二面相
歴代最強と謳われる代163代教皇。
彼には初めから選択肢などなかったというのに。
教会歴1326年時華36年
?????
御業、と呼ばれる術がある。言葉の通り皇家の血を色濃く受け継ぐ者だけが使うことのできる不思議な力だ。
目の前の男によると、俺はその力を継いでいるらしい。
その話はあまりにも突飛すぎて、聞かされたとき俺は笑いが止まらなかった。
「君は先代後が残ってるってこと。」
目の前の男は自分は殺されないと勘違いした目で蔑み嗤う。
「確かに俺には父親なんて存在しねぇ。だが、それがどうして皇家なんてものに繋がるんだ?」
底辺出の俺に皇家なんて、全く関係のない突飛な話を。
今になって何の用だ?この男は一体何者だ。
いらだちを隠さずににらみつける。すると男は待ってましたとばかりに口を開いた。
「ごめんねぇ~ボクが教皇になるのに時間かかっちゃって」
教皇。このクソみたいな土地を治める者の名前だ。
皇家の次は教皇か。どんどん大きくなっていく話に俺の頭はパンク寸前だ。
暗い部屋に閉じ込められ、日付の感覚も既に無い。
「これは夢か?」という問いは、もう何度も繰り返した。
醒めない夢など有っただろうか。
「じゃあ、いこっか。」
手を取られ、縄を切られ、引っ張られ立ち上がる。
いきなり拘束がとれ、まだ混乱する俺など構いもせず部屋を後にしようとする。
一体こいつは何がしたいのか。
路地裏で急にまぶたが重たくなり、気がつけば窓も何もない部屋に閉じ込められ、放置。
定期的に食事は運ばれてきたが、会話はない。
扉が開いたと思えばいきなり話し出した男に、連れ出されようとしている。
やめろ。触るな。嗤うな。蔑むな。
その手で、声で、目で、俺を認識するな!!
ザクザクッ…‥ドッ…‥
不意に周囲に「風」が現れる。室内だというのに、前にいる「物」を切り刻まんと襲いかかる。
同時に、後悔の念が芽生える。
アア、マタヤッチマッタカ…
自分が激すると、人が死ぬ。
簡単だ。殺したいと、願えばいい。
すると何かの力が働いて、人はいとも簡単に死ぬ。
息を詰まらせ、切り刻まれ、血を吹き出して。
目の前にころがる紅い物体。それがまだ人間だと分かるのは、手加減ではない。
単純に、我を失わなかった。それだけだ。
しかし、今のメチャクチャな会話からでもこいつが皇家の人間であることは分かった。
次期教皇、もしかしたらもう既に教皇かも知れない。
十中八九、いや絶対にすぐ、逃げなければいけない。
しかし遺体はどうする?何処かへ隠すとしてもどこへ?ここが何処かすら、俺には把握できていない。
誰かに見つかればどうなる?処刑は免れないだろう。いや、俺の命なぞどうでもいい。
あいつらに、危害が及んだならば。
人を殺したことならある。むしろ殺人鬼と呼ばれてもいいくらいには、慣れていると思っていた。
しかしこの時、俺を支配していたのは紛れもない恐怖で――――――それは俺が経験したことのない感情だった。
取り敢えずどうにかしなければ。
その一心でそろりと近づいた、その時だった。
始まりは、微々たる変化。
ピクリ、とその赤色が。
跳ねた。
それに誘われるかのように蠢き始めた血が、意志を持っているかのように元の体内へ吸い込まれていく。
その勢いはだんだんと増し、傷口に生き物のように纏わり付く。
およそ全ての血が体内へと再収納された頃、
ぱちり、とその目が開いた。
「ば、化け物…!!!」
すっかり腰が抜けた俺は、逃げることも忘れてその場にとどまってしまった。
それが致命傷だと、気づかずに。
「化け物?へぇ…どの口がそんなことを言うの?君だってほら…」
まだふさがっていない傷口を見せつけながら言う。
「化け物だろう?」
その一言で、世界は色を失った。
「ふざけんな・・・・ふざけんなぁ!!!!」
何も知らないくせに、偉そうなことをのたまって!!自分は決して死にはしないと確信している
そんな奴が世界を治めてやがる!
ゴウ、と旋風が巻き起こり、奴の体に傷を付けていく。
ザクザク、ザクリ。
だが。
だが、奴はそんな傷など存在しないかのようにニィ、と嗤うと。
噴き出す血の傷跡に手をかざし、傷を癒してしまう。
「君に、選択肢をあげよう。」
激情に駆られる俺を見据え、口を開いた。
「1つ目――――――処刑。」
「次期教皇様を傷つけたんだよ?俺じゃなかったら死んでたよね。」
「当たり前じゃん」
「あれ、でもまぁ、君の存在から消したらいいかな?」
「じゃあ、きみにかかわった街ごと消しちゃう?」
「あそこ位なら消しちゃった方が簡単じゃない?」
また、風が。
「でも君だけにはもう一つだけ、選択肢をあげよっかな。」
「俺の、影武者になってくれるなら、処刑はやめてあげてもいいんだけど。」
風が、凪んだ。
「どういうことだ?」
「御業。俺に似た顔。身寄りがない。」
三本のばした指をなめるように見ると、こちらに視線を投げた。
「これ以上ない逸材だもの。」
最後のあがきで一陣の風が吹いた。
しかしあいつはもはやそんな風など存在していないかのように、嗤う。
「だから、君じゃぁボクを傷つけることなんてできないって。風が使えても、意味ないって。」
「それはどうだかな。」
今度はこちらが嗤う番だ。
風の鎌が効かないのなら、空気を奪えばいい。
途端苦しみ始めた奴の姿を見てほくそ笑む。
何だ、回復力しか持ち合わせていないのか?
どうやら息をしなくなったその物体に近づく。
心臓の鼓動がまだ無いかと耳を当てる。
うん、完全に止まってる。これで生き返ったら何でもありになる。
俺としてもそんなホラーはいらない。
そんな俺の希望的観測をふいにするかの如く、ぱっちりと目が開いた。
「おっどろいたぁ~。けど、殺せないって言ったじゃん。」
「おいおいおい!!」
俺がおかしいのだろうか。確かに心臓は止まっていた。心肺が停止すれば人間は死ぬんじゃなかったのか!?
「うまくいったようで安心したよ。『死んだふり』」
そんな反則業があっていいのだろうか。
「俺の御業は血を操ること…もう一回聞くよ?ホントに俺の影武者になる気はない?」
正直、今の俺には逆らうほどの気力は、残されていなかった。
「あれ?気絶しちゃった?力の使い方もまだ分かってないみたいだし…まぁいいや。これから教えていけばいいし。」
自分よりいくばくか大きい体を引きずり出し、出て行った先には、この国の中枢部である巨大な建物が聳え立っていた。
教会とありますが、実在する物とは全く持って関係がありません。
世界観も今後どんどんと明らかになっていくと思います。