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勘違いブースター 二号

四話目にしてすでにやる気がおきない。

「……ぁえ……?」


 哲の前から逃げるように立ち去った後、幸樹は自室で再びボーナスポイントの振り分けを行おうとしていた。


(ポイントが……ない)


 だが、肝心のポイントが見当たらない。ボーナスポイントの残高はゼロ。既に振り分け済みだというのだ。

 幸樹は自身のステータス画面を確認した。

 一番上には自分の名前。その右隣にレベル。一段下には合計経験値とボーナスポイントの残高。

 そして、その一段下から『体力』『筋力』『耐久』『敏捷』『器用』『知能』『精神』『魔法』『幸運』の順番にステータスが並んでいる。

 果たして、幸樹のボーナスポイントはどこへ行ってしまったのか。

 答えはすぐに見つかった。


「…………え」


 一番下にある『幸運』の項目。この数値が一桁増えている。

 幸樹はまじまじと『幸運』の項目を見つめた。左から一、二、一と数字が並んでいる。つまり、百二十一だ。

 百近くあったボーナスポイントと、元々のステータスが十と少し。計算があってしまう。


「ざっけんな……ざっけんなコラァ!」


 行き場のない怒りは枕へと向かう。幸樹はベッドの上にある枕を叩き、叩き、叩き、壁に投げつけた。

 何故幸樹のボーナスポイントが『幸運』へと全振りされてしまったのか。原因は言わずもがな哲との遭遇である。

 ステータス画面の表示は物理的なものではなく、頭の中にイメージとして表示するタイプである。それゆえに、急に意識を揺さぶられると誤操作を起こしてしまう。

 ステータス画面の操作中に哲から急に声を掛けたことで、幸樹は自分が意図せぬ操作を行ってしまったのだ。

 この事実を幸樹は一生知ることはない。

 その後、彼は一晩中「バグだ」「欠陥だ」とぶつぶつ小言を言い続け、一睡もすることなく朝を迎える。





 騎士団宿舎の傍にある食堂。勇者一行はいつもそこで食事を摂っている。

 もちろん勇者である幸樹も毎朝そこで朝食を摂る。今日もいつもと変わらぬメニューをトレイに乗せ、隅の机で細々と食べていた。

 あまりの怒りに寝付けなかった幸樹。彼の目元にはくっきりと隈が浮かんでいる。


「どうした天田、顔色が悪いぞ?」

「ぁ……先生。おはょ……ござ……す」


 幸樹の対面に座ったのは『青島礼二あおしまれいじ』という男だった。彼は二年一組の担任である。

 気軽に話しかけられる柔らな物腰と、整った容姿から女子生徒及び女性教員、一部男子生徒から絶大な人気を誇っていた。

 しかし、それは彼が世を忍ぶ仮の姿。彼の本来の姿は所謂『隠れオタク』だった。

 いい年して美少女がいちゃいちゃするアニメを見て心をぴょんぴょんさせたり、慰安旅行と称してアニメの舞台になった土地へ行ったり、ネットショップで気に入った商品をポチるなど、中々の筋金入りである。

 もちろんネット小説にも精通している。異世界召喚最強物や悪役令嬢下克上物、原作からの派生作品、俗に言う二次創作小説等も網羅していた。

 もうお分かりだろう。彼もまた、謁見の間で幸樹の発言を聞いていた異世界ヘッズの一人だ。


「あまり寝れなかったのか?」

「えぇ……まぁ……その……少し」


 幸樹の憤りは未だ収まらない。学校でよくしてくれた礼二の一言一言を煩わしく感じてしまうほど、彼の怒りは深いものだった。

 対する礼二はというと、未来の大勇者様の状態を冷静に分析していた。


(目の下の隈……夜中も隠れて特訓してたんだろうな)


 よくある展開だ。クラスメイトと馴れ合わない主人公が一人でこっそり魔法の特訓に勤しみ、その過程で魔法の特性に気付く。

 そして、その特性を生かして異世界の住人が考えもつかなかった特別な魔法を編み出し、最終的には万能となって他の追従を許さない最強となる。

 幸樹は今、そのスタートラインに立ったのだと、彼の異世界脳は瞬時に結論をはじき出す。


(まぁ教師としては、もっと周りと仲良くなってほしいとこなんだけどね)


 上がり気味だったテンションを沈めつつ、礼二は思案する。

 主人公についていきたいのはやまやまだが、教員という立場からそれは出来ない。

 二年一組の担任として生徒全員の面倒はしっかり見る。その責務をほっぽりだすのは礼二の教員としてのプライドが許さなかった。

 必然的に行き着くのは後方からの支援。情報や戦況などの伝達、権力者との交渉など目に見えないところでの活動だ。

 礼二はそれを自分の役目とし、幸樹を全力でバックアップすることを決めたのだった。


(それじゃ、手始めにちょっと便利な情報でも教えとこうか)


 幸樹と礼二の会話は訓練の話題へと移った。

 礼二は幸樹と会話を続けながら、タイミングを見計らう。そして、その時がきた。

 礼二は以前に聞いた騎士団長『アレックス』の身の上話を口にした。


「すごいよな、騎士団長のアレックスさん。宿舎の裏手に森があるだろ?あそこに自分の訓練場も作ったんだって。普段の訓練だけじゃ強くなれないからってさ。あの人相当な努力家だよ」

「…………」


 幸樹の反応はない。だが、それでいい。礼二は内心笑みを浮かべていた。

 礼二は今、幸樹に周りの目を気にせず特訓できる場所を教えた。誰にも見つからない場所で秘密特訓。異世界召喚物におけるお約束の一つである。

 表には出さないが、きっと今、幸樹は「いい情報を聞いた」と心の中で笑みを浮かべていることだろう。これで人目をはばからず魔法の練習が出来ると。

 幸樹の内心を勝手に想像し、礼二は一人満足するのだった。

 だが、そんな礼二の思惑とは裏腹に、幸樹はまったく別の事を思っていた。


(はぁ?普通に訓練場あるじゃん。わざわざ自分で別なのを作るとか意味わかんね。何?努力してる俺カッケーとか思ってたわけ?)


 幸樹は特に何もすることなくいつも通りの一日を終えるのだった。

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