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勘違いブースター 一号

今日は三千文字。

ステータスに凝ると後が続かないと思うので簡潔にした。

「はぁ……」


 燦々と照りつける太陽の下、幸樹はため息をつきながら額の汗を拭った。

 現在、二年一組一同は王国騎士団の訓練場で戦闘訓練の真っ最中だ。

 平和な現代日本で戦争を知らずに育った彼らには戦いの心得がまったく存在していない。

 そんな勇者一行をそのまま戦場に送り出すなど、高級食材を調理せずゴミ箱へ捨てるようなものだ。

 食材の味を引き出すには手間隙と腕のいい料理人の存在が必要不可欠。

 そこで、王国騎士団の新人訓練担当である『アルト』が二年一組の指南役としてつくことになった。


(糞がッ!何で俺がこんなこと……)


 心の中で一人ごちる幸樹。現代日本の快適な生活に慣れていた彼にとって、今の生活は苦痛以外の何者でもなかった。

 そこへ更に戦闘訓練が加わるとなれば、いよいよ彼の精神状態も不安定になってくる。

 幸樹は小さい頃から体を動かすことは好きではなかった。

 夏休み、朝早くから外でカブトムシ取りに精を出す同級生を他所に、彼は クーラーの聞いた家の中で『おれの夏休み』というゲームでカブトムシを捕まえていた。

 わざわざ自分の体を痛めつけるスポーツ選手の感性など理解できないししたくもなかった。

 苦労せず、痛みも覚えず、代償も払わず、自分が得られる最大限の恩恵に与りたい。

 堕落快楽主義の幸樹にとって、今の生活環境はまさに地獄と呼べるものだった。


「大丈夫かアマダ?気分が悪いなら少し休むといい」

「あ、ぅあ……ふ、あぉ、い……いえ、大丈夫……です」


 かといって、その現状に文句を言えるほど図太い神経を持ってはいないし、自分の心の内を正確に伝えららるだけのコミュニケーション能力も持ち合わせていない。

 結局、今の幸樹に出来ることは心の中で文句をぶちまけながら周りに流されることだけだった。


「よし!今日の訓練はここまでとする!一同、解散!」


 夕刻、訓練を終えた二年一組一同は各々帰路に着いていた。

 そんな中、幸樹は訓練場の隅にある休憩用のベンチに腰掛け顔をしかめていた。

 恨み言で頭が一杯なのか?いや、違う。彼は今、重大な選択をしている最中なのだ。


(ボーナスポイント……どれに使うべきか)


 そう。彼は現在、自分の能力強化を行っているのだ。

 この世界には『ステータス』と呼ばれるものがあり、自分の身体能力を数値化したものを表示することが出来る。

 項目は『体力』『筋力』『耐久』『敏捷』『器用』『知能』『精神』『魔法』『幸運』の九つと、自らの経験の積み重ねを数値化した『レベル』、あわせて十項目がある。

 訓練等で経験を一定量積み重ねるとレベルが一つ上昇する。レベルが上昇すれば経験の内容に応じて九項目の何れかの数値が上昇する。

 簡潔に言えば、レベルが上がれば上がるほど身体能力が高くなるという仕様だ。

 その最中で時たま自由に振り分けが出来るポイント『ボーナスポイント』と言うものを獲得できる。

 ボーナスポイントは自分の意思で好きなステータスに加算する事ができる便利なポイントだ。

 自分の長所を更に伸ばすために使うも良し、自分の欠点を補うために使うも良し。使い方はその人次第である。

 さて、ここで幸樹のステータスを確認してみよう。

 彼のステータスはどれも十前後。これはこの世界の成人男性と同等のステータスである。

 高くもなければ低くもない。特に尖った部分がない平凡なステータス。今の彼では、とてもじゃないが異世界召喚物の主人公としてはやっていけない。

 だが、まだ希望は残っている。幸樹が現在所有するボーナスポイントは百七。勇者召喚の恩恵で、幸樹及び他のクラスメイト達も大量のボーナスポイントを獲得していた。

 これの振り分け次第で、彼の今後が大きく左右される。

 バランスの取れたステータスにするか、攻撃に特化したステータスにするか、魔法に特化したステータスにするか、素早さに特化したステータスにするか。

 他人事なら特に考えることなくその場の思いつきだけで適当に決めただろう。

 しかし、天田幸樹はどこまでも我が身がかわいい利己的な男である。他人事なら即決のくせに、私事となったらとことん迷う。

 想定の後に湧き出る疑念。疑念を解消した新たな想定の後に更に湧き出る疑念。疑念が疑念を呼び、どこまで行っても堂々巡り。

 幸樹は自らの身の安全が完全に保障できない決断を決してしようとはしなかった。

 そんな彼の優柔不断にいよいよ堪忍袋の緒が切れたのか、はたまた運命のいたずらか、世界は強制的に彼の歩を進ませた。


「何ぼーっとしてんだよ天田!」

「ッッ!?」


 いきなり肩を強く叩かれた幸樹は一気に現実へと戻された。

 突然の出来事に思わず跳ね上がってしまった幸樹だったが、何とか声を上げることだけは我慢することに成功した。

 幸樹は自分の肩を強く持つ少年に目を向けた。


「え……江崎……君?」

「おう」


 彼の名前は『江崎哲えさきてつ』。謁見の間にて、幸樹の一言を聞いた異世界ヘッズの一人である。

 哲がここにやってきた目的はただ一つ。未来の大勇者である幸樹に取り入るためだった。

 幸樹のぱっとしない地味な容姿と謁見の間で聞いた一言。長年読みふけってきた異世界召喚物の小説で得た知識から、哲は幸樹がこの作品、もとい世界の主人公であると予想したのだ。

 まあ、その予想はまったくの見当違いであるのだが、彼がソレを知る由もない。


「汚ぇ手で俺に触るんじゃねえ!クソガキ!」


 幸樹は哲に対し罵声を浴びせた。もちろん心の中で。

 幸樹は自分が何かをしている時に横槍を入れられるのを心底嫌う。ポイントの振り分けを邪魔された幸樹はすっかり機嫌を悪くしてしまった。

 ただ、それを表に出すことはない。ここでわめき散らせば、哲を経由して周囲に自分の醜態が知れ渡る可能性がある。

 周囲の目を必要以上に気にする幸樹のチキンハートが、彼の平常心を保たせていた。

 幸樹はとことん自分が大好きな男なのだ。


「な、なひっ……何か……あの、用が……あったりして……?」

「いやぁ、一人でぼーっとしてたからさ。何かあったのかなと思って」


 余計な気遣いだ!顔をしかめながら(本人は笑顔と思っている)心の中で憤慨する幸樹。

 気分は最悪。自分の予定を引っ掻き回された幸樹は今すぐその場を去りたかった。このまま哲の顔を見続けていたら気が狂ってしまいそうだったからだ。


「……なら……もう行くから」


 幸樹は早足でその場を後にした。

 もしかしたら自分の部屋までしつこく付きまとってくるのでは、と幸樹は不安に思っていたが、哲は幸樹のいたベンチで佇んでいる。

 安堵のため息を漏らした幸樹は一目散に勇者の宿舎へと逃げ込んでいった。

 幸樹の後姿を眺める哲はつぶやいた。


「あの態度……やっぱどう見ても主人公だよなあいつ」


 哲は幸樹の態度を見て予想を確信へと変えた。

 地味な見た目を持ち、なおかつ他人への興味が薄い。異世界召喚物の小説に登場する主人公像と特徴が合致している。

 そして、その主人公の殆どが反則染みた力に目覚め、後に世界最強として君臨することになった。

 哲は憧れていたのだ。主人公が織り成す勧善懲悪と奇跡とハーレムの物語に。

 自分が主人公じゃなくてもいい。ただ、主人公一行と旅をして自分も物語に登場するキャストとして参加したい。

 現代日本では決して叶うことのなかった哲の儚い夢。それが今、現実の物になろうとしている。


「となると、俺は天田の相棒……いや、頼れる兄貴分にするか?あー、どうすっかなぁ」


 哲は一人、これから始まる大冒険に思いを馳せた。

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