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最後の切り札 2

side徹



「大丈夫か?菫?」

「うーん、とりあえず、私一人ぼっちじゃない事は分かった」

……。こいつ、絶対に今の状況を確実に把握していないな。それだけは確実に分かる。

「ところで、今はどうするんだったっけ?」

俺は菫の耳元で囁く為に身を屈める。本当に危機感がない奴だな。そこが可愛いと言えば可愛いんだけど。

「そうだった。ごめん」

俺はコツンと菫の頭を小突く。俺か兄貴と菫の時は、誰が一緒にいるのか悟られない為に名前を呼ぶ事を止めることにした。

葉月がいるときはなるべく呼ばないように気をつけることにしている。

幸い、俺と兄貴の声は似ているから、盗聴器で聞こえているだけならその場しのぎには十分になりえる。



「それと……もう一つ約束があっただろう?」

「分かってるよ」

菫は俺に向かって相槌を打った。俺達が立てた作戦その二。

それは話せる範囲でフランス語で会話をする……それだけだ。

今日俺達が調べた情報では、大学時代黒木はドイツ語を第二外国語にしていた事が分かっている。

一方の菫は幼稚園に入る直前まで、オーストリアで暮らしていた。

その為、英語もフランス語もドイツ語も会話であれば困る事はない。

隣で暮らしていた俺達も、知っていて損はないと言う事で菫の両親に教えられている。

葉月も辛うじてフランス語なら俺達と会話は出来る。だからフランス語で不自由はない。

ただ、これが文法になるとフランス語とドイツ語が少し不安になるらしい。

長期の休みにホームステイで現地で生活する位には問題は起こらないという程度だ。



「しかし、国内でフランス語生活するなんて……」

「そこは、俺もそうなんだけど。菫……」

「分かってるよ。これで、あの人は焦るのかしら?」

「恐らくな。そこが兄貴の狙いだし。葉月にしてももう少し黒木の事を調べるって言ってただろ?」

「そうなんだけども……。自分が何もできないのが悔しいってのが本音かな」

「それは俺なりに分かってるつもり。けど、お前が自ら危険な事をすることはないだろう?」

「分かってる。分かってるけど……」

そう言うと、菫は唇をかみしめる。まあ、気持ちは分かるつもりだ。

俺だって、菫が辛くないようにどうにかしてやりたい。

あいつ……単なる幼馴染の俺達を穿った目で見たのだから。許せるものではない。



リビングテーブルで俺と一緒に学校の課題を解いている幼馴染の姿をチラリと横目で捉える。

こいつは、兄貴から何かを言われたのだろうか?それとも……兄貴は何とも思ってないのだろうか?

手を伸ばせば、抱き寄せて腕の中に閉じ込められる距離間だと言うのに、こいつは警戒すると言う事をしない。

それは喜ぶべきことなのか?それとも悲しみ嘆くべきなのだろうか?

こいつが……菫が動けが、今のバランスが脆く崩れること位分かっている。

今日の事件が、今まで俺達が見て見ぬふりをしていた事を、表に引き摺りだした。



「菫……。いいや。何でもない」

「変なの。宿題が分からない?そんなことないか」

躊躇っている俺をおかしいのって顔をしながら菫は見つめる。

そんなに見つめられたら、これ以上自分を維持できなくなる。

リビングから見えた、風船葛を見る為に俺は窓越しに近付く。

風船葛……フランス語だとなんだ?分かんないものは日本語でいいか。

「なあ?こないだ植えた風船葛はどうなった?」

「外にあるわよ。順調に成長している」

俺が日本語で聞いたのに、菫はのん気にフランス語で答える。こいつも風船葛のフランス語名知らないんだ。

「リビングからでも見えるでしょう?外に出る?」

「いいや。見えるからいいや。本当に大きくなったな。これだと期末テストの頃には花が咲くんじゃないか?」

内容的に問題ないから俺はあえて日本語で聞いている。

「そうだといいね。でも……いいのかな?今」

「平気だろ?日常会話だし」

俺は聞かれて困るものでもないだろ?って聞いてみたかったけど、その言葉を飲み込んだ。

それを口にしたら、菫は俺を意識するだろう。

折角二人きりで過ごしているんだから……もう少しこの時間を楽しんでもいいだろうか。



それよりももっとこのゆったりとした時間を独占したくなる。

少しでも自分の願望が満たされると、そのハードルはどんどん高くなる。

手で触れて大丈夫だって伝えたい。それがクリアしたら腕の中に閉じ込めたい。

気持ちを伝えて俺のモノにしたくなる。気持ちを緩めるとそこまで一気に考えてしまう自分がいる。



今はまだその時じゃないのに。それを誰よりも自分が分かっているはずなのに。



外のプランターには、芽が無事に出て順調に成長している風船葛が目に留まる。

この花が咲くころには俺達の関係が変わるのだろうか?

それとも……何も変わらない……生殺しのままなのだろうか?



いつもなら、浮ついている俺なのに、今日は不思議と不安だけが降り積もり溜まっていく。

切っ掛けは、本当に些細なことのはずなのにその不安に俺の中でどんどん大きくなっていく。

それでも言える事はたった一つだけ……菫の事が好き。誰が邪魔しても、その気持ちは変わることはない。

俺が意識しているのは、恐らく黒木先生ではなくて、兄貴。

兄貴に出し抜かれたくはない。負け戦かもしれないけど、菫が欲しい。

全てを失ってもいいから、菫だけが欲しい。こんなにお前の事を想っているのに、お前は気付かない。

徐々に蝕んでいく俺の心。完全に壊れてしまう前に、全てが解決できるように祈るしかなかった。

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