砦攻略作戦
二十話きっかりで終わりたい。まあ、無理だろうなぁ……
アータム砦奪還作戦。魔族との戦争が始まって以来、初めてとなる人間軍の攻勢。
その作戦において、幸樹は王からある任務を受けていた。エイヴァンを倒した幸樹にしか出来ない重要な任務だ。
「お主には、アータム砦を奇襲してほしいのだ」
簡単に言うと、王は前回の戦いで魔族軍が取った作戦と同じことをやろうというのだ。
人間軍が正面から攻めると同時に、幸樹率いる少数先鋭チームが隠し通路からアータム砦に進入。手薄になった砦内の敵を一掃する。
言葉にするのは簡単だが、それを実行するのは難しい。先鋭とはいえ少数で敵陣に乗り込むのだ。不測の事態が発生する可能性は十分ある。
しかも、この任務は幸樹がエイヴァンを倒した実力者と見込んだ上で行われているのだ。
王は幸樹がそこいらの勇者を下回る貧弱者であることを知らない。無駄に高いプライドと見栄で己を塗り固めている幸樹が、後出しで嘘を告白するはずもない。
結果、幸樹は王の任務を請け負うこととなった。
これが、今から約一日前の話である。
「おいおい。今度は何する気だ?」
「水臭いじゃないか」
「あまり無理をするな。少しは先生を頼ってくれ」
「……私もいく」
予定調和の如く現れた異世界ヘッズ+(プラス)一名。
これ幸いといわんばかりに、幸樹はさらりと王の任務をばらした。
そして、さすがは主人公だ!と興奮する異世界ヘッズ二名(哲と良)は当然ながら同行を提案してくる。幸樹はそれを承諾。
異世界ヘッズ一名(礼二)は情報操作に取り掛かるという。幸樹はそれを承諾。
残る一名(沙耶)は何も言わなかったが、雰囲気的に同行したいようなので幸樹は無言の許可を出した。
こうして、なるべくしてなった砦奇襲チームはアータム砦の緊急避難通路の出入口がある山岳の麓へと向かうことになった。
これが、今から約十時間前の話である。
「人間だ!人間がいたぞぉー!」
「コロセコロセー!」
(~~~~~~~~~ッ!!!)
そして、これが現在の状況である。
幸樹は物陰で体を丸め、敵が過ぎ去るのを必死に願っていた。
どうしてこうなった。幸樹は一人心の中で叫び声をあげる。
哲と良と沙耶が仲間に加わった時点で、幸樹は自分で戦うことを完全に放棄していた。
三人に敵の駆除を任せ、自分はどこか安全な場所に隠れてやり過ごす。ある程度静かになったら苦戦した風を装って外を出歩く。
そんなふざけた考えを本気で実行しようとしていたのだ。
しかし、いざ蓋を開けてみたらどうだ?地下通路からアータム砦に進入した途端、三人はバラバラに行動し始め、その場には幸樹一人だけが取り残された。
状況を飲み込めないまま、敵地をもたもたと歩く幸樹。敵に見つかるのは必然だった。
(ざっけんな……ざっけんな糞が!!)
周囲から英雄ともてはやされ、完全に浮き足立っていた幸樹。
砦に侵入する直前まで、彼は敵地での戦いを前にしても平常心を保っていた。
なぜなら、彼の周りには勝手に彼を慕い、彼の手足となって動く下僕(幸樹視点)が三人もいたからだ。
何もしなくても、三人が勝手に功績を挙げてくれる。自分はそれに乗っかるだけでいい。
そう思っていたから、幸樹は平気な顔をして敵地に赴くことが出来たのだ。
だが、幸樹の精神的支えは無くなった。
三つの留め金を失った今、英雄の皮は現実と言う名の突風によって簡単に吹き飛ばされた。
中から姿を現すのは、あまりにも貧相な小市民だ。
(あいつら絶対許さねえ……!帰ったら覚えてろ!告げ口してやる!)
幸樹は戦いが終わった後、三人の所業をでっち上げて王に報告しようと決めた。
だが、この件に関しては幸樹が完全に悪い。なぜなら、三人はアータム砦に突入する前にちゃんと打ち合わせをしていたからだ。
「マップを見て。敵が殆ど前線に集中してる」
良はバグ技魔法『共有マップ』を使い幸樹、哲、沙耶に敵の位置を示していた。
マップには敵を示す赤い印と味方を示す青い印が大量についている。
「多分、ここの敵は砲手だね。他にも数十人いるみたいだ」
「他の階はどうなってるの?」
「待って、今見せるから」
「おっ、俺達の突入口はここか。見張りはいねえみたいだな」
このように、三人は事前に敵陣を把握して自分達がどのように動くかを模索していたのだ。
この間、浮き足立っている状態の幸樹は戦いが終わった後の栄誉や報酬の事ばかり考えて話に殆ど参加していない。
打ち合わせの結果、敵の数もそこまで多くないということで、各々別の階段から上の階へと進み、敵を各個撃破するという作戦に決まったのだ。
「つーわけだけど天田、お前これでいいか?」
ちなみに、この作戦に幸樹は最初から組み込まれていない。
哲も良も、群れるのを嫌う主人公(幸樹)が自分達の考えた作戦通りに動くはず無いと思っていたからだ。
哲が幸樹に問いかけたもの、ずっと無口だった幸樹の態度を見て少し不安に思ったからである。
「うん、みんなしんじてる」
幸樹はこの時、戦いが終わった後の妄想に勤しんでいた。そのため、哲の問いに対して生返事を返していた。
生返事とはいえ、同意は同意。三人は幸樹の了承を得たとみなし、作戦を決行したのだ。
「人間ー!どこだ人間ー!」
(~~~~~~~~~ッ!!!)
すべては自業自得である。人の話を聞かず、最初から他人任せだった幸樹の落ち度だ。
「おらぁ!でてこいやぁ!」
「逃げてんじゃねえぞ!」
「ブッコロス!」
(ッ!!!)
明らかに違う声質。幸樹の心臓が大きく跳ねた。
遠くから響いてくる声ではない。近くで上がった大声だ。幸樹は物陰から更に奥の通路へと身を隠した。
細心の注意を払い、幸樹は突き当たりの角から声の主を確認した。
敵は鎧を纏ったコボルドが二体と、腰巻だけのゴブリンが一体。全員が武器を所持している。
(……ぁ)
勝てない。敵の醜悪な姿を見た瞬間、幸樹のチキンハートが悲鳴を上げた。
敵は着実に接近してきている。幸樹はさらに奥へと逃げ込んだ。
通路の奥は行き止まりだった。だが、右側の壁には鉄製の扉がある。
「…………」
幸樹は無言で扉の取っ手に手を掛けた。扉は開いている。
その先に何があるかは関係ない。とにかく逃げたい。迫り来る恐怖から今すぐ開放されたい。
その一心で、幸樹は扉を開いた。体を素早く中へと滑り込ませ、出来るだけ音を立てずに扉を閉めた。
扉の置くには地下へと続く階段があった。幸樹は無言で地下に駆け込んだ。
「…………」
地下には絶望が待っていた。
四角い部屋の中にずらりと並ぶ鉄製の檻。幸樹は一目見て牢屋と分かった。牢屋とは捉えた相手を絶対に逃がさない場所だ。
つまり、行き止まり。もう、逃げ場は無い。
「……ぅぁ」
もうダメだ。おしまいだ。幸樹は自分の最後を覚悟した。その時だった。
「……あ、あの……あなたは人間じゃありませんか?」
牢屋に響くやわらかい声色。幸樹は突然上がった声肩をびくつかせた。
幸樹が慌てて周囲を見渡すと、牢屋からじゃらり、と鎖の擦れる音が鳴った。
「……ぇ?」
牢屋には一人の美少女がいた。