表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/17

砦攻略作戦4

次回から幸樹視点とその他視点を別々で書いてみようと思う。


砦攻略作戦3を追記しました。

 なんとか一階出口を見つけた幸樹だったが、そんな彼をあざ笑うかのように敵の包囲網が進路を塞いだ。

 前後からの挟撃を受けた幸樹は泣く泣く二階へと向かう。

 二階には沙耶と良がいたが、二人がいたのは幸樹が昇った階段がある地点とは正反対の位置。

 しかも間の悪いことに、階段付近には丁度敵が屯していた。

 出会いがしらの衝突を回避すべく、幸樹は三階へと昇る。

 大勢の敵を引き連れた幸樹は三階を走り抜けた。行く当てなど無い。我武者羅に走り続けていれば何とかなると、幸樹は本気で信じていたからだ。

 無我夢中で走り続けている幸樹は、自分の選んだ道が一本道であることに気付いていない。

 しかも、その先にあるのは行き止まりだ。アータム砦が魔族に襲撃された際、エイヴァンの魔法によって作られた大穴があるのみ。そこから先の道は無い。


(クソッ!クソッ!何でこうなるんだよ!)


 ここでようやく良のバグ魔法『共有マップ』を確認する幸樹だったが、時既に遅し。自分の絶望を深めるだけの結果となった。

 もう逃げ道が無いと悟った幸樹は目じりに薄っすらと涙を浮かべた。

 眼前の横壁から差す太陽の光。マップを見ればそれがバルコニーであることはすぐに分かった。

 ああ、もういっその事飛び降りてしまおうか。半ばそんな事を考えていた幸樹だったが、そんな度胸を彼は持ち合わせていない。例外を除き、彼は自分が一番大事なのだから。


(……あ)


 だが、ここで幸樹に僅かな希望が生まれる。『共有マップ』に青い点、つまり味方の反応があったからだ。味方の反応は幸樹の直ぐ横。壁の向こうにある。

 早く、早く助けてくれ!味方の正体を確認すべく、幸樹は視線を横に向けた。


「ッ!」


 幸樹の視界に、空を飛ぶ良の姿が映った。

 絶望の底まで届いた一筋の光が幸樹を照らす。どうして良が空を飛んでいるのかは一切気にならなかった。今の幸樹にとって、それは些細な事でしかない。

 とにかく幸樹は自分が助かりたい一心で良を見つめた。


(早く助けろ!今すぐ俺を助けろ!!)


 良と目が合った一瞬、幸樹は自分の思いを視線に込めた。

 バルコニーを通り過ぎ、良の姿は壁の向こうに消えた。幸樹は良を呼び止めるためにバルコニーまで戻ろうとしたが、背後には敵の軍勢が迫っている。

 立ち止まりかけた足を再び動かし、目の前に見える大穴に向かって走った。

 もしかして敵を背後から奇襲してくれるのか?消えかけの希望にすがりつく幸樹だったが、背後の敵に変化は無い。未だ罵声を飛ばしながら幸樹を追いかけてくる。


(糞が!俺の姿を見ただろうが!仲間のピンチだろうが!何で助けねえんだよ!無能!無能!!)


 死んだら絶対に呪ってやる。幸樹がそう決心したその時だった。

 大穴の先に、空を飛ぶ良の姿が現れたのだ。


(思わせぶりな事しやがって!回りくどいことしてんじゃねえよ!)


 心の中で良を罵倒しながら、幸樹は口を吊り上げた。

 自分は見捨てられていない。そう確信した幸樹は両足に更に力を込めた。


「うおおおおおお!」


 これで助かった。幸樹は良へ向かって大きく跳躍した。

 良は女性を受け止めた。さあ、次は自分だ。幸樹は右手を良に向かって伸ばす。

 幸樹の右手は空を切った。


「あとは任せろ!思いっきり暴れてやれ!」


 良は女性だけを抱えて飛び去っていった。

 幸樹は呆然とその後姿を眺め、受身を取らないまま地面にたたきつけられた。


「ッぅあがっ!?」


 幸樹の全身に鋭い痛みが走る。身悶えること数秒、幸樹の左耳の裏が薄っすらと光った。

 昨晩、幸樹の部屋に忍び込んだ沙耶によって刻まれた呪文が発動したのだ。

 沙耶が刻んだのは『自動回復魔法オートヒール』だった。これにより、幸樹の受けたダメージは回復した。

 ゆっくりと立ち上がった幸樹は辺り一帯を見渡した。

 良の姿はどこにも無い。


「……糞……糞クソクソッ!ふざけんなあの糞野郎!女の前で格好つけたいからって俺を見殺しにしやがって!ぜってぇ許さねぇ!!」


 良は女性を独り占めにしたいがために自分を見捨てた。

 おかしな答えにたどり着いた幸樹は一人憤慨していた。


「へぇ?誰を許さねえって?」

「ッ!!」


 しがれ声の問いかけに、幸樹は体を強張らせる。

 幸樹は恐る恐る背後へと振り返った。背後には先ほどまで幸樹を追いかけてきた集団の姿があった。


「ずいぶん手間かけさせてくれたじゃねえかよぉ。覚悟は出来てんだろうな?」

「えっ、あっ、やっ……その……」


 再度周囲を見渡すが、味方の姿はどこにも見られない。


「オラァ!」

「あぐっ!?」

「どうしたどうしたぁ!反撃できねえか!?」

「がっ!?」

「へへっ、何が勇者だ。超弱ぇじゃねえか」

「ひっ、ひいぃ……」


 魔族の一人が鈍器で幸樹の頭を殴った。

 一発、二発、三発と、幸樹はなす統べなく殴られる。


「どうしたおい。勇者なんだろ?魔族を殺すんだろ?縮こまってんじゃねえ!」

「ひぎぃぃ……」


 地面に倒れ伏す幸樹は体を丸めてひたすら暴力に耐えていた。

 もはや反撃することもままらない。このまま自分は嬲り殺されてしまうのか。涙と鼻水と涎で顔を汚す幸樹は、じわりじわりと確実に迫る死に恐怖した。

 その時だった。


「おい。なんだあれ?」

「ん?あー、なんだ?」


 魔族達は幸樹から空へと視線を移した。

 視線の先には大きな黒い塊が浮かんでいた。地上にいる魔族は気付かない。その黒い物体は浮かんでいるのではなく、凄まじいスピードで飛行していることに。

 黒い物体の輪郭が徐々に露となっていく。それに伴い、ボケッと空を眺めていた魔族達のアホ面は恐怖に染まる。


「な、何でアイツがここに!?」

「ふざけんな!こっちくんじゃねぇー!!」


 魔族達は一斉に逃げ出した。

 うずくまっていた幸樹は横目でちらりと空を見た。既に黒い物体は幸樹の眼前まで迫っていた。


「ッ!!!」


 見覚えのある巨体が、幸樹のすぐ手前のスペースに着地した。

 宵闇を連想させる漆黒の体。背中から生えた巨大な翼。幸樹のトラウマを刺激する屈強な尾。

 英雄殺しの龍『ガルグドラゴン』がアータム砦に現れたのだ。


(な、なん……で……今……ここ、に……)


 幸樹の疑問も最もだが、理由は単純なものだ。

 脱走した飼い犬が数日後に何食わぬ顔で犬小屋へ帰ってくるのと同じ原理である。

 自分の気が済むまで人間領を徘徊したガルグドラゴンが、自分の住処へと戻ってきただけの事。


「チッ!人騒がせな龍だ。おい!そこにいる人間を殺せ!」

「そうだ!お前の大っ嫌いな英雄様がいるぞ!やっちまえ!」

「食い殺せー!」


 魔族の兵士達が一斉に騒ぎ出す。

 既にガルグドラゴンは魔族軍の配下。兵士達の間ではそれが共通の認識だった。

 だが、それは間違いだ。ガルグドラゴンは魔族軍の配下ではなくエイヴァンの配下。それ以外の兵士達は味方でもなければ主でも無い。


「ぎゃっ!?」

「な、何だテメェ!こっちじゃねえ、あっちだ!」

「俺達を攻撃するな!殺すのはあいつだ!」


 ガルグドラゴンは無差別に攻撃を始めた。

 近くにいた魔族軍の兵士は突然の事態に慌てふためくが、血気盛んな連中だ。彼らの思考回路はそろって同じ答えをはじき出した。


「野郎、ぶっ殺してやる!」

「ペットの分際で調子に乗ってんじゃねえ!」

「ヤッゾコラー!」


 魔族の兵士達は一斉にガルグドラゴンへ襲い掛かった。

 ガルグドラゴンは兵士達を殲滅対象と認定。地面に転がる幸樹に背を向け交戦を始めた。


「ひっ、ひっ、はひぃ」


 途切れ途切れの呼吸で地面に這い蹲る幸樹は、腰の剣を杖代わりとして何とか立ち上がった。

 オートヒールの発動により全身の打撲は回復しているのだが、目の前に現れたトラウマによって幸樹は腰が砕けてしまっていた。

 王の任務なんでどうでもいい。戦っている仲間なんてどうでもいい。とにかく生きたい。死にたくない。幸樹はガクガクと震える両足を懸命に動かした。

 一方、ガルグドラゴンと交戦を始めた魔族軍の兵士達はというと。


「ぎゃあああー!!」

「たかが龍一匹、俺の怪力で押し返してやる!」

「いでぇ……いでぇよぉ……」

「逃げんじゃねえ!敵は一匹だろうが!」

「勝てっこない……奴は伝説の英雄殺しなんだぁ……」


 物の数分で、既に壊滅の危機にあった。

 当然の結果である。勇者の中でも飛びぬけてステータスの低い幸樹に追いつけない連中がいくら束になったところで勝てるはずも無い。

 だが、まだ勝機はある。彼らはまだ秘密兵器を残していたのだ。


「準備できたぜ!」

「こっちもだ!いつでもぶっ放せるぞ!」


 アータム砦の防壁から顔を覗かせるのは、魔族軍が配備した『魔導砲』である。

 砲弾の変わりに人口の『魔法石』が使用されている。流し込んだ魔力を増幅して外部全方位へ衝撃として放出する魔法石。その衝撃に砲身で方向性を与えることで、衝撃を任意の方向に発射することが出来るのだ。

 魔法石の精製に難があるため数は少ないが、その破壊力は凄まじい。

 魔法対策が施されていない防壁なら簡単に破壊することが出来るのだ。

 誰もがお手軽に強者となれる夢の兵器である。


「何が英雄殺しだ!だったら俺がテメェを殺して『英雄殺し殺し』になってやんよ!」


 間抜けな発言と共に、魔導砲から一発の砲撃が放たれた。

 砲撃はガルグドラゴンに命中。ガルグドラゴンは体をのけぞらせた。


「ハハッ!やれやれ!そんな奴殺しちまえ!」

「ざまあみろ!俺達にたてつくからこうなるんだ!」

「やったか!?」


 五台の魔導砲から絶え間なく砲撃が撃ち込まれる。

 だが、英雄殺しの名は伊達ではない。ガルグドラゴンは砲撃の雨を物ともせずにアータム砦へと近づく。

 そして、太く強靭な尾を鞭のようにしならせ、砲頭が飛び出す防壁へ向かって振り下ろした。

 防壁はあっけなく崩れ去り、それに伴い五台の魔導砲も破壊された。


「ひっ……化け物」

「だ、ダメだ……」

「逃げろおぉおおー!」


 切り札の消失。これが決定打となった。

 ギリギリで押し留められていた兵士達の恐怖は一気に噴出し、瞬く間に伝染していった。

 無論、未だ付近をうろついていた幸樹にもその恐怖は伝染する。


「やめろ、やめろぉー!」

「ぎゃぁあああああー!!」

「うわあああああ!!」


 蟻の子を散らすように逃げまとう魔族軍の兵士を、ガルグドラゴンは容赦なく襲う。


「ひっ、きひっ……ふひぃぃい!」


 幸樹は一刻も早くこの場から逃げ出すべく、必死に足を動かした。

 既に逃げまとう敵の波に飲み込まれてしまっている。これのままでは、幸樹もいつ巻き添えを食らうか分からない。


「……ッ!!!」


 ふと、幸樹はガルグドラゴンの方を振り返った。そして見てしまった。

 ガルグドラゴンの口から炎が溢れている。ドラゴンの口から溢れる炎。となると、次に来るのはあれしかない。

 現代日本でもよく見られた光景が幸樹の脳裏をよぎる。


「ガアアアアアアア!!!」


 ガルグドラゴンの口から轟々と燃え滾る炎が吐き出された。

 炎は逃げまとう魔族の兵士達を瞬く間に飲み込み、彼らを焦げ肉へと変えた。

 炎は幸樹のいた場所にまで到達した。炎に包まれた瞬間、幸樹の体を激痛が襲った。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 言葉では形容しがたい、今までに経験したことの無い壮絶な痛み。

 幸樹は剣の柄を強く握り締め、同時に悲痛な叫び声を上げた。

 本来なら幸樹も魔族軍の兵士達と同じように一瞬で燃え尽きるはずだった。

 だが、今の幸樹には沙耶が刻んだオートヒールの呪文がある。

 焼却と同等のスピードで再生が行われているため、幸樹は肉体を保っていられるのだ。

 苦しい。もう嫌だ。いっその事殺してくれ。幸樹は望んだ。いつまで続くか分からない地獄からの解放を。


「ギャアアァアオオオオ!!」


 幸樹の望みは直ぐに叶うことになる。

 炎のブレスを吐いていたガルグドラゴンの体の下半分が、突然千切れ跳んだ。

 原因は、ガルグドラゴンの足元に転がっていた人口の魔法石だった。

 ガルグドラゴンが破壊した五台の魔導砲。その残骸はガルグドラゴンの足元に散らばっていた。

 魔力を増幅して放出する魔法石もまた、ガルグドラゴンの足元に散らばっている。

 そこへ高濃度の魔力を持つ炎のブレスが放射されてしまった。

 炎のブレスに反応した魔法石がブレスの魔力を吸収し、そして放出。

 大砲の砲身が無いため方向性は無い。散らばった魔法石のかけら一つ一つから全方位に向かって高威力の衝撃が放たれる。

 結果、ドラゴンの肉体を粉砕するほどの恐ろしい破壊力を持った衝撃が一斉にガルグドラゴンを襲うこととなったのだ。


「ガゥゥゥ……」


 痛みに悶えるガルグドラゴンは間もなく息絶えた。魔族の兵士達も一人残らず息絶えた。

 そんな中、一人だけ生存者が残っていた。オートヒールの魔力が尽きたせいであちこちに火傷が見られるが、それでも彼は生きている。

 服の大半は消し飛び、杖代わりだった剣も大きくひしゃげ、意識も完全に飛んでいたが、それでも生きていることに変わりは無い。

 天田幸樹は地獄を生き残った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ