炊煙
辺りは闇に包まれている。頭上には一面に、ぼんやりと光る枝が広がっている。よく見ると巨木の枝の付け根の方が若干明るく、先に行く程暗い。視界の全てが枝の天蓋に覆われており、それを下の方の枝だろう黒々とした太い筋が分割している。
「夜になるとぼんやりと光る巨木とは、なんと幻想的な」と独り言ると、隊長は「今夜はまた盛大に灯を灯してますね」と応えた。
「これはですね、街の灯なんです。去年来た時もでしたけど、どうも隊商が到着すると盛大に灯を灯すんです。歓迎してくれてるって事なんでしょうね、多分。ただ、明日以降もこれよりは暗いですけど、同じ様というか煮炊きの火は灯りますからね。」
そう、良く見れば、微かだがたなびく炊煙も幹に沿って上がっていくのが見える。巨木に霧が薄く纏わりついている様だ。私達と同じ様に、枯れたこの巨木の葉を燃やしているのだろうか。
ただ、樹上で煮炊きを行う事に危険はないのだろうかと、素朴な疑問を抱かずには居られない。船の上でさえ、火気の取り扱いは細心の注意を要するのだ。まあ、現実にその様な樹上での煮炊きを伴う生活を送っている人々がいる以上、不可能ではない事は確かなのだが。
目を少し離れた巨木の枝に転じれば、樹上に小さく人影が見えた気がした。また、何を言っているのか聞き取れはしないが、時折声も聞こえる様に思う。確かにこの巨木に生きる人々がいるのだと実感する。その生活は、今まで私が知っていたあらゆる生活の形態とは違う独自のものだろう。そこにどの様な発見があるか、私の胸は早鐘を打ち鳴らしていた。
尚、この巨木の枝は付け根から一旦緩やかに枝垂れつつ下がり、今度は先端に向って上へ上へと反り返っている。また、枝からは更に小枝が葉を細かく―とはいっても、その葉毎の間隔は人一人分以上はあるだろうが―茂らせつつ、やはり下に向かって枝垂れている。枝の根元が最も明るいのでそこに人の住処が在り、その光が少し上の横にずれた枝から垂れた小枝とその葉にあたっているせいで、ぼんやりと巨木が光っている様に見えるのだ。
ともあれ、人間の煮炊きの明かりではあれ、幻想的な光景である事に変わりはない。幹は下の方程暗いので、さながら巨木の上の方だけ空中に浮かんでいる様でもあり、また、時折光を強目に反射する葉の煌めきが星の様でもあり、これらはこの地にしかない光景を創り出している。
夜が深まるに連れ、この明かりも少しずつ消えて行くかと思っていたが、どうやら夜通しでも火を灯しておく気らしく、一向に衰える気配はなかった。結局、その結末を自分の目で確かめる事なく、その夜私は眠りに就いた。