エルフの国の戦い・表3
主人公サイドとその他サイドを分けて書くのは本当に失敗だった。
これじゃあエタる病を治すどころか悪化させてしまう。
哲の持つ剣が魔族の兵士を切り裂いた。
現在哲が装備している武器は、アータム砦で戦った敵から回収した装備だ。
戦闘後に国王から正式に譲渡された炎の魔法剣『ファイラル』。
その切れ味は並みの魔物なら一振りで切り裂くことが出来る。
「死ねオラァ!」
「ぎゃひひぃー!」
「ぶった斬りぃ!」
魔族の兵士が一気に押し寄せる。哲は剣に魔力を込め炎を生み出した。
剣を横薙ぎに振るう。炎は一筋の刃となって宙を駆けた。
魔族の兵士は炎の刃に切り裂かれた。辛うじて避けた者も、切り口から発火した炎によって全身を焼かれた。
哲と魔族軍の戦闘が始まって数分が経過した。
哲は善戦していた。たった一人で魔族軍に挑み、その進行を確実に遅らせている。
もはや魔族軍の兵士では、哲の相手にならないだろう。
だが、いくら実力が上でも格下相手に負けることはある。数の暴力だ。
一人では勝てなくとも数十、数百人で一斉に挑めば形勢は逆転する。
攻勢は最初の数分だけだった。時が経つにつれ、魔族軍の侵攻は徐々に勢いを取り戻す。
「フハハハ!無様、無様よのぉ!その行動はまったくの無意味だというのに!」
抗う哲の様子を遠くから眺めるアキナ。その表情は愉悦に染まっていた。
「お母様!私達も今すぐ戦いに参加すべきです!あの方一人で魔族を相手にするなど不可能です!」
サリアはアキナの前に立ち進言するが、アキナはその言葉に耳を貸さない。
「サリアよ。そろそろ目を覚ませ。あの男はここに戻っては来ぬ」
「今はそのような事を話しているのではありません!はやく命令を……」
サリアの言葉を遮るように、アキナは魔法を行使した。
両手足を魔力の縄によって縛られたアキナは、バランスを崩し地面に倒れた。
「ここでよく見ておくがいい。お前が好いた種族がどれ程愚かで脆弱な存在か。その目にしっかりと焼き付けるのだ」
「お母様!?一体何をなさるのですか!?」
全てはアキナのシナリオ通りだった。
哲の無様な姿を見せつける事で『人間』という種族の脆弱さを理解させた後、、幸樹の逃亡の事実を伝えることで『人間』という種族の信用を地の底まで落とす。
人間という種族に落胆したサリアは、金輪際人間には関わらなくなるだろう。
すべては愛する娘のためを思っての事。理想しか見えていない娘に現実を教えるいい機会。
タチの悪いことに、アキナはこのやり方でサリアが改心してくれると本気で信じてた。
「…………」
そんな二人の後方、少し離れた位置で一人佇む沙耶。
眼前で哲と魔族が戦争を繰り広げている中、沙耶は相変わらず自分の内側に意識を集中させていた。
沙耶の中では相変わらず幸樹の結婚騒動が話題を呼んでいる。
幸樹の婚約者を名乗るサリアは、同じ性別の沙耶から見ても綺麗だった。
容姿、体系、家柄。どれをとっても勝ち目はない。現に幸樹は婚約の条件であるアキナの試練を受けたのだ。
つまり、幸樹はサリアを取った。その事実が、沙耶に重くのしかかる。
沙耶はサリアのように強かではなかった。勇者といえど、彼女は年端もいかないいたいけな少女なのだ。
【…………】
落ち込む沙耶を気にかけていたのは、意外にもユニコーンだった。
ユニコーンは言葉を話すことができない上に、他種族の言葉を理解することができない。
だが変わりに、相手の心を読み、自分の心を相手に読ませる力を持っている。
故に、ユニコーンは知ってしまったのだ。分厚い壁を作って隠していた沙耶の傷ついた心を、沙耶が抱くとても大きな想いを知ってしまった。
清い恋心が徐々に薄暗くなっていく様を、ユニコーンは見ていられなかった。
【私の声が聞こえますか?】
「…………」
僅かに反応を示した沙耶はゆっくりとユニコーンに視線を向けた。
【勝手ながら、あなたの抱く想いを見せていただきました。その想いは本当に捨ててもいいものなのですか?】
「…………」
儚げな表情を浮かべる沙耶は、黙ったままユニコーンを見つめた。
言葉はなくても心はしっかりと通じている。沙耶が示した答えは「仕方ない」だった。
なんと健気な少女なのか。ユニコーンは沙耶の出した答えに感銘を受けた。
傲慢なエルフばかりを相手にしてきたユニコーンにとって、古き日本人の奥ゆかしさを秘めた大和撫子的自己犠牲思想はとてもまぶしく見えたのだ。
どうにかこの少女の心の痛みを癒してあげたい。
ユニコーンはよかれと思って、とある話を沙耶に聞かせた。
【よく聞きなさい、人間の少女よ。この森には、私と共に生み出された大自然の結晶がありました。その結晶には一度だけ奇跡を起こす力を秘めていました】
「!」
ここで沙耶がはっきりと反応を示した。
一度だけ奇跡を起こす力。つまり、普通ならあり得ない出来事を一度だけ任意のタイミングで引き起こせるということ。
もしそれが本当なら、幸樹とサリアの婚姻も取り消すことが出来るのでは?
沙耶の目に小さな光が宿った。
【ですが、数百年前の魔族との戦いでその結晶は魔族の手に渡ってしまいました】
魔族。沙耶はゆっくりと視線を動かした。
沙耶の視界にはエルフ軍と戦いを繰り広げる魔族軍が映っていた。
【その結晶はまだこの世界に現存しています。名前は『マノリの宝珠』。魔族と対立を続けるのであれば、いずれ手にする機会が訪れるはずです】
どうか自分の言葉が、目の前の健気な少女の助けとなりますように。
身を翻したユニコーンは森の奥へと姿を消した。
「…………」
ユニコーンの言葉が沙耶の中で何度も反復される。
一度だけ奇跡を起こす宝珠。それは今、魔族が保有している。
沙耶は戦場を見ていた。多くの魔族が、怒号を上げながら戦場を駆けている。
沙耶の行動は早かった。頭の中にステータスを思い浮かべ、貯め込んでいたボーナスポイントを振り分けた。
次の瞬間、沙耶はその場から姿を消し、数百メートル先にあった戦場へと飛び込んでいた。
沙耶は近くにいた魔族の武器を払落し、首を締め上げた。
「珠……持ってるんでしょ?……玉はどこにあるの?……ねえ、タマはどこ?」
「ガッ、あ、玉……だと?」
思考ばかりが先走っているせいか、沙耶の言葉はたどたどしい。
そんな沙耶の言葉を聞いた魔族の男は、真っ先に自分の玉を思い浮かべた。
男のシンボルであり、股の間にぶらぶらとぶら下がっている二つの玉だ。
「私……欲しいの……タマ。ねえ……どこにあるの?」
沙耶は「マノリの宝珠が欲しい。魔族領のどこにあるのか教えてくれ」と伝えたつもりだった。
だが、やはり思考が空回りしているせいか言葉がおぼつかない。
沙耶の言葉を聞いた魔族の男は震え上がった。
(こ、この女、なんで俺のタマ(♂)狙ってやがんだ!?)
魔族の男は思わず股を閉じた。
それは男にとって命にも等しい物だ。そう易々と渡していいものではないし、自ら差し出すような奴もいない。
「へ、へへっ。やるわきゃねえだろクソが。誰がテメェなんぞにあ゛」
沙耶は無言で魔族の男を切り裂いた。
傷は致命傷だった。腹から股までをバッサリと斬られた魔族の男はまもなく絶命した。
魔族の兵士達は沙耶を取り囲んでいた。
哲と戦った魔族の兵士達は臆さず襲い掛かってきたが、この場にいる魔族の兵士達は違った。
誰もがその場で足踏みをし、沙耶へ襲い掛かろうとしない。
この場にいる誰もが感じ取っていたのだ。沙耶の醸し出す異様な雰囲気を。
そして、直感的に理解した。今の沙耶に近づくのは危険であると。
「ねえ……誰でもいい。タマ……私にタマを……」
年頃の女の子らしい、少し抑え目の声が沙耶から発される。
しかし、その小さな声ははっきりと、この場にいる全員の魔族に行き届いた。
ごくり。魔族の誰かが生唾を飲んだ。
沙耶の横には股をバッサリと切り裂かれた魔族が横たわっている。
未だ思考が空回りしているため、沙耶の言葉はカタコトだ。
だが、そのカタコトの言葉が魔族達には世にも恐ろしい言葉に聞こえた。
(この女……何でタマ(♂)を狙ってやがんだ!?)
沙耶の参戦により魔族軍の侵攻は一気に減速した。
今の今まで沙耶の存在を忘れていた(正確には意識しないようにした)哲は思わぬ援軍に口を吊り上げた。
哲が思い浮かべたのはアキナの悔しさに満ちた表情。そして、そんなアキナの前に佇む一人の少年。
(早く来いよ主人公。お前の力を見せつけてやれ!)
エルフ国の戦いはいよいよ佳境に入ろうとしていた。