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美形なやつ

 私の名は千本橋京子。27歳独身。

 ……いい年です。はい。

 んでさあ。この年齢になるとどうしても思うことがあるわけよ。

 ぶっちゃけると。ねえ。


 男が欲しいです。

 

 はい。直球で。結婚を思い切り前提にした。お金持ちの。真面目な旦那様が。

 欲しいです。


 そんなことを考えながら、私は今日も街を歩いている。ペットの猫又、にゃんぱちを肩に乗せて。

「ふう……」

 繁華街の雑踏の中を歩きながら、私は息をついた。

「どったの先生?」

 と、にゃんぱちが言う。

「バックスバニーのものまねはやめてよ。似てないし」

「ぼくのは富山敬の方にゃんだってば」

「私は若いから山口勝平しか知らないわよ」

「若いって年でもにゃいだろ……ぎゃっ!」

 鉄拳を顔面に炸裂させてやった。しかし、にゃんぱちはしぶとくも肩から落下せずに、

「ともあれ、ため息の理由を聞かせて欲しいもらいやしょうかい」

 と言ってきやがるので、私は、

「いつも通りよ」

 と答えてやった。

「つまり「この私にふさわしい男がいなーい」ってやつ?」

「そうそれ。釣り合う男がろくにいない」

「へ?」

 そう言いながら、にゃんぱちはわざとらしく辺りを見回す。

「いくらでもいるじゃにゃい」

「それはあんたの主観」

「でもあんたもう二十七歳だろ。あんま高望みしてると」

「行き遅れるって言いたいんでしょ」

「そーそー」

 それはまあ、間違いのないことだ。あまり相手に多くを望めるような年齢でもないのは確かである。反論に窮した私は、にゃんぱちを振り落とさんばかりの速度で、すばやく歩きだした。

 すると、なんということでしょう。

 私の視線の先に、鼻筋が通った身長百八十センチの美男子が現れたのだ。ちょっとクォーター入った感じのいい男。

「見てよ、あれ」

 私は思わず、美男子を指さし、にゃんぱちに言った。

「あー……」

 にゃんぱちは美男子をよーく見たあと、

「やめとけ」

 と言った。実に冷めた態度である。

「なんでよ」

「あんたにゃ無理にゃ」

 私には釣り合わない相手だと、この猫又は言いたいようであった。

「んなことやってみなくちゃ分からないでしょう」

 私はずんずんと人混みをかき分けて歩き、美男子の元へたどり着く。そして、

「あのっ」

 と声をかけた。すると美男子は低くダンディな声で

「なにか御用ですか、素敵なお嬢さん?」

「あら、正直な方」

「どこが正直だ、どこが……ゲフッ!」

 余計なことを言おうとしたにゃんぱちに、本日二発目の鉄拳をお見舞い。流石に参ったようで、にゃんぱちはずるりと、私の肩から落下した。

「美しい物を讃えないことは罪ですからね」

 と、美男子は、歯の浮くような台詞を当然のように言いこなす。それが嫌味にならないのだから、どれだけのハンサムかは想像に余りあるだろう。

「あらあ」

「もしよろしければ、そこのホテルのレストランでディナーでもいかがです?」

「はい……」

 私の心はもう決まっていた。ホテルでディナーの後は、ベッドインして、その後はゴールイン。間違いなく、素敵なマダムライフが待ってるわ。


 既に夕飯時だったので、美男子と私は、連れ立ってホテルの最上階にあるロイヤルレストランへと入っていった。うすぎたない糞猫は当然外で待ちぼうけさせた。

 ホテルの最上階からアリの街のような下界を見下ろしてのディナーは、最高だった。といっても、味の方はそんなに記憶に残ってたわけじゃない。だって、ねえ。この状況なら誰だって、ディナーそのものよりも「その後」のことの方に頭が行っちゃうのは当然だ。

 ともあれ、バクバクと――ではなく、出来るだけ上品に行儀よくディナーを食べた。印象は出来るだけよくしておかないとね。ディナーを食べ終わって、ほろ酔い加減になったところで、美男子が、

「そろそろお部屋に行きませんか?」

 と言いながら、私の手を取ってきた。

「はい……」

 私はもちろん、熱い眼差しを送り返して同意する。その時の私の頬は火照っていたに違いない。


 部屋に着いた。もちろんスウィートルーム。豪奢でふかふかなダブルベッドにきらびやかでかつしつこくない装飾。自腹ではなかなか入れないような部屋だ。一生無理かもしんない。私は部屋に入るなり、

「わあ、素敵な部屋。……じゃ、シャワーを浴びてきます」

 と、美男子にサインを送った。つまり、一発やりましょうってことだ。美男子もほほえみでそれに返してくる。つまりは、イエスということだろう。

 やったやったやった。これで既成事実は作れたも同然だ。

 私は、超特急で服を脱ぎ捨て、シャワーを浴び、お湯をふくのもそこそこに、ベッドに転がりこんで、彼を待った。

 彼はすぐにやって来た。そして、その素敵な顔を近づけてきたので、私は思わず、まだ濡れた手で、その顔をさすった。

 ――それがまずかった。少なくとも彼にとって。その端正な顔立ちが、まるで粘土細工のようにぐにょりと溶けてしまったのだ。

「うげっ」

 私は思わず声を出し、体を起こし、ベッドの上を後ずさった。

「どうしたんです、お嬢さん?」

「自分の顔、鏡で見てごらんなさいよ」

 私はベッドの近くにあった手鏡を、美男子――いやもう美男子じゃないから男でいいや、男の方へと向けた。ぐにゃぐにゃに溶けたその顔が、鏡に映っている。

「くそ、なんてこった」

 男はそう言うと、タオルを取り出し、偽りの顔を拭きとった。そして、その下から本当の顔が――現れない。ハンサム顔の下は、なにもない空白があるのみだった。

「……あんた、のっぺらぼうね」

 妖怪が当たり前にいる世界で、ペットに猫又を飼っているこの私だ。顔になんもない奴を見たら、のっぺらぼうだろうとぐらいは思う。

「当たりだ。変装して、お前みたいな盛った女を引っかけてはおいしくいただいてたのさ」

「変装向きの顔だもんねえ」

 と私はため息をついた。顔に余計な物がなんにもないのっぺらぼうは、この上なく変装向きの人材、いや妖怪材だろう。

「で、これからどうする気?」

「こうなったら、もう覚悟を決めようぜ? どうせ力づくならこっちの勝ちだ、下手に逆らって痛い目あいたくねえだろう」

 そう言ってのっぺらぼうは、私に向かって迫ってきた。が、次の瞬間。

「あんが!」

 と声を出し、前のめりにぶっ倒れた。彼の股間に、私の金蹴りが炸裂したのだ。

「人間だと思って甘く見ないでね」

 自慢じゃないがこの千本橋京子、腕っ節ならそこらの男や妖怪に負けやしないのだ。


 私はさっさと着替えると、すぐにエレベーターから地上に降りた。ホテルの入り口には、もうあまり人気がない。ただ、ふてくされた顔のにゃんぱちが待っているばかりだった。そして、私を見かけるなり、

「どうだった?」

 と聞いてくる。

「さいてー」

「下手だった? それとも小さかった?」

「それ以前の問題よ」

 私はかくかくしかじかと、これまでの経緯を説明した。

「にゃははははは。うまくだまされたってわけだ」

「ったく。危ないところだったわよ」

「強姦かにゃんかで通報しにゃいのか? 人型妖怪は人の法律適用されんだぜ」

「美形だと思ってホイホイ着いてったらのっぺらぼうでした、なんて言えるわけないでしょーが」

「にゃはっははは。そりゃ言えねーにゃ。にゃはははははは」

 にゃんぱちの笑い声が、いつまでも夜の街に響いた。


 ――そんなわけで私は、今でも恋人募集中である。

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