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幻想博物誌  作者: 邨野節枯
ミニュ ―森の上の森の中―
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市場

 ここで越冬しても良い、という許可は貰った。一先ず、目先の目的は達成である。

 途中から緊張しつつ、領主の謁見にでも臨む様な気でいた。しかし、相変わらず長老にせよ、その孫にせよ、別段我々に対して威張る訳でも無ければ、実際には私の思い込みでしかない。


 気が抜けたところで、私には再び広場の喧騒が耳に届く。ふと、時の経過を思えば、そろそろ夕方だろう。昼を食べ、暫く出迎えの支度をし、そして今ここで諸々、滞在の事について出来うる限り互いに伝えたところだ。どの程度伝わっているのかは、正直良く分からないが。

 ただ、不思議とそれ程不安は無い。今迄そこらの村や街で市を開くよりも、遥かに良い待遇を商人達は受けて来た。それも、この大人数でだ。それだけ互いに上手くやってきた訳だし、これ程の人のいる「街」なのだから、私一人位抱え込んだところで、どうとでもなるだろう。


 会見の終わりとでも言う様に、長老が二言三言発すると、二人は連れ立って外に出て行った。隊長が「私達も行きますよ」と私を促すので、私も一緒に外に出る。

 外にはミニュの若者が、数人待機していた様だ。娘から言葉を掛けられると、私達と入れ替わりに中へと入り、荷を運び出して行く。全体でかなりの重さであるし、一度には運び出せる筈もないが、何度かに分けて運べば無理ではないだろう。

 ただ、何処に運んで行くのか、少し気にはなった。大体、私達は驢馬や騾馬を用いて、ここまで運び上げたのだ。彼等が何処かに運ぶにしても、恐らくはこの巨木の更に上であろうし、階段を使って運び上げるのだとしたら、さぞかし難儀な事だ。私達がいるのは、地上から見れば遥かな高みとはいえ、この巨木の高さで言えば一番下の「枝」に過ぎない。


 さて、いい加減日も翳り、枝の中は暗くなりつつ有る。長老達も帰るのか、塩を運ぶ青年達に着いて広場まで歩き出した。

 広場には、人、人、人……人で溢れた状態である。回廊を埋め尽くしていた人々が、そのまま流れ込んで来たのだから当然だ。無論、入れ替わりに出て行く者もいる。これ程になれば、当然品もどんどん交換されていく……かと思いきや、そうでもないようだ。


 辺りを埋め尽くすミニュの人々は、誰も彼も袋を肩から下げ、それぞれにその袋から思い思いの物を取り出しては、商人の前に差し出す。商人は商人で、それを受け取り、中身を改め、竿秤でどの程度の量があるか計量していた。そして、どの程度の物と交換出来るのかについて、具体的に自分の品を指し示したり、計量して差し出す事で互いに妥協出来る点を探って行く。

 一つ一つの取引についてこうであるから、時間がかかり、なかなか先には進まないのが現実の様だ。私達の様に、大口で一気に取引をする事など無い様で、あくまでも一人ずつ交渉が行われていく。


 貨幣を介さない取引というものは、私は余り見た事が無い。だが、良く考えてみればとても面倒なものだ。「自分のこの品は幾らだ」と、互いに分かり易く示す事が出来ないのだから。

 また、見ているとミニュの人々も自分の持って来た品を出しては、どの位の何と替えられるのか、相場を調べている様だ。それぞれ商人を廻っては、その者の扱う品とどの程度の比率になるかみている。計画性や計算高さというものを、彼等に更に認めねばなるまい。


 秋の日は、翳り始めれば早い。そもそも、森の中の木の中で、ただでさえ日中は薄暗いのだ。このままいつまで続けるつもりだろうかと、私が不思議に思っていると、長老が広場の中央に進み出た。

 どうやら、私達が送ったものを皆にお披露目するらしい。青年達が樽を下ろし、皆から良く見える様に置いていく。


 取引に精を出していた人々の視線が集中する。そしてざわめきが大きくなる。

 長老が声を発して、手振りを交えて人々に語りかけ始めると、自然に辺りは静まっていく。彼の話す言葉は欠片程も分からないが、恐らく私達が送ったものについて、私が冬の間滞在する事について皆に話しているのだろう。時折、私の方にもその視線と体の向きを変え、手で指し示しているからだ。


 広場は、外からの光が私達の宿舎で遮られており、元々若干薄暗かったのが、一気に暗くなっていく……と思っていたら、ある程度以上暗くならない事に気づいた。ぼんやりとだが、物が見える程度の光がどこかから射し込んでいる様だ。

 振り返って外を眺めるが、そちらは翳った日に辛うじて照らされていると言った様子だ。最早、中に照り返しや青空からの明かりが入る時間ではない。


 この枝の洞窟を形作る壁と天井自体が、僅かに光を発している様だ。元々この巨木の内側、木の材の部分は明るく白っぽい色をしていて、それなりに明るく見えていた。それが今、光を反射するのではなく、それ自体が光っている。

 ただ光るとは言っても、それはとても微かであるし一様でもあり、一見して光っている様には見えない。その程度の明るさだ。

 それでも薄らと辺りを、月明かりの様な光で包んではいる。


 さて、外に近い方から、私達が食事をした広間の方からだろう、夕食を用意する匂いが風に運ばれてくる。肌寒い秋の夕暮れに、この匂いと言うのは何か物寂しさを感じさせる。

 彼等がこれから家路に就いたとして、それなりに長い時間がかかる事だろう。何せ、どの高さまでかは知らないが、長い長い階段を登って帰らねばならないのだ。煮炊きする香りが決め手となったのか、彼等は口々に挨拶らしきものを呟きながらいそいそと去って行き始めた。


 しかし、長老達はまだ残る様だ。青年達も荷を広場に置いたまま、その場に佇んでいる。このままいても手持ち無沙汰なので、私は言葉の分かる娘に話し掛け、今後の事を少し聞いてみた。食事や馬の世話等だ。


 「馬?何?」

 彼女には、馬とは何かが分からない様だった。無理も無い。今迄、馬を連れて来た者は、一人も居なかった筈だ。仕方ないので繋がれた騾馬を指し、手振りでもっと大きなものだと示しつつ、それが三頭いる事を伝えた。


 「それ、馬、どこ?」

 と、答える姿からして、どうやら馬について興味を惹かれている。下にいる事と、明日様子を見に行きたい事を言葉で伝えると、どうやら通じたらしい。

 すると、彼女は長老に何やら話しかける。今迄見た事の無い馬について、私から聞いた事伝えているのだろう。

 ただ良く分からないが、長老の顔は少しばかり厳しい。叱られた訳でも無かろうが、心無しか彼女の表情は悲しそうですらある。


 「馬、枝、これ、明日。」

 と、手で巨木の中からこちら迄、そして驢馬や騾馬を指して言っている所を見ると、恐らく連れて来いと言う事ではないかと思われる。少なくとも、私はそう解釈した。これは良い機会だ。馬を連れてくる事で、この娘や周囲の人々と少しばかり親密に成れるかも知れない。どうせ私は明日から暫く、それ程する事は無いのだ。彼等の言葉等についても、馬への興味を理由に少し知る事が出来るかも知れない。


 ただ、果たしてあの大型の馬が大人しく、この階段を登って来てくれるだろうか。そもそも、枝の中では流石に手狭ではあろう。

 とは言え、通れないと言う程では無かったし、厩舎に入れていると思えば、馬糧さえ用意出来るなら別に不可能では無い。


 明日以降が少し楽しみになって来たところで、周りを見渡せば大分閑散として来た。人々が減るにつれ、商人達も手を休め、荷をまとめ、それぞれ部屋にも戻り始めている。

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