畑の人
私は千本橋京子27歳独身。……なんだかこの始め方もマンネリしてきたけどとりあえず続ける。
今日は猫又のにゃんぱちを連れて能名市の郊外を歩いている。市街中央部の喧騒とは対象的に、畑が広がる静かな風景だ。セミのミーン、ツクツクという声がよく聞こえる。
歩いていると、一つ、からっぽの畑を見つけた。からっぽというのは、つまり、なんも植えてない畑ってことだ。一面を覆い尽くした土が、雑草の邪魔すらもなく表向きになっている。
「ほったらかしの畑なのかしら」
「でも、その割には草ぼーぼーじゃにゃいぜ?」
確かに。放置された畑っていうのは、十中八九、除草なんかもさぼっているから雑草やらなにやらがぼうぼうに茂っているものなのだ。だけど、この畑はそういうわけじゃない。草はしっかりと取られていて、耕されてもいる。放っておかれてる、というわけではない。
「あ、あれを見るにゃ」
と、にゃんぱちが言った。その二股の尻尾で指した方向を見ると、畑の中央に、一本だけ、苗が植えてある。
「まさかあの一本だけを育てるために、この畑があるってわけ?」
「ぼくに聞いても分からんにゃ」
「……近くで見てみようか」
「……うむ」
私たちは、そっと畑の中に足を踏み入れた。出来るだけ、元の形を崩さないように気をつけながら畑の中を歩き、やがて、苗のすぐそばまで来た。
にんじんに似たような形の葉っぱが、地上にちょこんと顔を出している。ただし、その大きさが普通じゃない。
「おっきいにゃー」
そう、近くで見るとかなりおっきいのだ。葉っぱだけでも渡りで三十センチはある。これが人参だとしたら相当にでかい化物にんじんだ。
私は、好奇心に誘われて、その葉を触ってみた。が、触った瞬間。
「こらっ!」
という声がした。私とにゃんぱちは、辺りをきょろきょろと見渡した。畑の中にいるのが、近所の誰かか、畑の持ち主にでも見つかったかと思ったのだ。
だけど、辺りを見回しても誰もいない。おかしいなあ、と首をかしげつつ、私は、もう一度葉っぱに触ってみた。
「いい加減にしろ!」
という声が、またした。また、辺りを見回した。やはり誰もいない。
「……あんたが言ったの?」
「にゃんでぼくが言う必要があるにゃ」
「言ったのは私だ、私」
先ほどと同じ声がした。
そして――目の前の苗が、うごうごと動き出し、ずぼりと、抜ける。
葉っぱの下の本体が、地上に出、私たちの眼前に姿を現した。それは、植物と人間が混ざったような奇妙な生き物だった。奇妙な人は、言った。
「さっきから人の家に勝手に入って、人の頭を勝手につついて。いい加減にしてくれんかね」
「は、はあ。すいません」
「ごめんにゃさい」
実際、こちらに全く理はないので、こう怒られたら謝るしかない。
「すぐに出ていきますから」
と、私は更に謝った。
「全くだよ。大体、不法侵入で警察沙汰にしたっていいぐらいなんだから」
奇妙な人はかなりおかんむりのようだ。これ以上長居して、本当に警察沙汰にされてはかなわない。こんなくだらないことで前科をつけるのはごめんである。私とにゃんぱちはぺこぺこと謝りながら、そそくさと畑を去った。
「あー、びっくりした」
「まさかマンドラゴラだったとはにゃー」
「マンドラゴラ?」
「ほら、土の下が亜人になってる植物」
「……あ、あれか。でも日本の妖怪じゃないはずだけど」
「明治ぐらいから入ってきてるから、今じゃ普通に見かけるらしいにゃ」
「だったらあんたも、その可能性を指摘してよ」
「うっかり忘れることぐらいあるにゃ」
「大体、あのマンドラゴラも悪いのよね。あんな普通の畑みたいにしといて。立ち入り禁止の私有地ならそう書いた看板でも出しときゃいいのに」
「まったくだにゃ。ガラス張り家に住んで見るなって言ってるのと同じにゃ」
「ねー。私たちは悪くないわよねー。」
と、私たちは自分たちの不法行為を棚にあげて、マンドラゴラを責めるのだった。まあ、別にそれだけの話である。