プロローグ
エタる病と闘病してみる。
とりあえず日記感覚で。
某月某日、某県立高校二年一組一同は異世界へと召喚された。
例によって王様から魔族を倒して欲しいと依頼される二年一組一同。
反応は様々だった。現実離れした事態に戸惑う者、戦いと言う未知の体験に心躍らせる者、恐怖に怯える者、テンプレ染みた展開に狂喜乱舞する者。
そして、厄介事の匂いを察知してモンスタークレーマーの如く王様を心の中で罵る者。
本作品の主人公、天田幸樹は王様の他力本願な頼みに憤慨していた。
どこぞの誰かさんが異世界にいくら召喚されようがかまわない。是非世界平和に向かって邁進して欲しい。だが、自分が呼ばれるとなれば話は別だ。
幸樹は対岸の火事を見て「ふつくしい……」と言ってしまうような性根の腐った男だった。
確かに、特に苦労することなく手に入れた圧倒的力を行使して敵を蹂躙するのはさぞ楽しいことだろう。
日本人女性がどれだけ美を追求しても決して届かないであろう異世界美女をはべらせて夜な夜な「あへぇ」やら「んほぉ」するのも魅力的だ。
権力者や世界レベルの強者から一目置かれ、いざと言うとき頼りにされるというもの悪くはない。
しかし、それ以外の部分はどうだ。雑貨、食事、治安、娯楽。これらが今までと同等かといえば必ずしもそうではない。
常日頃から文明の利器に囲まれた生活と比べ、中世ヨーロッパ程度の文明しかない異世界で果たして生きていけるのか。そこは人それぞれだろう。
とどのつまり、幸樹は現代日本の生活レベルを遙かに下回る異世界ライフを許容できなかったのだ。
部屋にはネットとエアコン完備、ベッドは低反発マットレスを用いた物、衣類は最低でもポリエステル素材、トイレは水洗でウォシュレット付き。
現代日本では当たり前だったものが、この異世界では何一つない。
部屋には常に熱気が滞留している。申し訳程度の小窓をあけてもまったく涼しくならない。
謎素材で出来たベッド。ごわごわしていて寝心地は最悪。
生活用の衣類は木の皮をそのまま着ているような肌触り。
トイレはぼっとん式。穴に落ちた糞のべちゃりという音が耳に届き最悪。トイレ紙は固い上に全然拭き取れない。
こんな最悪の生活環境しか用意できていないにも関わらず、王様は自分の要望の完全達成をお望みだ。
要望に対して待遇が圧倒的に足りてない。不相応。その一言が幸樹の頭をよぎった。
だが、忘れないで欲しい。先にも書いたとおり、天田幸樹は性根が腐っている。彼の不平不満を鵜呑みにしてはいけない。
確かに生活水準は現代日本を圧倒的に下回る。二年一組一同は王様に一方的に呼び出されて勝手な願いを押し付けられた。
その代わり、王様は国を挙げて勇者をバックアップすると宣言していたのだ。
衣食住は当然保障した。勇者の身分証明書を発行し、国内における都市間の移動を自由に行えるようにした。旅の途中で発生する費用は全て国持ちになった。いざこざが発生した場合は国が後ろ盾となってくれる。
簡潔に言えば、王様は二年一組一同に対し国内での『やりたい放題』を許容したのだ。
現代日本に例えるならば、飲食店、公共交通機関の料金は全て無料となり、チンピラやヤクザが絡んできたら警視総監が出張ってくるのである。まさに破格の待遇と言えるだろう。
そんな事をすれば欲に溺れた勇者が離反してしまうのでは、という懸念もあったが、魔族に滅ぼされてしまえば元も子もない。国の重鎮達は不本意ながら王様に同意した。
だが、流石は一国を治める王。天に愛されていた。呼び出されたのは人畜無害の常識人があつまる二年一組だったため、その懸念は杞憂に終わった。
そんな中でいつまでもグチグチと文句を垂れ流す幸樹。そもそも、幸樹が不満に思う今の生活は、この世界においてはごく一般的、生活水準の平均であるためどうしようもない。
どうしても我慢ならないというのなら、同じ不満を持つ者同士が集まって改善に努めるしかない。
だがしかし、三度言わせて貰おう。天田幸樹は性根が腐っている。いくら不満に思っていても、彼が自分から行動をすることは決してない。
他力本願な王様を罵っておきながら、当の本人も他力本願を地で行く男だったのだ。
口は出さない。行動もしない。そのくせ文句は人一倍多い。『内弁慶に外地蔵』の典型である。
そんな幸樹がどのようにして主役の席へと収まることとなったのか。全ての始まりは召喚された直後、謁見の間で幸樹が放った一言だった。
「え?いや、あの……き、興味ないから」
王様の話を聞き、不安に駆られたクラスメイトからいきなり話しかけられた幸樹。彼が咄嗟に出してしまったこの言葉を、近くにいた複数人のクラスメイトが耳にしていた。
(あ、主人公だ)
(地味な見た目とそっけない返事……間違いない)
(あのナヨナヨした感じ、絶対チートスキル持ってるな)
(結婚したい)
ネット小説から異世界召喚知識を得ていた異世界ヘッズ達。彼らの勘違いが、幸樹を勇者代表の座へと無理やり押し込めることになる。