広場
登り続けること暫し…息が切れる。長い階段を上がると言うのは、その人工の形と足運びのしやすさに誤魔化されて簡単に思えるものだが、実はそこらの丘を登るよりも余程大変なものだ。何せ角度が全く違うのである。むしろ、一段一段、しっかりと脚力を使って体を持ち上げねばならないのだ。
ここまで来ると、いよいよこの巨木の大きさが身に染みて分かってくる。まあ、それ以前に池の水が私の身に滲み込んでいる。動けば多少は暖まるかと思ったが季節は秋。その寒さもあって、体力がどんどん奪われていく。
一体、どれ程登っただろうか。私が落ちた池も遥か下になり、巨木は基部に比して、若干細くなった様に思える。とは言え、若干である。相変わらず回廊の反対側は遠くにあり、飛び移る事など出来るわけがない。階段から足を踏み外せば真っ逆さまに、またあの池へと一瞬で戻る事が出来るだろうが、そんな気は毛頭無い。
慎重に階段の細くなった所を通りながら、幾度目かの回廊に出ると、それまでの様にすぐ先に階段の続きはなかった。
否、見渡せば螺旋階段は六本から三本へとその数を減じており、私達がいる場所はその減った階段の位置にあった。
先行く人々はと言えば、回廊を進み少し離れたところにある大きな窪みへと吸い込まれていた。後をついて行くと、そこでは回廊が一旦下り坂になり、また上っていた。その一番低いところは、回廊のその他の場所よりも外壁に向かって窪んでいる。その窪みは回廊の天井の高さよりもはるかに大きく、かなりの直径をした円形だった。
窪みにはまた階段が、今度は外壁の中、窪みの奥へと続いている。
「やっと、着きましたね」
と、いつの間にかすぐ横に来ていた隊商の長が言った。
「さあ、もうここを上がれば目的地ですからね、もう一踏ん張りです。中に入ってさっさと服を脱いで、火の傍で野営用の装備にでも包まってください。」
私の身長の三倍程の高さまで階段を上がれば、窪みの内部の様子が見えてきた。
もう分かると思うが、この窪みは材木等にある「節」に当たる部分。要するに「枝」の付け根らしい。ただ、この巨木の枝である。内部の空洞は、やはり洞窟の様に奥に向かってその太さを減じながら続いている。この大きさならば、太さではなく「幅」と「高さ」で表現すべきだろう。
断面の形状は、概ね円形をしている訳だが、少し奥の方で下部中央は細くなるのをやめ、下側が平らに近くなり、ちょっとした広場の様になっている。ただ、左右の壁と天井というべき部分は相変わらずで、「広場」の部分から見ると一旦広がり今度は真上に向かって弧を描いている。
何より、この枝の中に上がり込むと、その明るさに驚く。今迄巨木の虚の中でその薄暗さに慣れた目には、眩しささえ感じる程だ。丁度、巨大な洞窟の奥から、外へと至る出口まで来た様な気分だ。
この空間を照らしている光は、当然外から来ている。広場の奥には、左右から私の身長の二倍はあるだろう壁が張り出しているが、それはこの「枝の洞窟」の内部に比しては低く、視界を完全に遮ることは無かった。その上の空間を通じて、ずっと奥まで枝の「穹窿天井」が続いているのが見える。そして、光はその最奥、その穹窿が唐突に途切れる所から来ていた。
外には、他の巨木の幹と、巨木の枝から垂れ下がった「小枝」らしきものが見えている。一見、葉を茂らせた小枝がこの枝の洞窟の出口を覆っているようにも見える。しかし良く考えて見れば、その針のような細い葉の一本一本が、私の太腿程の太さと身長程の長さを持っているのだ。現実には、あの小枝は遥か遠くにあるに違いない。
また広場の奥、左右から張り出す壁は、湾曲しながら中央へと、そして奥へと続いている。従って中央に隙間を残しているのだが、そこからも外からの光が広場に射し込んでいる。ただ、隙間とは言っても、私が両腕を広げて通るに尚余る程なので、「路地」や都市の住居の馬車の入れる「大扉」の様な具合だ。
ミニュの人々はその壁の手前で立ち止まり、にこやかな笑顔を浮かべて、身振りで私達を中に入る様に促している……ようだ。
「さあ、やっと着きましたよ。あの家の中に入れば、もう快適なもんです。多分、普通に村に行商に行くより余程いい待遇です。サァ、サァ、中に、中に。」
隊商の長に促されずとも、ここに来た事のある商人たちは、口々にミニュの人に礼を述べながらその「家」へと向かっていく。
何処から入るのだろうかと思っていたら、「路地」に面して幾つか入口が設けられていた。
私もいい加減早く火に当たりたいので、自分の騾馬に積んでいた夜具と着替えを引き摺り降ろし、そのまま手近な入口を求めて路地へと分け行った。