砦攻略作戦2
ここで終わるわけにはいかない。
「んぁあ?」
「なんだ行き止まりじゃねえか」
「ォア」
幸樹が地下へと消えた頃、敵三人は行き止まりにたどり着いた。
そして右側の壁に取り付けられた鉄製の扉を見る。地下牢に続く扉だ。
「ここか?」
コボルドの一人が声を上げる。
「ありえねえ。今日の鍵当番俺だ。ちゃんと鍵かけたぞ」
もう一人のコボルドが声を大にしてそういった。
地下牢の管理は毎日当番が決まっており、今日の当番は偶然にも大声を上げたコボルドだったのだ。
自分は鍵をちゃんと掛けた。だから、この先には絶対にいない。当番のコボルドは続けてそう主張した。
「じゃあ違うな。他探すぞ」
「ニンゲンドコダ!」
だが残念な事に、コボルド及びゴブリンの知能はそこまで高くない。具体的に言うと、一時間前に食べた朝食を思い出せないほど頭が悪い。
当番のコボルドはすっかり忘れているのだ。自分が鍵を掛け忘れたことを。
そして、他の二名は当番のコボルドの言葉をそのまま鵜呑みにする。言葉の真偽を確かめるという考えに至らない。
結局、敵三人は扉をスルーして他の場所を探しに向かった。
「私をここから助けてください!」
一方、地下牢へと逃げ込んだ幸樹は驚愕に染まっていた。
その驚愕は追われる側の恐怖を軽く消し飛ばすほどのものだった。
絹のような美しい金色の長髪をもつ碧眼の美少女。透き通った白い肌の上に白いワンピースタイプのドレスを纏っている。
そこまではいい。そういった整った容姿の女性は現代日本の外にごまんといる。
だが、胸部で激しい自己主張をしている二つの豊満な柔肉。サッカーの四号ボールに匹敵する特大サイズである。これはそうそうお目にかかれない。
「ここから出るためならなんでもします!お金がほしいというのなら後でいくらでも払います!だから、私を助けて!」
「…………」
鉄格子を揺らす度に、魅惑の果実もゆっさゆっさと揺れる。それは童貞の心を激しく刺激した。
追っ手の事を忘れ、ただひたすら胸を凝視する幸樹。
容姿はぼちぼちで、ファッションには疎く、トークに関しては壊滅的なくせに、彼の女性に対する条件は人一倍厳しかった。
その条件の一つが『爆乳』である。俗に言うアメリカンサイズだ。
出るトコ出て締まるトコは締まる。幸樹の目の前にいるのは、彼がまさに理想としていた女性の体だった。
自分の好みの条件に合致し、しかもその女性が「なんでもする」というのだ。男と言う生き物であれば誰もが『行く末』を想像するだろう。
もちろん幸樹も例外ではない。
「そこの奥に鍵があります!それを使ってください!」
「…………」
追っ手の事などすっかり忘れた幸樹は女性の言葉に従って牢屋の鍵を入手。すぐさま女性を解放した。
「ありがとうございます。あの、あなたは?」
「……ぅ……ぉ……あ、お、おら、いやぼきゅぁ……」
元々低い幸樹のコミュニケーション能力が、『異性』を相手とすることで更に低下。もはや何を言っているのか分からない。
「いえ、無理に言う必要はありません。とにかく、助けてくれてありがとうございます」
「あっ、おっ、あ……そ、そ……な」
幸樹のどもりを女性は好意的に解釈した。
直ぐに名前が出てこないということはつまり、名前を言えない何らかの理由があるのだろう。
なんとなく幸樹の事情を察した女性は、追求を避けた。
「さぁ、行きましょう。いつまでもここにいるのは危険です」
逃げ場の無い地下牢に攻め込まれたらひとたまりもない。
女性はすぐさま地下牢から脱出することにした。幸樹は黙って頷く。
二人は階段を駆け上がり、鉄の扉を開けた。敵の姿は無い。
「出口はどちらでしょう?」
「あ、うっ、あー……えっと……」
幸樹は緊急避難通路から侵入したため本来の出入口の位置を把握できていない。
事前の打ち合わせで良が説明していたのだが、妄想にふけっていた幸樹は良の言葉を完全に聞き流していた。
だが、ここで「分からない」と正直に言うのは格好悪い。見栄っ張りな幸樹は、女性の前で無様な姿を晒したくはなかった。
「……あ、あっち?」
幸樹は適当に左を指差した。女性は幸樹の言葉を疑うことなく信じた。
「行きましょう」
女性は歩を進めた。何も考えずに歩き出した。
現在、二人がいるのは敵地である。自分を殺しに来る、又は捕らえに来る敵がうろうろしている敵地だ。
普通なら周囲を警戒し細心の注意を払って移動するものである。
しかし、この二人には警戒も注意も無い。まるで自分の家の中をうろうろするかのように、平気な顔をして廊下を歩いている。
女性は魔族を物ともしない実力者なのか?答えは否である。
周囲の異常に対応出来ていない。対応方法を知らない。女性は、ただ単純に平和ボケしているだけなのだ。
幸樹は幸樹で、歩くたびにぷるんと揺れる女性の横乳に目がいっているため周りが見えていない。
「いたぞ!」
「ニンゲン!」
「あの女!脱獄だーっ!!」
当然の結果だった。警戒もせず堂々と歩いていて敵に見つからないわけが無い。
色ボケていた幸樹の脳みそはようやく再起動した。そして、思い出す。ここは敵地で、自分は敵に追いかけられていたのだと。
迫り来る敵を前に、幸樹は女性の方を見た。もしかしたら、女性が何とかしてくれるかも。そんな淡い期待を抱いて。
女性は幸樹を見ていた。言葉にしなくても分かる。その視線は明らかに幸樹を頼っているものだった。
異世界最強物の主人公なら、迫り来る敵を前にしても冷静かつ迅速な判断を下すことが出来るだろう。
しかし、聡明でない幸樹に冷静かつ迅速な思考など出来るはずも無い。
故に、彼は僅かな理性と本能に従い体を動かした。
「きゃっ!?」
幸樹は女性を抱き上げた。所謂『お姫様抱っこ』だ。幸樹は敵に背を向け走り出す。
女性は驚いていた。突然抱き上げられたことではなく、幸樹が取った行動(逃走)についてだ。
女性はてっきり幸樹が敵を殲滅してくれるとばかり思っていた。だが実際はどうだ。幸樹は敵に背を向け、必死の形相で走っている。
(この人、本当に頼りになるの?)
この男と共に行動して無事脱出できるのか。女性は幸樹に対し一抹の不安を感じた。
だが、その不安は一瞬にして解消されることとなる。
「ぎゃああああー!?」
「ゴエェエッ!?」
「ごわーっ!?」
突如として壁が爆発した。外で放たれた魔法の流れ弾が砦に直撃したのだ。敵は瓦礫と共に爆発に飲み込まれた。
爆発したのは丁度幸樹と女性が立っていた位置。はっとした女性は幸樹を見た。
(まさか、彼はコレを予見していた?だからあんな必死な形相で?)
彼は自分を守るために行動してくれた。女性は幸樹に感謝の念を抱くと同時に、数十秒前の己の考えを恥じた。
女性の中で幸樹の評価が上昇したが、その評価は誤りである。
何故幸樹は敵に背を向けたのか。理由は簡単だ。幸樹は敵と戦いたくなかったのだ。
女性に残酷シーンを見せたくないからか?違う。敵を殺したくないという優しさからか?違う。
怖かった。幸樹は自分に向けられる明確な殺意に怯えていた。
最初は本能が叫んでいた。「女を置いて今すぐ逃げろ」と。だが、本能をたしなめるかのように、幸樹の僅かに残った理性がこう言った。
「それ(おっぱい)を捨てるなんてとんでもない!」
結果、幸樹は女性を抱えて逃げることを選択した。
爆発を予見したとか、女性の身を案じたとか、そういったどこぞの異世界最強物の小説に登場する主人公のような、力強い意思を持った行動などではない。
臆病と下心を掛け合わせた、童貞の卑しい行動である。
「待てコラー!」
「ニンゲンコロスゥー!!」
「ぎゃぉおおおぉぉおおあああ!!」
「逃げんなおらー!」
「ニンゲンンンンンン!」
「女を捕らえろー!」
だが、その卑しさは時として鋼をも上回る強固な意思となる。
爆発音に引き寄せられた敵が幸樹の背後で群れとなって襲い掛かった。
距離はじわじわと狭まっていた。幸樹の元々のステータスが低いため、良のステータス上昇補正魔法がかかっていても敵に追いつかれてしまうのだ。
捕まったら最後、悲惨な最後が待っている。幸樹の本能が再び叫んだ。「女を捨てろ!死にたくない!」と。
ズキズキと手足が痛む。何でこんな痛い思いをしてまで逃げないといけない?女を捨てれば自分は安全に確実に逃げられるだろう。
幸樹の意思が傾いた。
「それを捨てるなんてとんでもない!」
どこかで誰かがそう叫んだ。
幸樹はわずかに視線を下ろした。幸樹の視界下側に、しがみつく女性の姿が映る。
「ゆっさゆっさ」ではない。「ばるんばるん」である。
足を踏み込むたびに、一歩前に進むたびに、女性の胸は意思を持った生物のように上下左右へ激しく揺れる。
「そ れ を 捨 て る な ん て と ん で も な い !」
例え何があってもこの人を放さない。二人一緒に、必ずここを脱出してやる。
幸樹の面構えは、異世界召喚物の主人公にふさわしいものだった。
今の彼にはどんな窮地をも乗り越える強い意思が宿っている。
童貞の好奇心は己を救うのだ。