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幻想博物誌  作者: 邨野節枯
ミニュ ―森の上の森の中―
5/18

邂逅

 周囲に倣い、私が馬引きと共に草を喰んでいた騾馬を引き寄せ荷を背負わせていると、これから向かう予定と聞かされた巨木の根元、最早丘と言ってよいその根元から、こちらと同じく五十人程であろう人々がやって来るのが見えた。解き放った馬の分は、短距離ならば連れて来た騾馬達に分担させても何とかなるだろう。

 さて、「どの村にもそれぞれ違う仕方がある」という格言がある様に、私の故郷でさえ少し離れればまた違った行いがあるものだ。とりあえずは周囲の真似をして大人しくしているのが無難というものだろう。

 暫くして隊長が私達の様子を一瞥した後、彼等ミニュの人々の方に向って歩き出すと、他の人達も追従して行ったので私は騾馬を馬引き二人に任せなるべく先頭に近い方へと向かう事にした。この眼で先ず未だよく知られてない人々を見、どの様な遣り取りが為されるのか確りと見届けたかったからである。


 双方がある程度近づき、向こうの人々の姿形が見えて来ると、私が今迄知っていた話よりもずっと鮮やかな色彩の布地を身に付けている様子が、目に飛び込んできた。彼等が根元を離れ日の当たる場所へと移った時、それは一層はっきりとした。彼等の衣服は光沢のある布地で出来ており、斑無く染め上がったその生地はくすみというものを持たない。

 ただ、その刺繍らしき所々を分断する筋は真に奇妙なもので、一見して無秩序な荒い網目模様、または紐を幾重にも方向を変えつつ巻き付けたかの様だ。身体の各部を分割するでも無く、縦横に走る色鮮やかな帯といった印象である。遠目には色彩は分かってもその質感までは分からないものだが、この模様もその様なもので、遠くから見た時は視覚を欺きくすませる。本当に奇妙なものである。


 顔形が分かる程度まで近づいたところで、突如向こうの人々に動きがあったかと思うと、各自それぞれにこれまた鮮やかな袋を出し、何事か大きな声で語りかけて来た。

 何を言っているのか全く分からないが、そもそもここは異郷の地である。言葉というものは、二月も歩けば辛うじて分かるという事等当たり前で、それだからこそ本を書く時には広く流布した古典語を用いたりするのだ。何も驚く事は無いのだが、共通語が無いとなると今迄この地に滞在しようと試みた者が居ない事も肯ける。

 何れにせよ、どうにかして今迄交流を持って来た人々であるし、昨日隊商の幾人かも大声で挨拶らしきものを返していたのだから、彼等に任せて成り行きを見守るしかない……と思っていたら、向こうから理解出来る言葉が発せられた。


「―――来なさい―――」


 理解出来ない言葉の中に、唐突に聞き取れる単語がただ一つ織り込まれていた。単に自分にとって無秩序に等しい音の連なりの中に、自分の知る言葉があるかの様に思い込んだだけかもしれない、と初めは聞き間違いかと思った。

 しかし、この言葉に続き、隊商の長が挨拶と謝辞を返し始めたので恐らくそうではないのだろう。向こうもこちらも片言しか分からない以上、自分達に理解出来る言葉で語りながら、適当に知っている言葉を混ぜているのだろうと思い至る。一先ず「何であれ通じれば良い」という実用上の目的は達成している様だ。

 ところで、何故だかただ一言二言分かる単語を聞いただけで、急に気分が楽になった。知らず知らずの内に、私も相当緊張していた様だ。事前に聞いていた事が幾ら沢山あったとしても、初めての地で何か問題にならないかとどうしても注意している。しかも、自分の思いや何かを言葉で伝えられないのだ。不安というものも僅かにはあったのだ。それが少なくとも言葉一つでも招かれたと分かれば、どれ程気が楽になるものか、私は身をもって体験した。


 見れば時折、商隊の幾人かと言葉を交わしている人々もある。殆ど互いに一方的な語りかけを行っている様にしか見えないが、とりあえず何か伝えようとしている事だけは間違いがない。私は少し穏やかな気分で彼等の後について巨木の中の巨木へと向かっていった。

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