家違い
深夜二時頃。草木も眠る丑三つ時。まあ現代じゃこんな時間はバリバリ起きてる奴も多いが、私とにゃんぱちはぐーすかと眠っていた。が、それを遮るかのように、ピンポンとチャイムの音がした。
「にゃんだあ?」
床で寝ている猫又のにゃんぱちが、そんな声をあげた。私も全く同じ感想である。とはいえ、なにか急な用事だったりしても困るから、出ないというわけにもいかない。ベッドから降りて、玄関に向かう。にゃんぱちもすぐ後をついてくる。まあにゃんぱちがついてくる件はどうでもいいけど。
「どちらさま?」
と、私はドアを開けた。開けたといっても、ドアのチェーンキーはつけたままだけどね。なにが起こるか分からない世の中だし。で、キーチェーンの向こうに見えたのは――フードをかぶった骸骨の顔だった。要は死神が、ドアの向こうにいたのである。
「お迎えに参りました」
と、死神は言った。死神が言うお迎えとは当然、くたばる時間がやってきたということなのだろう。
「…………嫌」
当然のように私が拒否すると、
「嫌とおっしゃられてもね、工藤さん。こういうのは私個人の裁量でどうにかなるもんではないんですよ。申し訳ありませんが、一緒に来ていただきたく思います」
「工藤さん?」
「工藤太郎さんでしょ?」
「いやいやいや。千本橋。千本橋京子だから、私」
「あれ?」
死神はそう言うと、手帳を取り出して確認を始める。
「工藤さんはお隣のじいさんじゃん」
と、にゃんぱちが口をはさんだ。そういえば、隣の家に住む一人暮らしのじいさんがそんな名前だったような。
「あっ本当だ。家を一個間違えてる」
と、死神は言った。
「全く。びびらせないでよ」
私はほっとしながら言った。どうやら、くたばるのは私じゃないようだ。とはいえ。
「なに、となりのじいさん、今日死ぬの?」
「ええ、午後ぐらいです。心臓麻痺で」
「そゆことしゃべっていいのかにゃ?」
「あ」
死神は自らの口をふさいだ。家の間違いといい、どうにも仕事が出来ない奴らしい。
「死ぬのが午後なら、こんな時間にまだ訪問しなくてもよさそうなもんだけど」
「身内の方がいるような方の時は、お別れの邪魔はしませんよ。ちゃんと死んでから魂だけご案内に来るんですけどね」
「独居老人は別なわけ?」
「どうせなら事前に覚悟を決められた方が親切ですし――こっちも、生きてる間に色々手続きやら説明やらすませておいた方が楽なもんですから」
「なるほどね」
私は肩をすくめた。
「合理化の時代だにゃー」
「そゆことです。それに、喜ばれることが多いんですよ」
「まあ、先に分かった方がまだいいかもね」
「それもありますが、まあ、なんといいますか。孤独が紛れるっていうのもあるみたいです」
「あー」
「孫が来たみたいに歓迎されてね、お茶まで出されてゆっくりすることもあるんですよ」
「死神が歓迎されるって、嫌な時代だなあ」
「孤独な生よりは誰かと共に待つ死ってことかもしれませんよ……おっと」
死神は、ローブの中から懐中時計を取り出した。
「そろそろ行かないといけないので、失礼します。おじゃましました」
ばたん、とドアが閉まった。私は鍵を回し、ドアをしっかり施錠した。用心のためもあるが、死神に開けられたドアを半端に開けておくとまた入ってこられそうな気もした。
「また真夜中にろくでもない客だこと」
寝室に歩きながら、私は言った。
「確かににゃー、あればびびるぜ」
「びびるっていうか、その後の話がさ」
「……あんたみたいなアラサー独身だとひとごとじゃないかもにゃ」
私はにゃんぱちを蹴っ飛ばした。本当のことでも、言っていいことと悪いことがあるのだ。