85話 神官見習いとして・・・・・・
何度も床を叩き付け、せっかくポーションを飲んで気休め程度だが治っていたはずの拳から再び血が流れ始めた。
己の無力さにも泣いた、考えなしの自分にも泣いた、最愛の人達がこの世界から去った事でも泣いた。
そして、今は己の心の弱さに泣き続ける事しかできない。
自分が強ければアランの姿を二度も傷つける事は無かった。
自分が強ければその姿を邪神に二度も利用させる事は無かった。
自分が強ければ……自分の心が強ければ……そう心が強ければと。
心が強ければ、この世界に来た時から今日まで苦しむ事が無かったのにと。
そして、今回の戦いで自分はこんなにも愛されていたんだと、悲しみの中に優しさを見つけ嬉し涙も入り混じりだす。
そう、強さの答えは何時も三人から貰っていた。
スキルについて。剣術や闘気に魔力にと。
それを活かせる強い心が自分には無かった。
王都では妖精や精霊に助言を貰っている。
その助言が無くても早い段階で、自分は今の強さに至れたのだと今さらながら思い知る。
「俺が……俺の心がもっと強ければ……」
なんども心の中で思い、声が嗄れるほど叫び続けた言葉。
吐き出しきれない自分の全ての感情に声と身体が追いつかず涙も涸れ果て、黙ったまま一点を見つめ続ける。
「!?」
そんなシュンを優しく後ろから抱き締める者がいた。
「ルーファ!?」
「私には貴方様の心の中を全てを理解する事は出来ません……ですが、貴方様が倒した姿の者が掛替えの無い御方だと言うのは私でも分かります。差し出がましいのは重々承知でございます。それでも、今の貴方様のお役に立つのは神官見習いだった私に出来る事だと思います。どうか、貴方様の心の中を話して頂けませんか? 私は未熟者で奴隷に堕ちてしまった私は神官になる事は出来ません、それでも貴方様のお役に立ちたいのです!!」
シュンはルーファと向き合い、収納してあるポーションや包帯替わりになる布を出して、ルーファに応急処置をしてもらう。
ポーションは万能ではない。自己治癒能力を下げてしまうだけではなく、治らない傷だってある。
メイル式ポーションがあれば大抵の傷を塞ぐ事は出来る、その傷が開かない様に清潔な布を使って簡単な処置をする必要があるからだ。
処置が終わり、改めて今回の事を話し出す。
初めての旅で怖い思いをして、やっと辿り着いたアーレンと言う街で優しくしてくれた人達の話し。
『アーレン』と『剣聖ネイル』に『大魔導師メイル』そして『邪神』と言う単語を聞いて、目を丸くしたりして大きく驚くルーファだったが、直ぐに聞き役に徹して最後まで聞き続けた。
そして、話しが終わる。
シュンの悲しみを一生懸命に受け止め暫く考え込み。
「肉体は魂を納める器にすぎないのだと聞いた事があります。ですから貴方様は決して兄だと慕っていた方を二度も手にかけた訳ではないはずです。何故ななら、その方の根源である魂を傷つけた訳では無いはずです」
優しく包むような声、シュンの心を正しき在るべき方向へ呼び戻すためにゆっくりと語る。
「それに二度と仰っていましたが、自ら刺さったのと手にかけたのは全くの別の話しではないでしょうか? 確かに貴方様の握っていた剣でと言う事実は変えようがありません。ですが、魂を救い苦しみから解放をしてあげたのも貴方様だと言う事実も変わりません」
ルーファは何時しか膝をついて手を組んで祈る姿勢を取り。
「今回はメモリーモンスターに宿った邪神を倒したと言うだけで、貴方の慕っていた方の肉体と魂には一切何もしていないはずです」
俯いていたシュンは、真っ直ぐルーファを見た。
心は何時しか穏やかな方向に傾き、今まで焦りや不安でルーファを真っ直ぐ見ていなかった。
目の前の女性の表情はとても穏やかで優しく、今まで切る事も出来なかったのだろう手入れされていない青い髪。
「なので、貴方様が深くその事で悩み苦しむ事は、きっとその方を貶めているのに等しいと私は思います。ですから、その方の為にも悩み苦しむのは辞めて上げて下さい。貴方様が今して上げられるのはその方を思って差し上げる事のはずです」
そう言って微笑むルーファの姿は眩しかった。
聖女の様だと言う言葉は、こういう女性に相応しいのだろう。
ボロボロの服にボサボサに伸びた長い青い髪。
そんな姿でも美しいと思えるのは、彼女の心が美しいからだ。
「ありがとう。ルーファ……ルーファの御蔭でほんの少しだけど前に歩ける気がするよ」
本当は凄く救われた。それでも「自信を持って前に歩ける」とは言えなかった。
今までの自分を何度も振り返ると、前を向いて進むたびに直ぐに凹んでしまう姿を頭を過ぎってしまうから。
「御主人様……奴隷の身でありながら出過ぎた事を申して本当に、申し訳ありませんでした。どんな罰でも受ける覚悟はございます」
さっきとうって変わって深々と頭を地面に付けてくるルーファ。
確かに彼女は奴隷だが、シュンは彼女を奴隷として欲しい訳で彼女と契約した訳ではない。
あのまま放置していれば彼女の命は奪われていたからで、人命救助の一時凌ぎで契約しだけだ。
「ルーファ顔を上げて、別に俺は奴隷が……いや、君が欲しくて契約した訳じゃない。あのまま放置してたら君の命が助からなかっただけだからだ。でも今はこう思うよ。君を助けて良かったっと」
シュンの言葉を聞いてルーファは顔を上げ、目の前の少年の顔を見つめた。
彼女が目覚めた時に状況説明はした。
それでも、改めて言う必要がある。
そして、彼女の闇奴隷の刻印を消す事も言っておく必要がある。
「ルーファ」
「はい!」
「もう暫くの間だけ俺の奴隷で居てくれないか」
「それってどう言う事ですか? 私は売られるって事でしょうか?」
不安な顔を浮かべて聞き返してくるルーファにシュンは首を振った。
「このダンジョンを攻略したら君の刻印を解除するからだよ」
「!?」
目を大きく開いて、そんな事が出来るのかと言いたそうにしている。
そこで、シュンは刻印の解除方を知っている事と、もし仮に出来なくても解除できる人を知っていると付け加えて説明した。
最後の地価五十階に入る前に食事を摂るために食糧を出した途端に疲れがどっと出て、ルーファに先に食事を摂るように言った瞬間、電池が切れたかの様に突然眠ってしまった。
指示された通り食事を摂り終え、ルーファは眠っているシュンの頭を自分の膝の上に乗せた。
寝息をたてて眠るシュンの髪を撫でて、ルーファは優しく微笑み。
「……自分の心が弱いと思っている見たいですけど……充分に貴方様の心は強いですよ」
ダンジョンに一人で潜る人間はいない。居たとしても十階前後の様に低レベルな魔物がいる所だけだ。
それにしっかりとした道だからと言っても、一人で何処から現れるか分からない道のりを進んでいくと言うのは辛い。
なにより一人は心細いものだ。
一人でいると言う事は何倍にも恐怖を増幅させる。
普通の道のりならまだ良い方だ。何処かしら休める村があり、大きな街に向かって行く道のりでは商人とだって何度も擦れ違う。
行き先が同じなら同行する事だって出来る。
もちろん相手の信用を得るためにギルドカードを見せる必要があるが特に問題ない。
ダンジョンを一人で潜ると言う事は、孤独と言う名の恐怖に打ち勝つ勇気と、不足な事態に陥っても対処する事が出来る冷静さが求められ、パーティーなら交代する事が出来るが、一人で全てを警戒し尚且つ体力を回復させるために休憩をいれたりと、階を進む事に熟練の冒険者ですら出来ない程に難易度が一気に上がってしまう。
冒険者でないルーファですら、一人で進んで行くシュンの後姿を見て、彼の心の強さを理解した。
シュンが眠って時間が流れて行くにつれ、ルーファもウトウトしだすと通路の先から複数の足音が聴こえ、だんだん此方に近づいてきた。
「おい! 誰か居るぞ」
「!? シュンと誰だ?」
◇ ◇
シュンが目を覚ますとそこには、五人の男達がいた。そしてその中には見知って居る顔が一人。
「お!? おっさんが何でここに?」
ガイドは地下二十階までのはず……。
「何でって、そりゃあギルドマスターの命令で一時的に復帰しったんだよ」
アルフレッドのおっさんが経緯を説明してくれた。
その話しを自分の出来事と統合すると、地下四十九階……つまり今居る部屋に閉じ込められた時、ダンジョン全体にも大きな変化があったらしい。
それは、週に一度あるはずの『闇の日』が無くなったと。
闇の日が無くなっただけなら、マッピングしながら進めば良いだけなのだが、地下一階目のゴブリンが消え、地下二十階以上から現れるオークが地下一階目に出現したとの事で、急遽調査隊を送り込む事になりダージリンの街にいる中で一番腕の立つアルフレッドのメンバーに声が掛けられたのだ。
シュンがダージリンの街に訪れる少し前までは冒険者だったアルフレッドと、そのメンバー達はまだ近くに居たのが幸いしパーティーが復活した。
「俺も、おっさんが戦ってる姿が見たかなった……」
「何言ってんだよ、兄ちゃんの方が俺何かより強いくせに」
アルフレッドが照れてそっぽを向く。
ルーファはアルフレッドのメンバーと何か話しをしていて聴こえてくる会話からすると、ルーファが前にいたパーティーメンバーの話しのようだ。
「それにしても凄いな、おっさん達のパーティー……一ヶ月足らずで此処まで来るなんて……」
「ああ、それはな。地下二十階からは魔物が一切現れなかったからだ」
「ふぇ!?」
調査のために地下一階から地下四十九階まで隈なく探索し、地下四十九階に入って眠っているシュンに会う少し前まで魔物が現れなかったと。
それは、あれかな? 俺が邪神を倒したから魔物が現れたって事かな?
「なあ、兄ちゃん?」
「は、はい」
「あのルーファってのが言ってた事は本当か?」
シュンが眠って居る間にルーファが説明してくれたが、流石に信じるのは難しいだろう。邪神が現れたのはまだ信じられるが、少年一人で倒したとなると信じる者は居ないだろう。
「……はい、メモリーモンスターに邪神が憑依して、俺が倒しました……あの! おっさ、アルフレッドさんこの事は――」
「分かってるぜ兄ちゃん! ギルドマスター以外には口外しない……つーか誰も信じねぇわな」
真剣にアルフレッドの目を見て話すシュンに、アルフレッドは真剣に受け止め後半は頭を掻きながら困った表情を浮べる。
「だが、俺と俺の仲間は信じるぜ!」
「!? なんでです?」
「この部屋を見てみろ」
そこには無数の戦闘の傷跡が残っており、その激しさを物語っていた。
「普通なら戦闘の痕跡は直ぐに修復されちまう。その現象には説明はできねぇが、俺の冒険者人生の中で痕跡が残るのは見た事がねぇし。それにこんな激しい戦闘痕はダンジョンで初めて見たぜ」
そう、ダンジョン内なら戦闘の傷跡は直ぐに消える。
それにダンジョン外なら大きな魔法を使う事が出来る上に、街中なら建物や木々が壊れたりして誘発し二次災害等を生んで二倍にも三倍にも激しく見せるが、ダンジョンではそれが出来ない。
大きな魔法を使うと二次災害に自分が巻き込まれるため、純粋にその者の力が試される。
「暫くは残るが数日後には元に戻ってると思うぜ! だから後任の調査隊が来た頃にはすっかり元通りになってるはずだから、信じられるのは今此処にいる連中だけって訳だ」
シュンはアルフレッドの言葉に頷き笑顔を浮かべ。
「俺は、おっさんが信じてくれるだけで充分だよ」
「そうか。それで兄ちゃんはどうするんだ?」
このまま最後の階に進むか、アルフレッド達と一緒に街に戻るかだが……。
「俺は先に進みます。気に成る事が出来ましたので」
邪神が言っていた言葉が引っ掛かっている。
『もうこの場所など如何でも良いわ! 崩壊した後でゆっくり探せば良いのだからな!』
崩壊した後で、と言うのはこのダンジョンを指す。
と言う事は、あの邪神は何か目的があってダンジョンに居たと言う訳だ。
他の階は、おっさん達が隈なく歩いたのだから情報は後でも手に入る。
なら、最後の階だけ集中して探せば良い。
それでも見付からなかったら、一度街に戻って休んでルーファを解放してからでも遅くはないはず。
「そうか……」
「おっさん、暫くの間ルーファをお願いできますか?」
「ああ、兄ちゃんの奴隷なんだろう? 連れて行かねぇのか?」
「ええ、何があるか分からない所に連れて行くのは気が引けますから。それに、街に戻ったら解放してあげるつもりです」
「解放できるのか? 闇奴隷の刻印を持つ者を……」
「ええ、やり方は教えて貰いましたから……。それと念の為に俺に何かあった時の為に手紙を今書きます」
そう言って、その場で手紙を書く。
内容は刻印に蝕まれ苦しんだ時に、おっさんの奴隷に成るように血を飲ませる事、それとフェルニアにある商人ギルドのギルドマスターへの手紙を認め、そこで刻印を解除して貰えるはずと付け加えて手紙を渡した。
一段落して落ち着き。全員で地下五十階に向かって降り、シュンを残して順番に帰還結晶で街に帰っていく。
「ルーファの事頼みます」
「ああ、任せな。兄ちゃんちゃんと帰って来いよ。俺のガキを見せてやるからよ」
「はい。絶対に見に行きます」
「ルーファ」
「え、御主人様!? 奴隷に御金を渡すのは……しかもこんなに大金……」
「その格好は刺激が強すぎるし、それに街に帰って充分に休んだら旅に出るから、ルーファもそれに相応しい格好をしなきゃだよ。次の目的地はクエリア共和国だよ!」
「!?」
「だから、恥ずかしくない格好で行こう。それに身嗜みに気をつけなきゃ駄目だよ! 女性なら尚更だよ」
「は、はい!! ……ですが」
「その先は帰ってから聞くから」
ですが私は奴隷の身とか言うんだろうが、どうせ帰ってたら解放するんだから関係ない。
アルフレッドとルーファを見送ってから、地下五十階を攻略すべく帰還結晶のある部屋から出ようとすると、闇の日が訪れダンジョンが動き出した。
どんどん執筆に躓いて来ました。
思ったように表現すると言うのは難しいですね。
そんな私の作品、異世界ってスゲェェェ!!(仮)を宜しくお願いします。




