其の二・『キャベツ・ハクサイ』
感想感謝の二話目です。先輩(違)ありがとー!
「おお、カサぁ、こっちだこっち」
僕はその日、久々に友達から呼び出され川崎駅に来ていた。
西口の地下街を抜け目的の居酒屋へ急ぐ。
まったく、横浜やら浜松もそうだけどバスロータリーの真下に地下街作られてもパッと見の全体像がつかみにくくてたまったものではない。
かといって、名古屋やら広島みたいに繁華街に行くのにまた私鉄を乗り継ぐのも馬鹿げているが。
いや、決して地方在住の人をディスっているわけではない。念のため補足しておこう。
そうして辿り着いたのは居酒屋パクション。全国2,000店舗を構えると言う超有名チェーンだ。
予約していた友人の名を受け付けに告げている所で、我が友、成海乱亭が個室から顔をひょっこりと出し僕を呼び止めた。
「おう、久々だな、ナル!」
東京在住の僕と横浜在住のナル、その中間地点としてここ川崎で飲むのがいつもの通例だ。
成海乱亭ことナルとの付き合いは学生時代から、大分旧い間柄だ。
当時普及したばかりのインターネットで知り合った僕達。
かつては同様の友達も何人かいたか今でも付き合いがあるのはコイツくらだ。
昔から猪突猛進な熱血漢だったナル。
体育会系とばかり思っていたこの男が図面を片手に現場を飛び交う技術職に就くと聞いた時には笑いが止まらなかったのを今でもよく覚えている。
「あれ、ところで今日カオリちゃんは来てないのか?」
「いや……実はさ、今日カサを呼んだのはその事についてなんだけど……」
いまいち歯切れの悪い回答を寄越すナル。僕は頭のてっぺんに疑問符を浮かべたまま席に着く。
カオリちゃんというのはナルの恋人で、ナルと飲むときには大体いつもくっついてくる明るくて健気な、コイツには勿体ないくらいの良く出来た彼女さんのことだ。
ウチの華子は友達と飲みに行く、と言ったら「じゃあご飯作ってから出かけてね」という放任主義だ。ちきしょー、僕もダチに彼女自慢してーよ!
いや、まぁ上野原先輩みたいにしょっちゅうモデルみたいな美女集団を引き連れているようなのは逆に引いてしまうけどね。一人くらい紹介してくださいよ、と冗談で言った時にめちゃくちゃキレられたのを思い出す。見かけによらず独占欲が強い男だ。
さて、本題に戻ろう。
今日のナルはどこか様子が変だ。
髭が濃い? ……いやただ剃り忘れただけだろう。
シャツがヨレヨレ? ……クリーニングにちゃんと出せよ。
空のジョッキが10個ならんでいる? ……お前、ちょっとは友達待とうって気はないのかよ?
ふむ、とにかく様子がおかしい。
「なぁ、カサ」
「ん?」
「あのさ。実はさ……」
「あ、ちょっと待って。スイマセン、生中一つお願いします!」
「はいよろこんでぇぇぇ!」
混雑の割には素早い店員の対応、流石だ。
「わりわり、でどうしたんだ?」
「あ……やっぱり後で話すわ。先ずは乾杯だ」
なんか妙にそわそわしているナルを横目に僕は運ばれてきた生ビールを受け取り、店員に刺身10点盛り、茄子漬、豚しゃぶサラダ、自家製冷奴と天然塩、焼きほっけ、五目あんかけ焼きそば、サザエのつぼ焼き、ふわとろオムレツ、たこわさ、海老焼売、サーモンユッケ……いかんいかん頼み過ぎだ、を注文した。
いや、さ、何かカウンターに座っている怪しい機械を耳に着けたサングラスのお姉さんがめちゃくちゃ良い飲みっぷりしてたものでついついつられてしまったんだ。
なんなんだあの姉さん、焼酎の蜂蜜花梨割りを延々と泣きながら飲んでるよ。失恋でもしたのか?
◇◆◆◆◆◆
「改めて、乾杯!」
「かんぱーい!」
グラスを重ねる僕とナル。
思えばこの10年近くでコイツも変わったよな。
学生時代はもっとチャラチャラしていたようにも見えたんだけど、今では大人の風格が滲み出て来たというか、老けて来たというか。
まぁ、それは僕も一緒か。
それから1時間近く昔話や他愛無い近況を語り談笑する。
いつになく過去を懐かしむようなナル。
元カノの話、成人式の話、就職時の話、本当に懐かしい。
二度とは取り戻せない過去。
ただがむしゃらに生きてきた青春時代。
本当にあの頃の青い自分達が今は眩しい。
「おっし、カサ、そろそろ日本酒行くか」
「いいね。じゃ、僕は一ノ蔵で」
「おぉ、じゃ俺は久保田にすっか」
「久保田だと!?」
さっきのサングラスのお姉さんが突然ガタンと立ち上がる。
「な、なんなんだ……」
「さぁ……」
店員が僕達の目の前で升に日本酒をコトコトと注ぎいれる。
居酒屋パクション、チェーン店ながらもこういった対応はきめ細かい。
「なぁ、カサ。今日は大事な話があるんだ」
「だろうな。なんとなく分かるよ」
「実は……さ」
ナルは日本酒をくいっと飲み干すと徳利を右手に掴んだまま僕の目を真っ直ぐに見る。
「カオリちゃん、妊娠した」
「……ホントか?」
「ああ」
「……ナル」
「はは、まだあんまり実感湧かないんだけどな」
困ったように照れ笑いを浮かべナルは升に日本酒を並々と注ぎ込んだ。
妊娠――新しい命――父親。
身近に感じていたナルが急に遠くなるような気がした。
男として置いて行かれたようなそんな寂しさもある。
だけど、コイツは僕の大事な友達だ。
僕も日本酒を一口こくんと呑み込むと、ナルの目を見てゆっくりと口を動かす。
「おめでとう。しっかりやれよ、パパ」
◆◇◆◆◆◆
出産。結婚。そんなことは遠い未来のものだと思い込んでいた。
特定のパートナーと共に人生を歩む。
そして少しずつ家族が増え、暖かい輪が広がっていく。
僕にそんなことが出来るだろうか。
帰りの込み合ったJRに揺られただ茫然と考え込む。
僕と……華子。
2人で育む将来がうっすらと脳裏に浮かぶ。
結婚が幸せの結晶で、人生のゴール。そんな幻想を抱くほど僕はもう子供ではない。
だけど、華子となら……あの子とならそんな未来も歩んでいけるのではなかろうか。
僕は家路へと急ぐ。
すっかり酔いは冷めた。
今晩は華子とゆっくり話そう。
2人の将来に着いて真剣に語ろう。
そう強く思った。
そんな幻想が一瞬ありましたとさ。
帰宅した僕は鬼のような形相の華子に玄関に正座させられていた。
◆◆◇◆◆◆
「おかえり大ちゃん」
「ただいま華子」
僕は玄関の冷たい土間の温度を脛にもろに受けがたがたと震えながら華子の言葉を待つ。
「大ちゃん、これは何ですか?」
華子は皿に積まれた夕飯を指差す。出掛ける前に用意した今晩の夕飯だ。
「ぎょ、餃子ですが?」
至ってシンプルな焼き餃子。
こんがりと程好い焦げ目、暖めたばかりの湯気からは香ばしさが鼻腔をくすぐる。
奮発した平牧三元豚の挽肉と野菜。そしてニンニクをたっぷり利かせた自信作だ。
「ふーん。なんで餃子なのにシャキシャキ感が足りないんでしょうねぇ。はい、大ちゃん、レシピ言う」
「小麦粉は伊勢の響を使用。塩を少々、水をゆっくりと投入し捏ね、20分ほど寝かせてから均等に分け、片栗粉を打ち粉に平らに伸ばしました。焼き餃子用なのでなるべく薄目にね」
「うん、よろしい。では中身は?」
「調味料は酒、塩、醤油、鳥ガラ粉末、オイスターソース、ごま油。あとニンニクとショウガのみじん切り」
「うんうん」
「それと、豚ひき肉、ニラ……」
「うんうんうん」
「あとキャベツ」
「バッカモノがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「にゃふっ?!」
「餃子には白菜ってのが基本でしょ! キャベツだとベッタリして旨味が出ないのよ!」
「いや……それは好き好き。キャベツ派白菜派が主流だけどキノコ派タマネギ派だっているんだから……」
「言い訳しないの! わかるわ。たしかに白菜だと水分が出て大変だっていうのも分かるわ。でもこの水分は絞っちゃダメ。それでもねしっかりと油でコーティングして水分の流出を閉じ込めることでよりシャキシャキした食感が出せるのよ」
いや、そんなこと聞いてねーよ。
「大ちゃん。お願い、私大ちゃんの事好きなの」
「……華子」
「だからね。今夜は話そう」
「華子……」
やはり華子も、僕と気持ちは一緒だったのか?
「ゆっくり話そう、お互いの食の好みを。そしてしっかりと当たり前のふつーの料理を作れるようになって! 今夜は寝かさないわ!」
……チガウ、ボクガオモッテイルリソウ、コレジャナイ。
リハビリ作二話目。次話で完結です。
登場人物、店名はほぼ8割フィクションです。