表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想博物誌  作者: 邨野節枯
ミニュ ―森の上の森の中―
11/18

饗宴

 水場の不思議に考え込んでいると、食事の用意が出来たと誰彼となく呼び掛ける声が聞こえた。その声にふと我に帰ると、いつもの如く親切な隊長が、わざわざ近くまで呼びに来てくれていた。


 「あんまりそっちの方まで行くと、滑って落ちるかも知れませんからね。色々気にはなるかも知れませんが、とりあえず時間はまだある事ですし、食事ですよ!食事!」

 いつの間にか近くまで来ていた彼は、私を若干呆れ気味に見ていた様な気もする。この水場の不思議に気付いていないのか、それとも慣れてしまっているのか、特に気になっては居ないようだ。確かに彼の言うことは至極もっともで、これから少なくとも彼らと共に十日間は滞在する事になる。まだまだ時間はあるのだから、急ぐことは無い。大人しく食事でも食べながら、彼等の滞在する間、商売の邪魔をしない様にしながら過ごす方策でも考える事にしよう。


 ミニュの人々が、用意した食事を竈の前で配っているので、私も他の皆と共に受け取りに行った。饗された食物は、ほぼ初めて見るものばかりで、嫌が応にも好奇心を刺激する。

 先ず彼等が器によそってくれたのは、鮮やかな黄色をした小麦粉を捏ねて湯掻いたような食べ物だった。一体どの様な穀物から作られているのか、全くの謎であるが、食べれば仄かに甘味を感じ、食感も香りも悪くは無い。彼等はこの食べ物を、捏ね鉢の様な素焼きの器から木篦で掬い出していた。


 またその他には、塩漬け肉の燻製の様な物を、薄切りにしたものが添えられた。それは、あの複雑な網目模様の付いた、繋ぎ目の無い袋の中から取り出されたのだが、色が若干白っぽい茶色と言った印象で、表面の艶といい、初めは乳製品を思わせる質感だった。彼等はそれを、彼等特有の刃物の様な物をもって、削り取る様にして薄く切り、私の皿に盛ってくれた。食べると、食感は塩漬け肉を長期間保存した様な硬さを持っていたが、同時に乳製品の様な味を持ち、香りは少し胡桃の様な木の実に似て、香ばしさがあった。


 更に何かの野菜の茎を、少し軟らかくなるまで煮た様な物も供された。それは、皮を剥かれた片手に余る太さの茎を煮込んで、輪切りにした様な見た目で、すっと鼻に抜ける爽やかな香りが特徴だが、味には若干のえぐ味があり、それ程美味しいとは思えない。だが、ミニュの人々はこの味を好んでいるようだ。我々に食事を世話しつつ、自分達も食べているのだが、皆幾つかはこれを取り、美味しそうに食べている。


 酒が供される事はなかったが、一通り皆が食べたところで、果物の様なものが供された。それらは、森で見かける事のある、野生の果物とそれ程異なる事はないようで、珍しいという程でもないが、その新鮮で甘酸っぱい味は食後の満足を更に増す。


 食べながら、彼等の調理器具を観察していると、ほぼ素焼きと木製の物に限られており、金属器は無い様だ。ただ、刃物だけは当然素焼きや木製ではなく、独特の光沢のある半透明の水晶の様なもので出来ていた。それは、どう考えても使い易くはないと思われるのだが、何故か湾曲しており、一見すると大きな丸鑿の様に、刃の反対側に向かって柄が伸びていた。


 彼等の提供してくれた食事の量は十分で、それなりの調理の技術や工夫、生活の余裕と言ったものが感じられる。実際、私達が旅の途上で食べていた麦粥という名前の、各種穀物と干し肉の類、道中採取した食べられる野菜のごった煮と言ったものよりは、余程ここの食事の方が文明的である。

 また、清潔な水場や、小さくとも市を立てる広場、多人数を収容できる宿舎、暖をとるための薪をも私達に提供する事すら、彼等には容易い事なのかも知れない。

 そもそも彼らの血色はよく、鮮やかな色で染められた衣服等、私達の都市の住人よりも、余程余裕を感じられるものだ。


 未開の地にて、冒険旅行でもする様な気分でいた私の期待は、非常に良い意味で裏切られた。そんな考えは、もう捨てねばならないだろう。


 私は食後の満足した気分を感じながら、次は何が起こるのがとても楽しみになり、何とも鷹揚な気分で構えていた。

 自分が受けたものについて、当然何か返す必要があるという事は、この時すっかり頭から抜け落ちていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ