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押し入り

 最悪だ。

 押川ツヅリはカルーア片手に、食卓に突っ伏した。その姿は告白をしたが彼氏がいると手ひどく振られ、それが自分の友人だったくらいのKOによる敗者だった。

「ガキじゃないのに……」

 再び頭を抱え、カルーアの瓶を抱き込むように突っ伏す。と、呼び鈴が鳴った。出る気などもちろん無い。昔はマスコミが入れ替わり立ち替わり、呼び鈴を鳴らしあの手この手で外に引きずり出そうとしていた。今はそれもなくなったが、時たま質の悪いところから取材の申し出がきたり、窓を石で割られたり。基本、宅配便と名乗ってすら出る気はない。フォレストの帰りに食材やらを買っているから、宅配なども使わないし宅配で何かを送ってくるほどの仲良しも居ない。前の二つをのぞけば、可能性が残るのはパブリックの使者――――最近は恵だが――――に決まっている。

 それはあたりだったらしく、耳を澄ませば恵の声がほんのかすかに聞こえる。ここまで聞こえるほどなら相当大声で叫んでいるのだろう。近所迷惑も甚だしい。そういえば、今日は結局フォレストに行っていないな。日付変更まであと三十分ほどを指す時計を見つめ、重い腰を上げた。




 恵は午後の送りと同じ服装で、押川邸を訪ねていた。例のダークスーツの男――――彼女の上司の上司――――に声をかけられ、もう一度様子を見てくれと頼まれたのだ。押川ツヅリとはそこまで仲が良いという関係ではないが、彼の幼稚園時代から同じクラス、そして同じ学校へと進学したのは周りには恵だけで、年数だけ見れば圧倒的な数値である一番“知り合い”の恵が、今まで使者に選ばれてきたのはもちろん偶然ではない。仕事が終わった八時頃、一度来たが出なかったため、一時間おきに呼び鈴を鳴らし声をかけていた。

 とはいえ、彼からすれば訪問者が恵であるのはすぐわかることで、まさか開けてくれるとは思わなかった。少なくとも恵からすれば、遠くに明かりがついたのを確認し追い返す声を聞ければ良かったため、直接彼が応対し中に招いたことは想定外だった。

「身体の具合は大丈夫か?」

 中の客室に案内はされたが飲み物は出されない。真夏の夜、気温は昼よりも下がっているが蒸し暑いことは変わりない。とはいっても、彼から恵の家までは歩いて15分ほどであるから本心から欲しいわけではない。

「昼間は世話をかけた。俺のせいじゃないけど、とりあえず」

 ぶっきらぼうに告げたその台詞に、いや、と恵は緊張気味に返した。彼とは今までほとんど会話したことがない。声が震えていないか、あがっていないか、恵は注意しながら自然な会話を進めようとする。

「こちらも、具合が悪いだろうに無理をさせてすまなかった……と上司が言っていた。君と話していた彼だが」

「君の上司? 君と似て嫌な笑いをするやつだったよ」

 思い出したのか顔をしかめる彼に、恵は口をとがらせて反論した。

「一応いっとくが、彼と私の間にもう一人上司が入るぞ。まああの人にはいろいろお世話になったが」

 主に君関連で、とは心の中だけつぶやいておく。使者というか定期的に要請を出すように提案したのはあの人であり、自分の直属の上司は少し渋っていたが、上司の命令に反対しなければならないほどの動機はなかったらしく最終的にはゴーサインを出した。

「へぇ。君のすぐ上の上司は、君とあの人の間に挟まれて髪が薄そうだね」

「いや、昔ガンを患ったらしいから潔いスキンヘッドにしている」

 普通ガンなどの話題は出すべきではない、と気づいたのはここだ。といっても、彼の親戚にガンによる死亡者は居ないから、ただマナーがない会話とだけしか思われていないのが幸いだ。病院を連想し、両親につながりかねなくて危険だと一人汗を流したが、ツヅリは治ったのならおめでとう、と当たり障りのない返答をした。

「押川、そろそろフォレストの許可が下りるそうだ」

「やっとか。罪滅ぼしのつもりかね」

 偶然だ、と強調すれば、そういうことにしておくよ、とブックカードを差し出される。彼の温かみの残るブックカードは、ポケットから出されたものだ。まるでその温もりが肌身離さず持っていることを示し、そしてあの少女を想像させた。恵の機嫌は一気に降下した。

「わかった。持ち帰って処理をする。君は明日フォレストに来てくれ。時間はいつ頃が良い?」

「14時頃行くよ」

 ツヅリはうれしそうにはにかんだ。それがひどく煩わしくて、恵の口は滑る。先ほどの高揚が嘘みたいに、今は黒い炎が恵を突き動かした。

「もちろん、君が行きたい例の場所へのブロックは外すつもりはない」

 そう告げると、ツヅリの顔がゆがんだ。司書みたいだな、とかすれた声で返したツヅリに、恵自身でさえそうかもしれないと思える。まだ恵は司書――――といってもパブリックライブラリーに勤める専属の特司書――――として数ヶ月ばかりだ。なのに彼の嫌う、まるで立て板のような冷たい受け答えが出来ている自覚が今はあった。機械のような、人の気遣いが立ち入る隙のない。

「君はあの子にとらわれすぎだ」

 あの上司でもふれなかった場所に、容赦なくふれた。彼が向き合おうと思っても、痛くて向き合えず放置し、化膿した傷口に塩水をぶち込む。いや、もしかしたら硫酸とか、もっと危険なものをかけているのかもしれない。

「君の好きだった子はもう、君とは違う時間だし、そもそも死んでいる」

 普段の説教混じりの発言なら、話の後半でいらだち混じりの返答で潰されていただろう。今は最後までいえる、残念ながら。止めてくれと思っているのに、誰も止められない。恵自身も。目の前の彼が指をかむ。ぶつっと、彼の唇に赤いものが伝った。

「なぜ君は、死んだ子をそこまで愛し続けるんだい?」

 不毛じゃないか、といいきって、言いたいことはすべて言い終えることが出来た。沈黙が落ちるのみで、お互いの息しか聞こえない。恵は取り返しのつかないことをしたと思った。彼の腕を取ると、力が抜けだらりと恵に預ける。ぐっと身体を押せば、ソファに倒れ込んだ。

「……」

 彼の上に馬乗りになると、彼の顔をのぞき込む。血の気がない顔は、白い彼でも目立つほどで、昼間よりもひどく見えた。それは夜間の照明のせいか、それとも。

「……。君は生者をなぜ見ないんだ」

 君を現在進行形で好きな人はいるのに。過去の本になった彼女よりも、今の君には今を生きる人が似合うんじゃないのか? 何で君は、昔ばかり見て居るんだ。

「……榊」

 名前が呼ばれ、下にいる彼を見下ろす。ぼおっとうつろな目で見上げる彼は、恵のほおに指をはわせた。まるで恋人のような行いに、恵の心がしれず先のように高ぶる。心臓が早鐘を打ち始めた。はわせた指に力を入れ、ぐっと彼の側に落とされる。恵はその流れにあらがわぬよう彼に沿い、唇が触れた。合わさることはなく、まるで感触を確かめるようにふれた彼をじれったく思い、彼の後頭部を抱き込んだ。ぐっと彼の頭を持ち上げ、自分の額を重ねる。ようやく合わさった唇を味わう。なすがままの彼を追い立てるように舌を入れて。

「……」

 彼の目が恵を写すことはなく、そのままするりと閉じられた。





「うぇ……」

 ベッドで頭をかきむしったツヅリは、全く昨晩のことが思い出せなかった。起きた11時過ぎからいつも氷で割っていたカルーアを原液でやけで飲んだのはやはり間違いだった。頭が痛くて仕方がない。吐き気がないだけまだましか、と可能な限りポジティヴにとらえキッチンへと急いだ。水を飲み干すと、やっぱりカルーアの瓶が大量においてある。ああ、早く片付けないと虫がよるな、と思ったが身体はだるくて、やっぱり寝たい。ちらりと見ると、時計は午前9時くらいを指している。

「フォ、フォレストに行く気が、無い……」

 ぼそっとつぶやいたが、そうもいかんだろうと思い、寝室に帰ってズボンをのポケットをまさぐり――――――――ブックカードがないことに気づいた。

「うわああああああああああ!」

 昨日いったい何があったんだ! 俺は夜間、外に出たのか! ブックカードをどうしたのか! 

 押川ツヅリは唐突に猛烈な吐き気がこみ上げ、その場でうずくまった。

押し入り:強盗。押し込み。


http://kotobank.jp/word/%E6%8A%BC%E3%81%97%E5%85%A5%E3%82%8A コトバンクさんより

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