工事現場の青鬼
にゃんぱちを連れて街を歩いていると、工事現場を通りかかった。この手の工事に詳しいわけではないからよくは分からないが、どうやらお決まりの道路の補修でもしているようである。鬼やら見上げ入道やら人間やら、種々の連中が混ざって働いている。
そんな様を眺めながらゆっくりと歩いていると、にゃんぱちが、
「あ」
と言った。
「どうしたのよ」
「あの、青い鬼にゃ」
にゃんぱちが指した方向には一人の大きな青い鬼がいた。
「あれがどうかしたっての?」
「こないだ公園で会った鬼にゃ」
「あー……」
ちょっと前の夕刻頃、公園で鬼の子と遊んでやった――いや遊んだことを思い出した。その時に鬼の子を連れ帰りに来た親が、確かに、あの大きな青鬼である。
「あの時のおっさん」
「ここで働いてるんだにゃ」
「みたいね」
私たちはそんなことを言いながら、その場を去った。特に彼に対してやるべきこともなかったから、別になにもしなかったし言わなかった。この前のことをあらためて詫びたりするのも、逆に変な感じである
次の日。昼飯時になったので、飯を食べようと思って、行きつけのラーメン屋に行った。
「あ」
また、にゃんぱちが声を上げた。いや、私も声を上げていた。
例の青鬼が、一人でラーメンをすすっていたからだ。席がそのすぐ横しか空いていなかったので、私たちは、青鬼の横に座った。私がチャーシュー麺の煮玉子載せ、にゃんぱちが普通の醤油ラーメンを頼んだ。普段だったら、ラーメンが来るまでの間にゃんぱちとおしゃべりでもするのだが、なにしろコワモテの青鬼が横にいる。なんだか話もしずらい。
「お待ちどお!」
実際には数分の、ただ体感的にはもっと長く感じられる時間が過ぎて、ラーメンが来たので、私たちはラーメンをすすりだした。青鬼もまだ、ラーメンをすすっている。が、もちろん、私たちより早く食べ始めていたということは、よほど食べるのが遅くなければ早く食べ終わるということで、私が半分も食べ終わらないうちに、鬼は、
「おかんじょう!」
と店主に声をかけ、立ち上がった。私はなんだかほっとした気分になったが、それを表には出さないようにして、ラーメンをすするのを続けた。
その十分ばかり後、私とにゃんぱちは、ラーメンを食べ終わって店を出た。店の外に出ると、例の青鬼が待ち構えていた。私は機先を制し、
「なにか?」
と言った。
「いや、その……」
青鬼は言いよどんだ。
が、顔をぽりぽりとかいたあと、続けた。
「この前はすまなかった」
この前とは、子供と遊んでいる私たちを怒鳴りつけてつんけんな態度を取ったことを言っているのだろう。
「ああ、いえ。別に。気にしてません」
嘘である。「施しでもしたつもりか」と言われたことで、思ったこと自体はあるのだ。ただ青鬼に恨みがあるわけでもない。私は続けた。
「あの時あなたの言ったことに心当たりが全くないわけじゃないから」
「……あの鬼の子と遊んだ時に「施してやる上から目線」があったかもってことかにゃ?」
と、にゃんぱちがよせばいいのに具体的な方向に話を持っていく。
「…………」
「…………」
お互いに沈黙が流れたので、しょうがないから話を変えた。
「地上には出稼ぎに?」
「ああ」
「どんな感じです?」
「地獄で働くのもたいがいだったが、こっちの労働環境も地獄だな」
「でしょう、ははは。地獄の鬼の人が過労死したらどこ行くのかなあ」
「さあて、な。……昼休みも長くないから、職場に帰る」
「工事現場に?」
「……見たのか?」
「ええ、たまたま」
「そうか」
青鬼はそう言って、歩き出した。が、歩きながら首だけをこちらに向けて、
「機会があったら息子と遊んでやってくれ」
とだけ言った。
「うえっぷ」
青鬼が歩き去ったあと、にゃんぱちがげっぷをした。風情のない奴。