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冬の月  作者: 庚(元SACHI)
1/2

【 1 】

ある冬の晴れた日だった。

一人の少女が目を覚ました。

少女は気持ちよさそうに伸びをして、それから両開きの窓を開けた。

日は高く昇っていて、そして青く澄んだ空には、太陽と…


白く輝く、それはそれは大きな満月が昇っていた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「靴を磨いていかないかーい⁈

5セントでピッカピカにするよぉー‼︎」


朝。

人通りの多くなってきた石畳みの大通りに、

幼い少年の声が響く。

シャツにカーディガンを羽織り、長いズボンを履いていた。

他には帽子と茶色いマフラーを巻いていたが、それは外の気温に対してはとても暖かいと言えるような服装ではなかった。


少年の声はなおも続く。

「靴を磨いていかないかーい!

ピッカピカにするよー!」


白い息が空気に紛れ消えていくような寒い日だった。

そんな日に、たとえ5セントと安かろうと5〜6分もこの寒い中でじっとして靴を磨いてもらおうというような事は誰でも御免だった。


人々は暖かそうなコートを着て、下を向いて足早に通り過ぎていく。

少年は客が来ないのをみて、今日は引き上げたほうがよさそうだと踏んだようで、お客さんの座る椅子と、靴を磨くためのブラシを片付け始めた。


手袋も付けず、かじかんで赤くなった指先にはぁっと息を吹きかける。

空を仰ぐと、真っ青な空に今日も太陽が昇っていた。


…?


少年はある違和感に気付く。

「月…」


少年の見上げた空には、太陽と、月が昇っていた。それは大きな月で。太陽の大きさは眩しくて大体でしかわからないけれど、恐らく太陽よりも大きい。


それを差し引いても、少年の違和感はまだ消えなかった。太陽と共に浮かぶ満月をみて。

明るい時間に月が昇るのは何度か見た事がある。ただ今日の月は何かおかしい。


学校に行けるようなお金を持っていなかった少年には、月がどう満ちていくのか、その仕組みなどを知る術はなく、ただただ違和感を感じ続けるだけだった。

1人の通行人の声を聞くまでは。


「…なんだ…あれは…‼︎」


上を向いていた少年が、後ろを振り返ると、背の低い老人が上を見上げて声をあげていた。それに気付いた通行人達が、こぞって不審そうに、老人の向いた方向に顔を向ける。

そこには白い月。


見た人々のざわめきの中で、少年は1人納得していた。

あぁ、満月なのが変なのか。


でも、なぜそれがおかしいと思うのかは、少年には分からなかった。

自分がその理由を知ったところで、その違和感の原因が消えるわけでもなく。

そして、なんとかするべき問題であるとは思えなかった。


少年は商売道具を持って、人混みを掻き分け、家路を急いだ。

人は、どんどん集まってくる。

少年の小さな体はその人混みの中を進むのには都合が良かったが、人の波には逆らえず、

自分の行きたい道と違う道へ逸れていってしまう。


そして、人の波を抜けてなんとか出た道は、大通り脇の狭い小道。

もう日も高く登っている割には、あまり光が入らず薄暗い道だった。


少し遠回りになってしまいそうだが、なんとか家には帰れそうだ。


今日はもう人混みがはけそうにないし、

取り敢えず、帰って内職の造花でも作っとくかな。

のんびり歩きながらそんなことを考えていた時、暗い小道から明るいところへ出た。


あれ…ここは…?


少年の通った事のない道だった。

ここら辺の裏道は歩き尽くしているはずだ。

この道を抜けて左へ曲がったら家があるはずなのだ。

なのに、石造りの住宅街の隙間を縫って出たそこは、緑の芝生の広がる野原だった。


芝生の緑と、空の青さ、そして大きな青白い月と眩しい太陽が開けた視界に一緒に入ってくる。


この世の光景とは思えない程美しい風景だった。


だが、少年にとってはそんなことは関係なく、曲がり角どころか道すらない事がむしろ問題であった。

最近は寄り道したりこんなに人混みに流されたりする事はなかったから、ここの道を通ったのは久しぶりだったが、それでも遡って年を超えるほど前ではなく、精々2〜3ヶ月ぶりくらいだ。


2〜3ヶ月でこんなに変わるものなのかな。


違和感を覚えながらも、家のある方向へと足を進めた。


少年は歩く。

歩く。


あれ…


少年はなおも歩き続ける。

頭に浮かんだ一つの不安に反して。

歩く。



おかしい。

少年は、自分の不安を認めた。

どんなに歩いても、家につかない。

それどころか、開けた視界に映る景色がまるで変わらない。

空に浮かぶ二つの天体はともかく、芝生がさっきからずっと続いている。

帰れない。

それはまだ幼い少年にとって、絶望する十分な理由だった。

どうしよう。

動揺してしまってからその波に溺れるのは早かった。

どうしよう どうしよう どうしよう どうしよう…



「お前さんもか?」


不意に後ろから声がかけられた。

ぐちゃぐちゃになった頭で振り返るとそこには1人の老人が立っていた。もさもさとした白い髭をたくわえ、裾の長いカーキの上着を着ていた。

どこかで見覚えがある顔だ。と少年は思った。

そうだ、大通りで自分の次に月に気づいた人だ。

老人はもう一度少年に話しかけた。


「お前さんもこの野原で迷ったのか?」


今にも泣きそうな少年は、はい。と小さく答えるのが精一杯だった。


「そうか…それは災難じゃったなぁ…」


老人はしみじみと、そしてなぜか申し訳なさそうに続けた。

緑と青の境界に立つその姿は、心細かった幼い少年の心に光を差した。

そして次に続く言葉は少年には少しばかり重すぎた。


「お前さんはもう、この野原から抜け出すことはできんじゃろう」


















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