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決戦の時 下

この遅延はリアルが忙しかったから。決してエタる病の症状が出たからではない。数日分継ぎ足しで5000文字くらい。長い。

 既に自暴自棄となっている幸樹。彼は「とにかく突っ込めばいいんだろ!」と言わんばかりの勢いで地を蹴った。

 勢いだけは立派。だがその実無策の特攻。敵の手の内を知らないまま距離をつめるというのは、実力のない者にとっては自殺行為に等しい。


「ッ!!」


 エイヴァンの背後にいるガルグドラゴンが幸樹の方を見ていた。

 ガルグドラゴンの体勢が低かったためか、幸樹とガルグドラゴンの目がバッチリ合った。

 それはただの偶然だったのかもしれない。だが、それによって抱く恐怖は本物だ。

 いくら自暴自棄といえど、感情が無くなったわけではない。

 幸樹の中で長年培われたチキンハートは嫌でも反応してしまう。

 幸樹は反射的に足を止めた。


「どうした?こないのか?」


 エイヴァンは挑発めいた台詞を吐く。


「……チッ。来てほしかったらそいつを引っ込めろボケ」


 幸樹はぼそりとつぶやくように悪態をついた。

 幸樹は言う『そいつ』とはもちろんガルグドラゴンの事だ。

 エイヴァンの耳は幸樹の呟きをしっかりと聞き取った。そして同時に感心した。


(ほう。見抜いてきたか)


 実はこの時、エイヴァンは魔法を発動していたのだ。

 魔法の名前は『ステルス・マイン』。地面に魔法陣をあらかじめ展開し、相手が魔法陣を踏むと爆発を起こす魔法である。

 ステルス・マインは隠匿性に長けている。目に見えないし魔法でも感知できない。

 相手の虚を突く必殺の一撃。エイヴァンはこの魔法で幾多の強敵を葬ってきたのだ。

 だが、幸樹は違った。ステルス・マイン発動位置の直前で立ち止まった。

 幸樹はガルグドラゴンを恐れて立ち止まった。だが、エイヴァンの側からすれば、幸樹が間一髪のところで自分の魔法を見抜き立ち止まったように見えてしまった。そして、幸樹の言葉を「そいつ(ステルス・マイン)を引っ込めろ」と解釈したのだ。


「なるほど。さすがは勇者と言ったところか。この魔法を見抜いたのはお前で四人目だ」


 エイヴァンはステルス・マインを解除した。この魔法には発動中はその場を動けないという欠点があるからだ。


「ふむ。たまには運動でもしてみるか。さあ来い。お前の要望どおり引っ込めてやったぞ」


 幸樹はエイヴァンの後方をちらりと見た。

 ガルグドラゴンは他の勇者達の相手に向かった。幸樹は自分の言葉に従ったエイヴァンに少し戸惑った。


「隙有り!」


 直後、エイヴァンの右側面から急速に接近する影があった。魔族軍の後衛を片付けた哲が幸樹の助太刀にやって来たのだ。

 哲の剣が上方から勢いよく振り下ろされた。


「ふん!」

「うおぉっ!?」


 しかし、エイヴァンはそれを片手で跳ね返す。

 エイヴァンの左手には一本の剣が握られていた。鍔の部分に金色の鳥の装飾が施された至高の一振りだ。

 右手からエイヴァンの魔法が放たれた。風系魔法だ。哲は紙切れのように吹き飛ばされ地面にたたきつけられた。


「ふん。その程度か。猪口才ちょこざいな!」

「ッ!」


 エイヴァンがその場で身を翻したと同時に、彼の背後から一人の少女が現れた。

 沙耶である。彼女はエイヴァンを背後から奇襲しようとしていたが、その動きは完全に把握されていた。


「ふんっ!」

「あぅっ!?」


 沙耶の背中にエイヴァンの魔法が放たれた。今度は炎系魔法だ。炸裂した爆炎と共に沙耶の体が幸樹へと迫る。

 受け止められる自信はないし、受け止める義理もない。幸樹は身をかがめ自分に向かってくる沙耶を回避した。

 沙耶の体は地面にたたきつけられた。


「…………ぁ」


 目の前に広がる現実。自暴自棄だった幸樹の頭は急速に冷めた。

 幸樹がエイヴァンと戦って勝てる可能性は万に一つもない。

 この半年、彼が培ってきたのは「戦うための力」ではなく「うまくサボるための技術」。

 訓練教官の監視の目をかいくぐり、迫り来る敵は味方に押し付け、何もすることなく報酬だけを貰い続けた。

 そのため幸樹のレベルは勇者の中でもダントツに低い。

 良のステータス補正魔法がなければ、幸樹はエイヴァンの攻撃を一発受けただけで即死だろう。


「…………」


 幸樹は後ずさりを始めた。エイヴァンはゆっくりと歩みを進める。


「どうした勇者よ。よもや怖気づいたわけではあるまい?」


 もはや言い返す気力もない。今の幸樹は死から逃げるので精一杯だ。

 じわりじわりと後退を続けること数分。アクションを起こさない幸樹に、エイヴァンは痺れを切らす。

 エイヴァンは落胆していた。勇者といえどこの程度か。トドメを刺そうと、エイヴァンは地を蹴り左手に握られた剣を振り上げた。


「そう!その位置だ!」


 良はこの時を待っていた。遠距離からの上級魔法による狙撃。

 エイヴァンを確実にしとめるため、彼は息を潜め準備を整えていた。

 これまで気絶した哲と沙耶が邪魔で魔法を使えずにいたが、幸樹がエイヴァンを二人から引き離したことでようやく攻撃が可能となったのだ。


(ステータス上昇補正魔法『ダブルアップ』と俺の得意属性『風』を使った上級魔法!どちらもバグ技『トリプルアクセル』で効力威力共にアップ!これが今俺の出せる最大出力!)


 良は風系上級魔法『クリップサイクロン』を放った。

 強大な魔法を察知したエイヴァンは咄嗟に後方へと飛ぶ。だが、間に合わない。良の魔法がエイヴァンの左腕をもぎ取った。


(あそこか。まさか私がこの距離で見落とすとは……勇者、予想以上に厄介だ)

「逃がすか!」


 良は更なる魔法を唱え、エイヴァンを確実にしとめようとした。


(だが、まだ経験が浅い。潰すなら今!)


 エイヴァンは右手を振るった。それは丁度良が魔法を唱えた瞬間だった。

 良の正面、至近距離に魔力の壁が出来た。その存在を良は感知するが、魔法のキャンセルが間に合わない。

 魔法は魔力の壁にぶつかり、そして炸裂。良はその余波をモロに食らってしまった。


「ふう。さて、いよいよ貴様の番だ」


 幸樹へと目を向けるエイヴァン。幸樹の肩がビクリと跳ねた。

 次が自分。確実に迫る死に怯える幸樹は、全身から汗を噴出す。

 どうせ死ぬんだ、などという投げやりな考えは空の彼方に消え去った。

 現実に直面した今、幸樹の生存本能が大声を上げた。


(死にたくない!やっぱり死にたくないぃいっ!!)


 体裁もプライドも投げ捨て、ただひたすら生きることだけを考える幸樹。

 味方から蔑まれても、敵から笑われてもかまわない。

 自分が生き残るためなら何だってする。


「はぁ……はぁ……」


 息を荒げながら、幸樹は素早く腰を落とし地面に両膝をついた。

 彼が今からやろうとしているのは、現代日本に古来より伝わる最上級の謝罪。『土下座』である。

 幸樹はエイヴァンにへりくだり、自分を殺さないよう懇願するつもりでいた。


(茶番だな)


 幸樹の背後を見ながら、エイヴァンは鼻で笑った。

 地面に両膝を突いた幸樹を飛び越え、沙耶がエイヴァンに切りかかる。

 幸樹の体をブラインドとし、背後から飛び出してきた沙耶が奇襲をかける。

 エイヴァンからすれば、それは素人がない知恵を無理やり絞って考えたかのような作戦だった。

 もちろん、幸樹はそんな作戦を実行したつもりはない。


「うぐぁっ」


 エイヴァンの魔法攻撃を受けた沙耶が小さい悲鳴をあげた。


「うぉおおおおおおお!!」


 哲がエイヴァンの右側面から迫る。エイヴァンは既に把握済みだ。


「五月蝿い」

「ぐはぁ!!」


 哲の剣を交わしたエイヴァンは、哲の脇腹に蹴りを叩き込んだ。


(存外しぶとい。ここは一気に……ッ!!?)


 エイヴァンは咄嗟に左へ跳んだ。エイヴァンのいたところを鉛色の一閃が通り抜けた。


「敵将、覚悟!」


 現れたのは一人の勇者だった。

 まさか。エイヴァンは前線へ目を向ける。優勢だった前線の魔族軍はいつの間にか劣勢となっていた。

 まともな戦力はガルグドラゴン以外殆ど壊滅し、前線で戦っていた勇者及び騎士団がいよいよ魔族軍の中核へと食い込んできたのだ。


(あの男、まさかこれを狙っていたのか?こうなる事を見越して、わざと時間稼ぎを……?)


 エイヴァンは幸樹を見た。幸樹は笑みを浮かべている。エイヴァンの予想が確信へと変わった。


(くくくっ、そうだ!やっちまえ!テメェら、さっさとその糞キモ野郎を片付けろ!)


 もちろん、その予想も確信も全部的外れだ。幸樹はただ自分をびびらせたエイヴァンが攻められる様を見てあざ笑っているだけである。


(クッ、相手を舐めすぎたか。このままでは私もいずれ……ここは一時退却するべきか)


 魔族軍の敗北を悟ったエイヴァンは自らの身を守るため、勇者の危険性を知らせために退却することを選んだ。

 エイヴァンは右手を振り上げた。すぐそこに迫る人間の軍勢を振り払うため、彼は強力な魔法を行使する。

 しかし、その選択は誤りだった。


「仕返した!」

「ッ!!?」


 エイヴァンの眼前に魔力の壁が突如出現。魔力は壁にぶつかり大爆発を起こした。

 良だ。彼がエイヴァンの魔力壁を初見でコピーし、自分がやられたことをそっくりそのままやり返したのだ。

 爆発の余波を至近距離で受けたエイヴァン。彼の体はボロボロだった。

 これ以上は本当にマズい。本格的に逃亡の体勢に入ったエイヴァンは飛行魔法を発動させた。

 飛行魔法は魔力の消費が激しいため長時間使用できない。エイヴァンの切り札の一つである。


(このまま人間に背を向けるのも癪だ。一つ、置き土産を残してやろう)


 エイヴァンは自身の魔力を右手に集中させる。オリジナル魔法『エンディエル』を放つための準備だ。

 いち早く危険を察知した良は人間軍の全員に広域念話を使った。


『全員逃げて!その魔法は危険すぎる!今すぐそこから離れるんだ!!』


 良の念話を聞いた人間軍はすぐさま退却を始めた。


「ヒッ……ひぃいいい!!」


 両膝をついた体勢でぼけっとしてた幸樹も、慌ててその場を離れだした。

 死にたくない。絶対に死にたくない。幸樹はがたがた震える足を無理やり立たせ、誰よりも遠くへ逃げるべく足を動かした。


「ッ!!?」


 そんな幸樹の前に立ちはだかる敵がいた。ガルグドラゴンである。

 逃げることに精一杯だった幸樹は、進路のすぐ近くにいるガルグドラゴンに気付かなかった。

 ガルグドラゴンはギロリ、とにらみを利かせる。それは幸樹の足を止めるには十分な代物だった。

 ついに幸樹の恐怖が限界を超えた。膝の力が抜けた幸樹は地面に顔から突っ込んだ。


「ぁうあ……あっ……あぁあ……ひぃいい……」


 まともに動かない足をバタバタ動かす幸樹。しかし、逃げようとすればするほど足が絡まり倒れてしまう。

 そんな間抜けを見逃すほどガルグドラゴンは甘くない。

 ガルグドラゴンは尻尾を振り上げた。そして、それを横なぎに振るう。


「あ゛ぎゃっ」


 激しい衝撃が幸樹の体を襲った。良からステータス上昇補正の魔法を受けていなければ、幸樹は痛みを感じる暇なく昇天していただろう。

 幸樹は地面もろとも宙を舞った。幸樹がこれまで必死こいて逃げてきた道のりが、ゼロを飛び越えマイナスへ。落下地点は彼が最初にいた位置よりも更に奥だ。

 そして、その落下位置はエイヴァンが魔法を放とうとしている地点でもある。


「はあっ!!」


 エイヴァンの魔法が放たれた。サッカーボール大の球体が地面に突き刺さり、半円状に魔法の爆発が広がった。


「ふはは、さらばだ!」


 聞こえてくる人間の悲鳴に僅かに満足したのか、エイヴァンは笑みを浮かべた。

 もうこの場に用はない。更に高く飛翔しようとエイヴァンは空を見上げた。

 その時だった。


「ごほっ!!?」


 突如、エイヴァンの背中に衝撃が走った。

 腹の中から熱い液体が溢れ、エイヴァンの口からあふれ出す。血である。

 何故自分の口から血が出てくる?エイヴァンは自分の体へと目を向けた。

 エイヴァンの腹には一本の剣が突き刺さっていた。


(何故だ!?何が起こった!?一体いつこんなものが……!)


 エイヴァンが真っ先に思い出したのは、爆発とほぼ同時に背中を走った謎の衝撃だった。

 まさか。エイヴァンはゆっくりと首だけで背後へと振り返った。


「き、きさ……ま……!」


 エイヴァンの背後には幸樹がいた。

 右手はエイヴァンのローブをつかみ、左手で剣を握っている。

 剣はエイヴァンの背中に深々と突き刺さっていた。


「何……故……」

「…………」


 幸樹はエイヴァンの問いに答えない。いや、答えられない。

 彼は今、足元に広がる大爆発の中に落ちないよう必死にしがみついているのだから。

 だが、幸樹がどうやってここまで来たのか気になる読者もいるだろう。

 一度時間を巻き戻し、幸樹の当時の様子を見てみよう。


「~~~~~ッ!!」


 ガルグドラゴンの尾でなぎ払われた幸樹は宙を舞った。

 全身に走る痛みに悶えながら、きりもみ回転で地面へと向かう幸樹。幸いだったのが、ここで幸樹が剣を手放さなかったことだ。

 そこへ丁度エイヴァンの魔法が放たれた。エイヴァンの魔法が衝撃となって下から幸樹に襲い掛かる。落下中だった幸樹は再び空へ、先ほどよりもより高く飛んだ。

 そして、幸樹が飛んだ先にはエイヴァンがいた。幸樹の手には未だ剣が握られている。

 左手の失血と魔力の大量消費で注意力が散漫となっていたエイヴァン。彼は背後から飛んでくる異物に気付かない。

 きりもみ回転を続ける幸樹の体がエイヴァンに直撃した。

 同時に幸樹が握っていた剣がうまい具合にエイヴァンの背中へと突き刺さり、現在に至る。


「こんな……とこ……ろ……で……」


 魔族四天王の一人『エイヴァン』は、天田幸樹の手によって倒された。

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