メインヒロインさんの活動
ようやく目標の半分到達。
好奇心と言う言葉がある。
それは物事を探求しようとする感情であり、人間ならば誰しもが持っているものだ。
自分の知らない世界を見てみたい。興味のある事、物についてもっと深く知りたい。人はいつだって自らの好奇心に従い行動してきた。
何かを知りたいという思いは、いつ何時においても存在している。
「…………」
故に、野崎沙耶という少女が天田幸樹という少年の枕元に立っていることも至って自然なことなのである。
草木が寝静まる丑三つ時。沙耶は明かりのない真っ暗な部屋の中で幸樹の寝顔を観察していた。
現代日本において幸樹のストーキングを日課としていた沙耶。その行動の根底にあったのは幸樹の事をもっと知りたいという思いだった。
彼女はごくごく平凡な女子高校生である。夜になると家に帰り、自分の布団で寝るのが普通だった。
つまり、夜間は沙耶が唯一幸樹を監視できない時間帯だったのだ。
だが、異世界に召喚されたことで時間的制約は無くなった。法律という柵も無くなった。
ならば行動するしかあるまい。沙耶は自らの好奇心を満たすために行動を起こす。
だが、沙耶は花も恥らう女子高生。好きな異性の部屋に堂々と入り浸るなんて真似は出来なかった。
沙耶は奥手なのだ。何かしらの理由がなければ好きな異性と話をすることすら出来ないのである。
よって、沙耶は隠密スキルの向上という名目で幸樹の部屋に侵入し、そのついでに幸樹の寝顔をのぞいているのだ。
邪な考えなど一切ない。自らの精進を目的とした清き行動。なので一切問題はない。
「…………」
ひとしきり幸樹の寝顔を見た沙耶は部屋の物色を始めた。
机には生活必需品が並べられている。部屋の隅に置かれた籠の中身は高校の制服が入っていた。
ゴミ箱の中身は食堂で貰ったサンドイッチもどきを包んでいた包装紙と、その他丸まった紙が二つ。イカ臭さはなかった。
物色を終えたところで、沙耶は部屋一帯をぐるりと見渡す。そして、丁度壁に目を向けたとき、沙耶は目を見開いた。
壁には柄物のトランクスが一枚干してあった。
それは不便な異世界生活を送る幸樹の生命線であり、幸樹が必死に延命処置を施している至高の一品である。
当然そのことを沙耶は把握している。洗濯は三日に一度。万が一を危惧しているのか、メイドには一切触らせない。夜な夜な一人で水場に行き、トランクスを丁寧に洗っている。
そんな幸樹の涙ぐましい努力を、沙耶は何度も見てきた。
「…………」
幸樹が洗濯している姿を見たのは一昨日。つまり、今日はトランクスの洗濯が行われてない。
光に匹敵する早さで思考を終えた沙耶は静かに移動し、トランクスを手に取った。
「……すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」
彼女のプライバシーに関わることなので詳しい描写は控えよう。
ただ、トランクスを壁掛けに戻した時の沙耶の表情は恍惚としていた。
その後再び幸樹の元へと戻ってきた沙耶は、幸樹の呼吸で上下する薄い毛布へと目を向けた。
顔を近づけ一呼吸。予想通りの薄味に、沙耶は少しだけがっかりした。だが、期待薄なのは把握済み。宿舎の寝具は王宮のメイドが頻繁に清掃している事は勇者達の間でも周知の事実だったからだ。
そして、沙耶はそのまま視線を下半身へと向ける。
くっきりと浮かび上がった両足のライン。その収束地点には小さなふくらみがある。
沙耶の思考は加速する。トランクスだけで『アレ』なのだ。源泉である『ナニ』はどれほどすごいのだろうか。
沙耶の右手が毛布の裾を掴んだ。ゆっくりと腰を落とし、右手を少しだけ上に持ち上げる。沙耶の視界に幸樹の生足が映った。
「ッ!!!」
沙耶はすぐに右手を下ろした。
仕方の無い事だ。沙耶は異性と付き合った経験のない初心で可憐な乙女。 『男のシンボル』を直視するだけのメンタルは持ち合わせていなかった。
顔の熱が引いた後、沙耶は再度挑戦しようと試みるも、今度は彼女の良心がそれを阻止する。
こんな盗み見のような真似は幸樹に対して誠実ではない。沙耶は素直に己の行動を反省した。
「…………」
お詫びのしるしとして、沙耶は懐から一本の筆を取り出した。
その筆は『魔筆』と呼ばる魔道具で、『呪文』を刻む際によく使用される。
この世界における『呪文』は口で唱えるだけでなく、文字で記すことも出来る。
魔筆には魔力がよく浸透するインクが使用されている。魔筆で使用したい魔法を書き記した後、インクに魔力を浸透させることで、魔力がない者でも魔法が扱えるようになるのだ。
ただし、注入した魔力が尽きると同時に文字の効力も消えてしまうため、魔法を使用の際は十分に注意しなければならない。
「…………」
幸樹が寝返りをうち、顔が右を向いた。そのタイミングを見計らい、沙耶は素早く行動に出た。
沙耶は上を向いている幸樹の左耳の裏に筆を走らせた。幸樹に気づかれないよう、慎重に、なおかつ丁寧に文字を刻む。
無事書き終えた沙耶は、最後の仕上げに移った。
幸樹の顔に掛からないよう垂れ下がる自らの長髪を掻きあげながら、沙耶は幸樹の耳をしっとりと噛んだ。
この行為はあくまで魔力の注入に必要なことである。他意はない。
甘噛みしながら耳に舌を這わせること数分。自らの魔力の大半を文字に注いだ沙耶は、満足げな表情で口を離した。
「……お休み。幸樹君」
耳元で甘く囁いた後、沙耶は幸樹の部屋を後にした。
それから数時間後、山々の合間から日の光があふれ出す早朝。
人間軍は『アータム砦』奪還に向けて進軍を開始した。