エルフの国の戦い・表1
話を別々に書くと切りのいいところが分からなくなる。
アータム砦奪還作戦は見事成功に終わった。
人間領へと進軍していた魔族軍前線部隊は壊滅。魔族との戦争が始まって以来、人間は初の勝利を収めた。
先の戦いにおいて最も活躍したのが、魔族軍前線部隊指揮官である『エイヴァン』を倒した勇者『天田幸樹』である。
少数単独で部隊を率い、敵の本拠地へと奇襲をかけるという危険な作戦を見事成功させただけでなく、突然現れた英雄殺しの龍『ガルグドラゴン』をも倒してしまった。
加えて、彼はアータム砦に囚われていたある重要人物の救出にも成功している。
人間軍ですら把握できていなかった『捕らわれの女性』を助け出した功績には誰もが賞賛を送った。
名実共に勇者となりつつある天田幸樹。彼が人々から英雄と呼ばれる日は、そう遠くは無いだろう。
そして月日は流れた。アータム砦奪還作戦より数十日が経過したある日、事件が起こった。
「な、なんと……」
人間国の王は驚愕のあまり言葉を失った。
彼の手には一通の手紙がある。差出人は『アキナ』という女性であった。
王が驚愕した理由、それは差出人がエルフの国の女王であるということだ。
エルフは排他的な種族で、基本は自国領に篭り外国との関わりを殆ど持たない。
そんなエルフ国から、しかも女王直々の手紙が届いたのだ。警戒しないわけが無い。
王はゆっくり、慎重に封を切った。
「…………っおっ」
王は驚きのあまり息を詰まらせた。
手紙の内容はあまりにも現実離れしていた。世紀末の予言だとか、呪いのビデオだとか、そういうタチの悪い噂に見えてしまうほどのおかしな話だ。
王は手紙の真実を確認すべく動いた。そして、手紙の内容が真実であることを知る。
その後、緊急会議により様々な議論が成され、その結果、とある勇者一行がエルフ国へと向かうこととなった。
「……お前達が勇者とやらか。ふん、ただの子供ではないか」
エルフ国の城、謁見の間にて。
木製の玉座に座る一人の女性が顔をしかめながら言葉を吐き捨てた。
地面に届きそうなほど長いブロンド髪。顔の側面からはエルフ最大の特徴である尖った耳が見える。
自然を象徴する緑を基調としたドレスを纏い、頭に草木を加工した王冠をつけている彼女こそ、エルフ国の女王『アキナ』である。
アキナの視線の先には三人の人間がいた。三人は片膝をつき、アキナに頭を垂れている。
「して、誰が『アマダコウキ』なのだ?」
「彼ですわ」
アキナの隣に佇んでいた女性が一人の少年を指差す。
両目に届きそうなほどの長い前髪を持つ少年。その少年こそ、今回の対談の主役であった。
「お久しぶりです。こうしてお会いするのは二度目ですね」
「…………」
アマダコウキ改め、天田幸樹がエルフ国まで呼ばれた理由。それは、アキナの隣で優しい笑みを浮かべる女性が関係していた。
先に女性の正体について話しておこう。彼女の正体はアキナの娘、エルフ国王女『サリア』だ。
サリアはエルフらしからぬ考えの持ち主だった。外界に強い関心を示していたのだ。
それを理由に母のアキナとは何度も対立した。外との関わりを嫌う母と、外との関わりを持ちたい娘。二人の言い分はどこまでも平行線だった。
先に折れたのはアキナだった。『変装の魔法』で自らの正体を隠すことと、護衛をつけることを理由に人間国への短期滞在を許可した。
しかし、それが間違いだった。この時、サリアは運悪く人間領へ侵攻する魔族軍と鉢合わせしてしまったのだ。
魔族軍が前線拠点とするアータム砦に捉えられたサリア。日々代わる代わるやってくる魔族に怯えながら、地の底で息絶える。サリアは自らの惨たらしい死を想像した。
ああ、私は死ぬんだ。そう思い始めた頃だった。彼女の前に、一人の男が現れた。
「…………」
「……あ、あの……あなたは人間じゃありませんか?」
それが、サリアと幸樹の出会い。そう、彼女はアータム砦で幸樹が助けた捕らわれの女性だったのだ。
そして、二人は再び合間見えた。エルフ国に伝わる『仕来り(しきたり)』によって再会を果たしたのである。
「……クッ、何故我が娘が……あのような下賎な者と……」
アキナは幸樹に軽蔑の眼差しを向けていた。
元々外部の者を嫌っていたのもあるが、それ以上に幸樹の存在が許せなかった。
なぜならば、幸樹はサリアと婚姻の儀を行わなければならないからだ。
エルフ国に伝わる『仕来り(しきたり)』の一つにこういうものがある。
【両腕に抱かれし体が地より離れし時、それ即ち生涯の伴侶を見定めし時】
エルフは触れあいを好まない種族である。たとえ同族であっても、身内以外の者に肌を触らせることは殆ど無い。
そんなエルフが唯一、他人と体を密着させるのが生涯の伴侶を決めるとき。つまり、新たな身内を作るときである。
両腕で相手の体を抱き上げ、相手の足を地面から離す。「あなたを一生離さない」、「私があなたを養います」といった意味を含んだエルフ族バージョンのプロポーズである。
さて、ここでもう一度幸樹とサリアの出会いを思い出してみよう。
地下牢で出会った幸樹とサリア。二人は地下牢から地上へと出た。その後敵に見つかり二人は逃げた。幸樹がサリアを担ぎ上げ、砦内を走り回った。
幸樹がサリアを担ぎ上げ、砦内を走り回ったのだ。
「たまたまとはいえど、仕来りは仕来りです。私はこの方と生涯を共にします」
ちなみに、幸樹の後にサリアを担いで運んだ良は存在をなかったことにされている。
エルフ国において複数の異性に抱き上げられるというのは、人間の世界で言うところの『浮気』にあたる。そういった事があった場合、情状酌量の余地無しで極刑となる。
そういったことも踏まえ、後の事態を色々と察したサリアが意図して良のことを言わなかったのだ。
では何故、幸樹の事は正直に話したのか。良と同じように黙っておくことも出来ただろう。
理由は簡単。サリアは幸樹に惚れたのだ。逃亡の最中、幸樹と共に様々な恐怖体験をしたサリアは自らの胸の高鳴りを恋心と勘違いしたのである。所謂『吊り橋効果』というやつだ。
意中の相手と結ばれるべく情報を操作する。サリアは中々強かな女性だった。
「…………」
サリアの発言に、アキナはますます機嫌を悪くした。
母親の立場からすればたまったものではない。どこの馬の骨とも分からない下賎な俗物が、手塩をかけて育ててきた愛娘をいきなり掻っ攫っていったことになる。
幸樹は愛しい娘の命の恩人。そのことには感謝しよう。だが、それとこれとは話が別だ。
由緒正しいエルフの娘には、同じく由緒正しいエルフの婿を。それはアキナにとって絶対に譲れない一線だった。
アキナは何とか合法的に幸樹の存在を抹消すべく思考を巡らせていた。
「……!」
ひらめいた。
口を吊り上げたアキナは、さも当然といわんばかりに語り始めた。
「まあ、仕来りは仕来りだ。それを覆すつもりは無い。だがしかし、このまま無条件でお前達の婚姻を認めるわけにはいかない」
「お母様、彼に何をさせるおつもりですか!?」
「当然だろう。人間とエルフが契りを結ぶのだぞ?世間では未だ混血が忌み嫌われる習慣が残っているという。お前達は自ら苦難の道を選ぼうとしているという事を承知しているのか?」
「それは、そうですが……」
「なぁに、心配するな。そこの男が我が娘を守れるだけの力が本当にあるのかどうか試させてもらうだけだ」
アキナが引き合いに出したのはエルフ国に伝わる御伽噺の一つ。
エルフの男と女が恋に落ち、子を生した。しかし、生まれた子は数年後に不治の病にかかってしまう。
エルフの男は子供の命を救うべく行動を開始した。
どんな病をも治すといわれるエルフ国に伝わる秘宝『マノリの宝珠』を手に入れるため、エルフの男は単身で『大樹の迷い道』へと乗り込んだ。
幾多の苦難を乗り越えたエルフの男は、ついに宝珠を手に入れた。
宝珠の力で子供の病を治し、夫婦に幸せな日々が戻ってきた。
「まあ、この話が真実かどうかは置いておいてだ。我が娘を嫁とする以上、生半可な覚悟でいてもらっては困る。この城の地下にある『大樹の迷い道』にて、お前の覚悟を見せてほしい」
アキナは婚姻を許す条件として、『大樹の迷い道』の最下層にある『大地の結晶』を持ち帰るよう幸樹に命じた。
もちろん、そんなものは建前だ。『大地の結晶』なんて本当にあるのかすら分からない。
だが、『大樹の迷い道』の危険度をアキナはよく知っている。
エルフの熟練の戦士達でも未だ最下層まで突破できない死亡率八十パーセント超えの迷宮だ。
いくら勇者といえどたかが人間。物の数分であの世行きは確実だろう。内心ほくそ笑むアキナは幸樹の返答を待った。
「いいぜ。その話、乗ってやるよ」
幸樹は不敵な笑みを浮かべ、アキナに挑発的な視線をぶつけた。
(ふっ。その余裕面、いつまでたもっていられるか楽しみだ)
謁見後、幸樹はすぐさま『大樹の迷い道』へと向かった。
残された二人は客室へと通された。幸樹が戻るまでしばらく滞在する予定である。
「…………」
「…………」
残された二人、哲と沙耶の間に会話は一切ない。道中の空気は完全に死んでいた。
哲もそれなりのコミュニケーション能力を持っている。あまり親しくない相手に話しかけることは、彼にとって苦になるものではなかった。
そんな哲が会話を躊躇っている理由。それは、相方の沙耶が放つ雰囲気だった。
(怖ぇえ~……)
沙耶は俯きながら何かをつぶやいていた。
瞬きはほとんどしていない。黒い瞳は光を失い、足取りも若干おぼつかない。
数分前の事、沙耶の体調を心配した哲は、さりげなく声を掛けようとした。
その時、哲は沙耶の呟きを耳にしてしまった。
「嘘だ……結婚なんて……ありえない……あんな気持ち悪い女よりも私の方がずっと幸樹君にふさわしいのに。幸樹君の匂いだって、味だって、私の方がずっと詳しいのに……」
哲は喉元まで上がっていた言葉を飲み込んだ。
とりあえず聞かなかったことにし、一度視線を前方へ。
数歩先を行くエルフに僅かな希望を抱いてみるが、案の定反応は無い。
そんな状況が今の今まで続いている。
(江角……早く戻ってきてくれ……)
哲は世界のどこかで修行に明け暮れているであろう良の姿を夢想する。
幸樹の率いる面子の中でムードメーカーのポジションにいる良は、魔法の修行をすると言って出かけたきり姿を現さないでいた。
ぶちっ。哲は隣で何かが切れる音を聞いた。そっと視線を右へと向ける哲。
彼の視界には自分の左腕を右手できつく握り締める沙耶の姿が映った。
左腕の服の裾を強く握りすぎたせいか、ひじの部分が大きく裂け、未だにぶちぶちと小さな断裂音を奏でている。
異世界最強物の小説でも沙耶のような気質のヒロインは登場した。哲はそんなヒロインを「うはwww主人公愛されてるwww」と他人事のように見ていた。
哲は認識を改める。その考えは甘かったと。
沙耶の恋路を面白半分でつつくのは絶対にやめよう。実物を目の当たりにした哲は固く誓うのだった。