とか大賢者とか呼ばれているが、呼び方は君に任せよう。後、この物言いは族風だから許してくれたまえ」


 ファザはそう言って片手を出してくる。私がそっと触れると強く握り返された。


「竜族君も浅はかだなどと罵って悪かったね。俺は何事も交換条件が信条なのだ。無条件で他者の頼みを聞くほど、お人好しではないからな」


 それは何処かで聞いたことがある台詞だった。私は以前に旅をして訪ねた話の長い竜族の事を思い浮かべる。あの時のようにまた試されたのだろうか……。


「そう、何処かの竜族だ。親友は元気だったかい?」


 そう言い当てられて、私は心の中を覗かれたような不思議な気分になった。「はい」と返事をするとファザは満足そうに頷く。


「そうかい。さて、では彼を見てあげようか。ああ、君たちはあまり近寄らないでくれ」


 ファザはそう言うと冬太の前に立って、木杖を床に打ち鳴らした。

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