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冬の月  作者: 庚(元SACHI)
2/2

【2】

「…え……」


出せた声は、絞りだせた声はたったそれだけだった。どうして、どういうこと、頭には訳がわからないと疑問符が積み重なり、思考を削っていく。

その思考がわかっていたように、老人が続けた。


「お前さんも気づいたじゃろう、あの月じゃよ。」


言われてみて、ぐるぐるとまとまらない頭を引っ張り、上へと顔を向ける。

涙目になった両眼のせいで、滲んでいたが、相変わらず、青白く大きな丸い球体が、昇っていた。

あれが…原因…

頭がぼうっとして、何故そうなのかは考えられなかった。

仮に考えられる余裕があったとしても、理解でき出来るとは到底思えなかったが。


「あの月はじゃな、本当ならあそこにあるはずがないものなのじゃよ。」


どういうことだ。

本来ならあそこにあるはずのないもの。

つまりは空にあの月があるはずがない?

じゃあ自分の目に今映っているものはなんだ。あの月と言っていることだ。この老人にも見えていることは間違いないのでは?


「お前さんが考えている通り、自分たちには見えているな。本来あるはずのないものが。


自分がおかしくなったのだろうか。


「じゃが見えているのは現実じゃ。」


老人はあの月が存在して見えるのは事実だと続けた。

もう訳がわからない。


老人は何故あの月があそこにあるはずがないのかの説明をやっと始めた。

だが、幼い少年にはその内容を理解する事は到底難しかった。


太陽…は分かる。昼に登ってる眩しいものだ。月も分かる。「わくせい」ってなんだ…?

「きどう」?「いんりょく」?


分からない単語が積み重なる。

その度に質問をすると、老人は丁寧にその言葉の意味を説明してくれた。

長い長い説明の後少年はあの月について理解した。


あの月は自分たちの住んでいる「太陽系」の「惑星」には存在していないはずのとてつもなく大きな「天体」だという事


あれは地球の「引力」か太陽の「引力」のどちらかに引っ張られてきたという事。


昼にも姿が見えれてるので太陽よりは奥に位置している事。


そして最後に、あれは時間が経てば地球にぶつかってしまい、あの大きさの天体が地球にぶつかってしまうと、地球は壊れてしまうという事。


老人はこうも続けた。

「本当はな、地球にも太陽にも、あれほどの天体を引っ張ってくる引力はないのじゃが…」

という事は、

「強くなってるって事?」

そういうと老人はううんと唸った。

「引力というのはもともとの個体に決まっておるわけで…強くなったとは考えにくいことじゃなぁ…」


老人はまた考え込んだ。

少年はその思考にはもはや入っていける気はしていなかったので、第二の問いを老人に投げた。

「んじゃあ、どうして僕はここから家に戻ることができなくなったの?」


考えこんでいた頭をこちらへ向けて、老人が口を開いた。

「あぁ、それはなぁ───」

その後に続いた言葉で、少年はやっとさっきの老人の申し訳なさそうな表情の意味を知った。と言っても、それはにわかには信じられないようなことで。少年も今まで信じてはいなかった事だった。


「儂が、この空間を作ったからじゃよ」


その言葉を証明するように、老人はローブの中の手を勢いよく振り上げた。

手が上がると同時に、老人の足元を中心に、同心円状に淡く桃色の、小さな花が芝生いっぱいに咲き出した。


「─── 綺麗…」


少年はその光景に見とれた。

それを見て老人は白く深い髭の中で満足そうに微笑んだ。

「おじいさん、名前は?」

少しして老人は、名乗るような名前はない。

と答えた。

─── もしかしたら、この人が「神様」っていうものなのかな。

花の桃色、芝生の緑、空の青、月の白、光の黄。鮮やかに視界を彩る色たちを眺めながら少年は考えた。

「でもさ、おじいさんが作った空間なら、なんで出られないの?」

率直に疑問を投げると老人は決まり悪そうに目を細めた。

「…何故じゃろうなぁ…実は詳しくは儂も分からないんじゃよ…」


…え、なんで。

思った事が顔に出たらしい。顔に出なくても老人には考えている事などお見通しかもしれないなとは薄々感じてはいたが。


「空間を作るのは、…説明するのは難しいが、とにかく磁波や簡単に言えば次元に少し手を加えるんじゃよ。」


老人には簡単に言ったつもりなのだろうが、何しろ少年は言葉を知らない。磁波や次元を理解するのにさっきのような説明がやはり必要になった。


「── そして空間から出るときには手を加えたものを元に戻せばいいんじゃが…これが、隕石が近づいてきている関係で、強力な磁波が働いての…儂の力ではどうこうできなくなってしまったのじゃ…」


…なるほど。


「お前さんは多分儂が空間を作った時に近くにいたんじゃろう。巻き込まれたんじゃろうなぁ…」


…自分が、あの時道を変えたのが原因になってしまったのか。

「そっかぁ…」


少年は花の咲く地面に仰向けになって寝転んだ。空がよく見えた。


「あと、どのくらいで隕石って落ちてくるのかなぁ…」


「そうじゃなぁ…儂の予想じゃとあと一週間じゃな。」


「そんなに早いんだねぇ…」


あの青白い月が、落ちてくるのか。

みんな驚くだろうなぁ、というか落ちてくるってのが分かってるのかなぁ。みんなパニックで住んでたところもどうにかなっちゃうかもしれないな。


改めて考えてみると、あちらに帰ったところで何かいい事があるだろうか。父はいたかどうかすら分からない。母はまだ暑い頃に仕事に行くといって帰ってこなくなった。兄弟も自分の知る限りは居ない。靴磨きと内職だけではやはり生活に余裕もない。そういえば今日は寒い日だったな。


それに比べて、ここは暖かいし、一人じゃない。なら別に帰ったところで地球がなくなるのであれば。終わりをどこで迎えても一緒なら、暖かくて寂しくないほうがいいに決まってる。


─── よし。元の場所への諦めはついた。


「おじいさん。」

呼びかけると老人はこちらを向いた。

「連れてきてくれてありがとう。本当は僕がついてきちゃっただけだけど。」


そう言うと、老人は少しだけ悲しそうに笑った。













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