82話 解き放たれた脅威
これから朝食を摂ろうとした矢先に、邪神がいる部屋から窓ガラスを割った様な音が鳴り、急いでシュンはリべレーションソードと壁に立て掛けてあったサンクションソードを剣帯に差して顔を覗かせ、シュンの顔は険しい表情へと変わる。
「ふはははは! ようやく呪縛から解放されたぜ!」
今まで言葉を発する事が無かったメモリーモンスターが高らかに笑い、部屋を出ようとしている姿がそこにあった。
「ルーファ君は此処から一歩もって……空間が戻ってる」
今まで道が途切れ床とほんの少しの壁を残していた空間が、通常のダンジョンに戻っていた。
シュンは急いで光の結界をルーファに張った。
「ルーファ、君はこの結界から出ないでくれ、空間が戻った事によって、他の魔物が現れるかも知れない。この結果があればアンデットは近寄って来ないから」
「はい……ですが御主人様――」
「もし他の冒険者が来たら、一緒に逃げるんだ」
シュンはその言葉を残し、邪神に向かって行く。その後ろ姿を見てルーファは言葉を飲み込んだ。
ルーファが云いたかった事は、闇奴隷の契約でシュンが命を落とせば自分も死ぬと……だが、必死に自分を守ろうとするシュンの姿が、彼女に言葉を飲み込ませたのだ。
「どうか生きて下さい……御主人様」
角を曲がって消えたシュンには届かないが、ルーファはシュンが居た場所に向かって呟いた。
「エアカッター! ラピッド・エアカッター」
「ふん、遅いわ! !? 甘い!」
通常のエアカッターを斬り、その後ろから息を付かせないエアカッターが邪神目掛けて飛んでいくが、それも容易く切り払われる。
「はあああああああああ! ぐ! ぅうおおお!」
二つのエアカッターを斬った直後にシュンがリべレーションソードで斬りかかるが、それも見越していたのだろう、その剣撃も軽く防ぐが、シュンもその攻撃が防がれるのを見越し、防がれる時に生じる力を利用して、上へ飛び上がり邪神を通り越す瞬間に背中に一撃入れようと剣を振る。
「貴様の動きは手に取る様に解るわ!」
「ちっ! まだまだああああああ」
更に一撃、二撃と連続で攻撃するが、力乗り切る前に防がれてしまう。
「!? これって」
「ほう、勘の良い奴だ。そうだ、貴様が使っていた奴だ。余りにも見事だったので使わせて貰っているぞ。ふふふふ」
「……御前は何者なんだ?」
「愚問だな。既に貴様の中で答えが出ているだろう」
そう、俺は知っている。いや知っていると言うより今確定した。
こいつは、アランさんの姿をしたあの忌々しい邪神じゃない事を。
そう、『こいつは、新しい邪神だ!』
何故ここに居るのか解らない。
だが許せないのは、また俺の最愛の兄と呼べる存在の姿で現れた邪神の姿が気持ちを昂らせた。
「良い表情だな。そんなにこの姿が嬉しいか? 我も嬉しいぞ。その苦痛に歪む姿がな」
邪神が剣を縦に振り抜き、その軌道を追いかける様に一陣の風が衝撃波となって飛んで来る。
「ぐ!? 斬撃が……」
今までどんなに素早く振っても飛ぶ事が無かった斬撃が飛んだのだ。剣と剣がぶつかり合った時の衝撃で周りが壊れる事はあったが攻撃として飛んだ事は無い。
似たような現象ならシュンでも出来る。剣を振り抜く時に無詠唱のエアカッターを剣から放つと言う方法でだ。
そう、【魔力を飛ばす】と【闘気を飛ばす】と言う現象には大きな違いがある。
闘気を纏った状態で魔力を飛ばすと大なり小なりあれど、闘気への意識が薄くなり身体強化が疎かになる。
だから闘気を纏って斬撃を飛ばす事が出来ると言う事は、闘気だけで中近距離を支配出来ると言う事。
即ち、身体強化が疎かにならず。魔力も減らない。魔力を使うと言う事は、己の肉体と魂を繋ぎ止めている部分を消費するという事だ。
魔力を使い切れば魂が肉体から離れ死んでしまう。だが、闘気だけなら死ぬ事は無い。ただ気持ちがネガティブ思考になって弱気になるだけだ。
要するに奴が強気でいられる今の状況では、斬撃を無制限に飛ばせる状況だ。
「斬撃が飛ぶ何て……」
「貴様は出来んのか……くっくくくく」
優越感に浸りながら、剣を振り続けてくる邪神の攻撃を避けては、接近し斬り掛かるが軽く捌かれる度に斬撃が飛び、攻撃に転じた邪神の剣を受け止める度にも斬撃が追加効果で飛んで来る。その攻撃を受け止めるのと同時に身体を捻って回避した。
「くそ……」
「ふっふふふ。これじゃ貴様の得意な防御術が使えまい」
そう、ネイルさん直伝の相手の力を利用して後ろに下がると言う業が使えないのだ。
相手が振りぬいた軌道がそのまま斬撃に成ると言う事は、後ろに飛んで着地する場所が相手の剣の軌道に含まれているからだ。
「く……つぅ」
「ふははは。そろそろ防ぎきれなくなったであろう」
邪神の言う通りだ。今まで防ぎつつ回避してきたが、呼吸が乱れ休む暇が無い。文字通り呼吸を整える事が出来ない。
アランの教え通り、危険察知スキルをOFFにして五感全てを駆使して来たが、呼吸が乱れ酸素が薄くなっている今のシュンには情報処理が追いつかなくなり、薄皮を一枚一枚剥がす様に服が、皮膚が傷つけられていく。
ここで危険察知スキルをONに変えるべきか悩むが、ONに切り替え様とする度にアランの言葉とあの時の光景が脳裏に甦る。
『良いか、俺が使う悪意を見抜くスキルは観察眼に当たるが、別に眼で全て見ているだけじゃない。ただ俺自身の眼が優れているから現れたスキルなんだ。血の臭いを嗅ぎ分ける嗅覚と相手が嘘をついているか聞き分ける聴覚。それらを全部使った上で眼で観察する事に寄って精度が上がるんだ。
ならシュンの危険察知スキルはどうなるんだろうな? 俺の考えだと最終的に行き着くと、とんでもない事が出来るはずだ』
「ほう、最後の悪あがきか! !? 何!? 何の芸当だそれは?」
相手の構えと足運びで動きを予測して攻撃の軌道を予想し。
相手の息遣いでタイミングを計って力が乗る前に防いだ。
邪神が距離を取り、シュンを翻弄しようと速さで姿を隠してシュンが見付ける前に剣を振るい斬撃を飛ばす。
剣を振って斬撃が飛ぶ前に起きた空気を切り裂く音で場所を察知し。
斬撃より早く肌に触れた空気が揺れる感覚で斬撃の軌道を理解し、軽く半身になり軽やかに避けて見せた。
「ぐぬぬぬ! 貴様あああああああ」
今度は速さでは無く。魔法の類で姿を消し息遣いを絶ち。同じ様に斬撃を飛ばし、更に魔法による多方面からのシャイニングカッターを放った。
空気の振動で斬撃とシャイニングカッターを察知して数発を剣で防ぎ、他の攻撃を軽やかに避ける。
姿を消して移動してるとは言え、動いている空気の振動と無味無臭の相手とは言え、散々自分と近距離で打ち合った相手だ。相手に付着している自分の汗と血の臭いで場所を特定した。
「そこだああああああ!」
「ぐ!? 何故だ人間如きが我の居場所を……貴様は獣か!」
「御前を倒せるなら、獣でもいい!!」
「ふん! 貴様がどんなに守りに優れていようと、我の方が全てに置いて優れているのは変わりないわ!」
その通りだ。メモリーモンスターの時とは段違いに強い。スキルの豊富差、反応速度、素早さ全てに置いて向こうが優れている。
そんな相手にシュンの攻撃は当たる事は無い。
姿を消すのを諦めた邪神と真っ向勝負しても、防いでは攻撃の攻防戦だけがひたすら続く。
さっきまでとの違いはシュンの動きが洗礼され始めた事だろう。
打ち合いで防御しても飛んで来る斬撃を避ける姿は無くなっている。
斬撃を飛ばすためにはある程度の振り抜きと絶妙な力加減が必要だと理解し。攻撃の力が乗り切る前に先回りして防いでやれば良い。
そうすれば自分の力なんて微々たる物でも構わない。力が乗る前に防ぐ方法は散々ネイルさんに教えて貰い身に付いている。女性であるネイルさんが自信を持って俺に叩き込んだ術だ。
「へへ……」
「何を笑っておる! 我を愚弄するのか貴様!」
「いや……今まで使っていた業なのに、まだ無駄があったんだなってね」
シュンの不適な笑いに邪神は怒りが込みあがるが、別にシュンは馬鹿にしている訳ではない。
邪神が有利なのには変わりは無い。
ただ、今まで使っていた業が、まだまだ未熟だった事を痛感していただけだ。心の何処かでブレーキを掛けて力任せに防いでいた自分が可笑しかっただけ。
あんなにも、ネイルさんメイルさんと言って弟子だと思っていたのに。信じ切れてない自分に笑っただけの事だ。
「このこのこのこの糞ガキがああああああああ!!」
邪神が思う様に攻撃が出来ず力一辺倒に変わりだす。先程まで良く言えば知的に戦い。悪く言えば姑息な戦い方をしていた邪神の動きが、不満を撒き散らす子供の様な戦い方に変わった。
動きは単調で余裕が消えた事により、斬撃が飛ぶ事は無くなった。
それでも繰り出される威力は洒落に成らない。
振り下ろされた剣を避ければ床を抉り、その破片が四方に飛び散って壁に減り込む。
「くぅ!」
繰り出される剣は容易く防いだり回避したり出来るが、無数に飛び散る破片の対処に苦戦し。状況が一遍して防戦一方になった。
「ふはははは。そうか、そうであったか。我もまだまだ未熟であった。貴様を倒すのはこれで充分であったか。そうら、どんどん行くぞ! もっと表情を歪ませる姿を我に見せるが良い!」
最初は不満を撒き散らすだけの見苦しい行動だったが、シュンの表情が変わった事に気付き、調子を取り戻した。
さっきまで単純な剣撃を避けて四方に散る残骸を避けるのに集中して何とか堪えていたが、今また全てに集中を余儀なくさせられ、気を抜く暇が無くなり。
「く! ぬお!? ぐ! ……がは!?」
「そらそら! さっきまでの威勢はどうした!」
じわじわと痛めつけられ、意識が遠のいていく。そして、反撃が出来ぬまま一方的な展開になった。
「貴様の身体は我が使ってやる。安心して心を折るが良い! ふはははは!」
この邪神の狙いはシュンの身体にある様だ。アランの身体でアランの身体ではない。そして、あの時戦った邪神とは違う。解りきっていても再確認させられる。全くの別のタイプの邪神だと。
あの時戦った邪神はアランの身体で満足をしていた。
だがこの邪神は満足していない、それはメモリーモンスターの身体だからか……。
それとは別の理由があるからなのだろうか。
ただ一つ言えるのは、あの時の邪神より剣術に秀でていると言う事だけだ。
アランの剣術を真似て使い、剣を創りだして二刀までやって見せたアイツでさえ剣撃を飛ばす事は出来なかった。
幾らあの頃のシュンがネイル達に劣っていたとは言え、今ならあの頃の邪神がどれだけ強かったのかは理解できる。
人の心を利用して弄び踏みにじったあの邪神は最終的にアランの身に着けた剣術に溺れ倒れた。
だが目の前にいる邪神は己の剣術と力で戦っている。言うなら戦闘に特化した邪神である。
剣術だけならネイル以上だ。魔法と知略に限ってはメイル以下だ。
言葉遣いは古臭くて、あの邪神と差ほど変わらないが性格が悪質で子供じみている。
「がは!? …………うぅ」
「そろそろ、その身体を貰い受けるぞ!」
壁に打ち付けられ吐血し身体が上手く動かなくなったシュンに、邪神はゆっくりと歩いて近づいていく。
なかなか上手い表現が出来ず、困りました……。
こんな私の作品、異世界ってスゲェェェ!!(仮)を宜しくお願いします。




