決戦の時 中
まだ終わっちゃいねぇってんだよ!
「突撃はこの後すぐだな?」
「ああ。人間共は木っ端微塵さ。何も知らないで」
「まさか魔族が緊急避難用の地下通路を把握していたとは夢にも思うまい」
今地下通路を行くのは、人間軍を背後から襲う魔族軍の奇襲部隊である。
魔族軍は今日こそが人間の最後だと信じて疑わなかった。
この日に向け、魔族は綿密な計画を練った。
周囲の地形を秘密裏に、かつ入念に調査し、この緊急避難用の地下通路を見つけた。
勇者召喚の情報を耳にした際は一端進軍を止め、わざわざ英雄殺しの異名を持つ黒龍を『洗脳』してきた。
もはや抜かりはない。いくら勇者といえど英雄殺しの黒龍と背後からの奇襲を相手にすれば無事ではすまないだろう。
(……何で?なんでなんでナンデナンデ!?魔族ナンデ!?)
そんな奇襲部隊と鉢合わせする形となったのは、戦場から逃げ出した幸樹である。
あ……ありのまま 今 起こった事を話すぜ!戦場から逃げたと思っていたら、自分から戦場に突っ込んでいた。
某スタンド使いの状態と化した幸樹は、近づいてくる敵を前に後ずさりを始めていた。
「さぁお出ましだ。全員準備はいいかい?」
良の言葉に頷く哲と沙耶。二人の手にはしっかりと剣が握られている。
「最初は俺の魔法で一網打尽を狙ってみる。でも多分全員は仕留めきれない。だから、三人は俺が撃ち漏らした敵を倒して欲しい」
「まかせろ」
「うん」
「…………」
何勝手に仕切ってんだ!幸樹は心の中で叫んだ。
準備を整えた哲、良、沙耶が一番後ろで佇んでいた幸樹に対し一斉に視線を向ける。
三人から幸樹に期待のまなざしを向けられる。幸樹の肩に言葉にし難い何かがずしん、と重く圧し掛かった。
他人に対し面と向かって文句を言えない幸樹。彼の弱弱しいメンタルでは、この圧力に耐えることが出来ない。
震える手に剣を持った幸樹は、よろよろと哲、沙耶の隣に並んだ。
「フレイムランス!」
良の放った魔法が敵軍へと突っ込んだ。けたたましい爆音と共にいくつかの悲鳴が上がる。
哲と沙耶は素早く敵陣へと向かった。土煙で視界が遮られている今がチャンスだ。
良はすかさず『共有マップ』と呼ばれるバグ技を使い幸樹、哲、沙耶に残存する敵の数と位置を知らせる。
「おらッ!」
「ッ!!」
哲と沙耶は残った敵兵士に切りかかる。そんな光景を前に、幸樹はただ怯えることしかできない。
(キチガイだこいつら!そんな躊躇いなく殺しが出来るか!?畜生、何で俺がこんな……こんな事……!)
幸樹がそう思うのも無理はない。だが、二人も人間だ。生物を殺して平気なわけがない。これから数時間後、二人は夕食後にそろってリバースすることになる。
もたもたと走ること数十秒後、幸樹はようやく敵陣営へと到着した。
足元には魔族の死体がいくつも転がっている。幸樹はできるだけ死体に目を向けないように走った。
「くたばれ人間!」
「ッ!!!」
いよいよ戦いの時が来た。
幸樹の前に一人の魔族が現れた。右手に鉄製の斧を持ち、それを勢いよく振りかざしている。
対する幸樹。彼はそれに反応できていない。見えてはいるが、咄嗟の事態に体が動かない。
(……あ)
ぽかんと口を開けたまま、幸樹は視界の正面に迫り来る斧をじっと見ていた。
しかし次の瞬間、その斧は大きく右にそれた。そして、視界の左から見覚えのある顔が現れる。
沙耶だ。沙耶の剣が斧をはじいたのだ。そして、すれ違い様に一閃。魔族は血を噴出し倒れた。
土煙が晴れてきた。残っている敵は一人もいない。皆等しく地に伏している。
幸樹、哲、沙耶は剣を収めた。
おぼつかない足取りで集合する幸樹。初めて直面した『死』に、彼の体は怯えきってしまっている。
「うまくいったな。よし、このまま敵陣を背後から奇襲だ!」
(!!!?!?!?!?)
幸樹は驚愕する。
コイツは何を言っている?逃げるんじゃないのか?
予期せぬ事態に戸惑う幸樹だが、一週回って冷静になった彼の頭はここでようやく正常に稼動する。
(まさか……こいつら最初から戦うつもりで……?)
理解が遅かった。その考えがもう少し早く出ていれば、また違う選択肢も取れただろう。
どうして礼二が自分を見逃したのか。戦いに行く三人と同行するとはつまり、自身も戦いに参加する事と同義である。
つまり、礼二は見逃したのではなく見送ったのだ。単独で戦いにいく勇者達を。
ここにきて、幸樹はようやく事態を把握したのだ。
(ぁ……あぁあああ゛あ゛あ゛アァあ゛あ゛あ゛ああああ゛あ゛!!!)
心の中で絶叫する幸樹。
彼は自分が乗ったのは疎開列車ではなく、あの世へ旅立つ銀河鉄道であると完全に理解した。
「行こうか」
「おう!」
「うん」
「…………」
幸樹は完全に生きる事を諦めた。
もうダメだ、おしまいだ。そんなネガティブなことばかり考えているうちに幸樹は地下通路の外に出た。
「よし、いい感じに敵の裏側に出たな」
良の言うとおり、地下通路の出口は敵陣営のほぼ真後ろにあった。
地上では既に戦いが始まっていた。戦況は魔族軍が有利。英雄殺しの黒龍『ガルグドラゴン』の存在が戦況に大きく影響しているようだ。
「……はい出来た!これでしばらくの間はステータスが上昇するから」
良の魔法によって幸樹、哲、沙耶のステータスに上昇補正が掛かった。
次に作戦だ。今回の作戦も先ほどとたいして変わらない。
良が敵陣営に大規模魔法を放ち、哲と沙耶が残党を狩る。
先ほどの作戦と違う点があるとすれば、それは幸樹の役割だった。
「天田君にはアイツを任せたい」
良が指差すのは魔族軍を率いる魔族四天王の一人『エイヴァン』だった。
「……わかった」
幸樹、意外にも良の提案を承諾。
一目見ただけで分かる強者の風格。とても幸樹が一人で対処できる相手ではない。
良は幸樹を主人公と信じて疑わない。主人公である幸樹ならどんな強敵が相手でも絶対に勝てる。そう思ったから幸樹にエイヴァンの相手を任せた。
幸樹は幸樹で既に生を諦めているため、どんな奴が相手でも結果は同じだと投げやりになっている。
故に、普段なら絶対に成立するはずのない会話が成立してしまったのである。
「じゃあ皆、生きてもう一度会おう!」
幸樹、哲、沙耶の三人は茂みの中から一斉に飛び出した。三人は馬よりも、風よりも速く地を駆ける。
「食らえ!名づけて、フレアボム・レイン!」
良がオリジナル魔法『フレアボム・レイン』を発動すると同時に、魔族軍後方の空に巨大な魔法陣が展開された。
魔法陣からは光の雨が降り注ぐ。光の雨一粒一粒が爆発する性質を持っているため、浴びれば瞬く間に肉片となってしまう。
それは強靭な肉体を持つ魔族とて例外ではない。
「うぎゃっ!」
「ぎょえー!?」
「ばべらっ!」
フレアボム・レインが終了し、後衛には傷だらけの魔族のみが残された。
哲と沙耶は後衛の魔族を片っ端から切り伏せていく。幸樹はエイヴァンただ一人を目指して戦場を突っ切った。
だが、やはり戦場慣れしていないためか、全力疾走していた幸樹は転がっていた魔族の死体に躓き盛大に転んでしまった。
次の瞬間、土煙の向こうから一筋の光が飛び出してくる。光は丁度幸樹の 頭上を通り、背後の地面へとぶつかる。巨大な炸裂音と同時に、地面が爆ぜた。
「ほう、私の攻撃を避けるか」
突如響く謎の声。幸樹は慌てて立ち上がった。
「さすがは歴史に名を連ねる存在だ。念入りに準備しておいて本当によかった」
幸樹の目の前には一人の男がいた。
銀色の長髪。紫色の肌。側頭部から対称的に生える二本の角。
全身を漆黒のローブで包んだその男こそ、魔族四天王の一人『エイヴァン』である。
「さあ行くぞ。せいぜい私を楽しませろ!」
決戦の火蓋が切って落とされた。