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幻想博物誌  作者: 邨野節枯
ミニュ ―森の上の森の中―
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水場

 十分に温もり、乾いた服に着替えた後、同房になるであろう人々を探して外に出た。

 部屋の外では、各々部屋に自らの荷駄を運び入れた後らしく、背負う物の無くなった駄獣を引き連れて路地を行く商人達が居るだけで、特に部屋に入ろうと待ち構えて居る者は誰もいないようだ。奥の方と言うべきか、入口の方と言うべきか、先に通った広場に駄獣を集め、適当に組にして繋いでいるらしい。

 いずれ騾馬達を、また外にでも連れて行くのだろうかと思っていると、後ろの外の見える「洞窟の出口」の様な開口部の方から私を呼ぶ声が聞こえた。


 「着替え終わったなら、こっちですよ!こっち!食事にしますからね。」

 振り返れば、いつ何時も親切な隊商の長である。まあ、帰りの私の荷駄の分の利益は、彼の懐にも入るのだから、当然と言えば当然なのかも知れないが、それにしても親切だ。尚、上着は乾くに至らなかったので、致し方なく夜具に用いる毛布を身に巻き付けている私は、とても目立った事だろう。ただ、それでも私が出た瞬間に、見つけて声を掛けてくれたという事に、彼の隊商の長としての気配りと器が見て取れる。


 私としては、外に出れば直ぐに、外で待っている誰かに鉢合わせするのではないかと、心して出たのだが、特に誰がいるでもなく、むしろ困惑していた。自分の荷を解くでもなく、運び入れるでもなく、少し申し訳ない気持ちになりながら、私はすぐに応えた。


 「すぐ行きます!でも、ちょっと火を鎮めてから行きますね!」

 と、一旦室内へと戻り、薪をばらして炎が上がらない様にし、灰に埋めておいた。流石に火を室内で焚いたまま、放置するのは不安だったのだ。壁は白く塗り固められ、延焼の恐れはなかったのだが、頭上の屋根はどう見ても薪として燃やしている物と同じ素材で出来ていた。室内にいると、自分がこの巨大な樹木の中に居ることを、一瞬忘れそうになってはいたが、万が一火災を出せば全て燃えるのではないかと思われ、とても不安を覚えたのだ。

 火を消して後、少しの逡巡しつつ、名残惜しいが余りにも不躾であろうと、毛布を体から剥ぎ取り、室内に残して彼の元へと少し急いで向かった。


 彼の元へと向かいながら、ざっと並ぶ部屋を数えると二十室程あるらしい。となると、全て同じ構造だとして、凡そ八十人は収容できるかなりの規模の宿舎ということになる。これ程の広さとなると、大都市や大きな重要な港等にある、大規模な商館の敷地と変わらない。無論全て平屋なので、むしろ郊外の防壁を備えた貴族の邸宅、その中の使用人と小作人の為の家屋の方が似てはいるかもしれない。


 さて、商人達のいる所まで、道々我々の「宿舎」と呼ぶべき並ぶ部屋ゞの大きさに驚きながら、馳せ参じると、そこにもちょっとした広場の様な物が作られていた。食事だと言うから、自分達で煮炊きをするのだろうかと思っていたのだが、そこにはミニュの人々が五人程いて食事を用意していた。

 片側の外壁に接して、大型の暖炉の様な竈が設置されており、その奥には窯や調理台の様なものが並んで設置されている。部屋の外の空間ではあるが、考えてみれば上は枝の穹窿天井が続いているから、なるほど雨天の備え等、必要無い。むしろ薄暗い室内や、奥の広場で食べるよりも、外に面したこの場所の方が、ずっと明るくて食事にも調理にも好都合だ。


 また、更に奥には水場らしきものがあって、何人か水を汲んで飲んでいる。そう言えば、池には落ちたが、ここの中に入ってからまだ水というものを飲んではいなかったので、少し渇きを覚える。自分も飲もうと近付いて見ると、十分に澄んだ冷たい水を湛えていた。水場の囲いも、その底も、白色をしているのでその水の青さが際立つ。


 私が愛用の錫の食器を取り出して、実際に汲んで飲んでみると、臭いも何かの混じった様な味もなく、森の中で湧き水を飲んでいる様な感覚だった。少なくとも、私の落ちた池のような水ではない。

 ふと、自分は巨木の遥か高みにいる事を思い出して、何故ここに、こんなにも澄んだ水が有るのだろうかと不思議になった。ここまで水を汲み上げるのは相当な労力だし、雨水を溜めているにしては余りにも新鮮で豊富だからだ。


 と言うのも、この水場は、よく丘の上の街等に昔から在る水場の様に、少しずつ段差を設けつつ、いくつかの部分に仕切られている。私が汲み取って飲んだのは一番上で、ほぼ部屋と同じく概ね円形をしており、片側が直線で切り取られる様に、剥き出しの外壁に接している。水を囲う水槽の部分は、どうやら壁と同じ素材らしく、ほぼ真っ白で腰の高さ程。外に近い側の上端に、溝が刻まれており、水はそこから隣の水槽へと流れ落ちていく。それが隣に隣にと、幾つか同様に繋がっているので、上は飲用、下は洗い物や洗濯等、その他の用途に供するのであろう事は分かる。最後の水槽には、この巨木の葉の枯れ落ちた物が、水の中に浸されていた。私達が、薪として使っていた「枯葉」だ。


 問題は、この最後の水槽の更に先だ。どう言った理由で、この枯葉が浸されているのかは分からないが、それは一先ず置いておこう。この最後の水槽にも切り欠きがあり、そこから水が零れ落ちているのだ。その先は、床と言うべきか、足元を濡らさない様、水槽と同様の素材で出来た溝が壁際に沿って続き、水は外まで導かれ、最後は流れ落ちるがままにされている様だった。

 つまり、水はどこかから湧き出ているのである。無論、流れる順から見て、一番上の水槽からに違いない。ただ、私がいるのは巨木の遥か高みに突き出た枝の根元なのだ。その先は、外が見える事から分かるように、ずっと前に折れて失われている訳だが、それでもここは枝の中なのだ。


 最早、ここが木の中であるという事は一旦忘れて、巨大な洞窟の中であると思い込みたい衝動に駆られる。それ程までに極自然に、生活に必要な基本的なものが揃っている様だ。

 この後、一冬をここで越す間に、どれ程の不思議な事に巡り会うのかわからない。とにかく私は、ここでの滞在を認められる様にあらゆる手を打とうと、思いを強くしたのだった。

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