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おしどり

「君はいつまで追い続けるんだい?」

 男らしい口調、きりりとつり上がる目、しかし紛れもなく女性の声である。金フレームの眼鏡をくいっとあげ、黒髪を夜会巻きにしている彼女の名前は、榊恵(さかきめぐみ)。グラマラスな身体と物言い、何よりまるで会社のチーフリーダーかのような貫禄が彼女を大人びてみせるが、ツヅリと同い年の23である。

「君こそ、いつまで俺に構っているんだい? パブリックの特司書の試験に合格したそうじゃないか、司書は忙しい身分と聞いたが」

「そうだな。君みたいな、不良利用者を丁重に送り返すのも、立派な仕事だ」

「丁重ね。犬ころみたいに追い出されたぞ」

 ふふと彼女は嫌みな笑いを浮かべた。彼女の嫌みな笑いは、常人のそれとはレベルが違う。にやりとおどろおどろしい擬音を背に、眼鏡をすくった。

「不良利用者は犬にも劣るってことじゃないか?」

 不良利用者ってことは、パブリックライブに反抗しているも同然だろう?

 そう締めくくった彼女は、ぽんっと封書をおいた。親展と書いてあったが、差出人を見ればあける気はこれっぽっちも起きなかった。

「おや、開けないのかい? せっかく私がポストから引っ張ってきてあげたのに」

「結構だ。……俺はもう二度と、発明の分野に戻るつもりはない」

「もったいない。君は神童だとか言われていたんだろう? 君は将来を嘱望(しょくぼう)されているのに、もう隠居生活を送るのかい?」

 恵はそういうと、勝手に親展の封筒を開けた。ペーパーナイフをポケットから取り出し、丁重に開けて見せた恵に背を向け、ツヅリは奥へと入った。

 吹き抜けの空間は、小説家として名をはせていた両親が、子ども時代から買いそろえていた本をしまう図書室だった。両親は幼なじみだったらしく、本を共通の趣味としていた。残念ながらというか何というか、本の好みは正反対だったようだ。恋愛物一つをとっても、悲恋で終わることを好む母と、ご都合主義を交えてでもハッピーエンドで終わる父。しょっちゅう喧嘩をしていて、喧嘩だけなら構わないが、どう思う!? と鬼気迫って尋ねてくる様ははっきり言って迷惑この上ない。そんな両親は喧嘩するほど仲が良いを地で行っていたようだ。結局結婚した二人はなぜか連名で小説を自費出版し、それがヒットした。今では教科書に載ってくるくらいだ。デビュー作は『風を過ぎた日』。その次も飛ぶように売れたが、そこでちょっと問題が起きた。作風ががらりと変わっていたからだ。連名とはいえ、へたくそなゴーストライターの存在を疑われたが、そもそも連名とはいえ、『風を過ぎた日』を書いたのは父で、母はほとんど関与していなかったようだ。母は読者として父の作品を評価し、そして母を連名に載せたのである。それ以降、「おしどり国彦、おしどり暦」のおしどりシリーズは10年にわたるシリーズを完結させ、引退した。ちょうど、母の不妊が解消されツヅリが生まれた年だった。

 引退してからも長年の習慣である書籍集めは変わることはなく。そして、本来の主である両親が居なくなったここは、現在は息子であるツヅリが受け継いである。といっても、もういっぱいいっぱいまで詰められた本は、とりづらいことこの上ない。それでもツヅリは、両親が好きそうな本を見るたびに買い、ここに詰めている。本当は、――――――――たら、良かったのに。

 図書室を抜けると、そこは最近増築しはじめている図書室だ。といっても増築途中で本は置かれていない。置かれているのは雑誌くらいで、雑誌を定期購読しても捨てるのをおっくうがっているツヅリの、いわばゴミ集積場だ。本当はすし詰めになっている本を少しでもと、増築許可を出したが、業者の出入りにストレスを感じて追い払って以降、中途半端に凍結されている。


「相変わらず、下手な図書館より本くさいな、ここは」

「ここに入ってくるな」

 

 雑誌を一冊投げたが、ここ数年、徒歩数分のフォレストの往復以外は引きこもっているツヅリの腕力では、机仕事の司書でさえ簡単に受け止められるような物だった。

「ここ、まだビニール張ったままなのか、いい加減工事はじめたらどうだ」

「いらない。大したことはない」

「私は君が心配で言ってあげてるんだが? いつかがたがたの本が全部落ちて君が圧死したらと思うと、怖くて夜も眠れない」

「そうか」

 雑誌をビニールひもで縛る。いけない、ハサミがない。

「怖いついでにこれを出してきてくれ」

「何を言って居るんだ君は。私は君にパブリックライブラリー出頭の要請を改めて申し上げにきたんだぞ? 君の家の掃除をしたり、ゴミ捨てをしたり、君を人間らしい生活させるために仕事して居るんじゃないんだ。本当は、こんな要請の仕事だって、私の本来の仕事というわけでも」

「パブリックには出ない、絶対に」

 恵の延々続く、愚痴ともいえる説教は、しかしツヅリには心底どうだって良いものだった。恵とはそれほど仲が良いわけでもない。恵は一世一代の発明を成功させる前からつきあいはあったが、そのときも仲が良いとはいえなかった。元々恵はいじめっ子気質で、いつも幼稚園のフリースペースで本を読んでいるツヅリをさんざんからかってきていたのだ。さすがにそんな昔のことを今でも引きずっているわけではないが、それ以降も仲良くなる出来事など発生はしなかったのに、何を思っているのか、グランドパブリックは出頭の要請に彼女を寄越してくることが多くなった。あれか、いじめっ子をけしかけているってやつか。もうこっちもあっちもいい大人なのだが。

「ライブにちょろりと顔を出すだけでも構わないよ」

「外に出たくない」

「フォレストの時は出ているじゃないか。何なら、車でお迎えに来てもらうのもやぶさかではない」

 彼女も仕事とはいえ、必ず断られる思っているのにやってくるのだから彼女も不幸な人間である。とはいえ、ことさら仲が良いわけでもない恵のために、二度と行きたくないと心の奥に刻み込んだ場所に行く気にはならない。

「なぁ。私もこんな精が出ない仕事嫌だ。君だってここに引きこもって日の光も浴びずに。いい加減君は昔のことは忘れて違う仕事にでもついたらどうだ? 君は会話には難があるかもしれないが、研究職なら問題は……」

「失せろよ。今日は無理だったって言えばいいだろう。しつこいな」

 いつも以上のしつこさに辟易する。彼女から逃げるように横を通ろうとすれば、ぐっと腕を捕まれた。しかし振り返らない。恵は気にせず、言葉を続けた。

「君はいい加減過去から抜け出すべきだ。こんなぬるま湯につかって。外に出れば、何か出会いがあるかもしれない。何なら私が何とかしてやっても良い。このままでは君は根腐れする」

 真剣に、言葉を選んで恵はツヅリに向けて言う。何度かつばを飲み込み、彼を傷つけないようにと慎重に選ばれた言葉を言う。ツヅリは何の反応をも示すことはなかった。

「消えてくれ。君に何か言える資格があるのか? 君はあの時期に俺と何の関わりもなかった。なのに何でそんなまるでわかったような口をきく?」

 ツヅリはぐいっと振り払った。恵は途方に暮れ、ぐっと唇をきつくかむ。ツヅリは恵にもう一度、絶対零度の声音で告げた。

「帰れ」




 出版されている本は大半は電子書籍化されているが、ハードカバー愛用者は多い。ハードカバーの出版は、以前は金を取っていたようだが、現在は欲しい人のみ請求をすれば、時間はかかるが送ってくれるようになった。

 電子書籍は読みたい本をダウンロードの形、もしくはチップという形で何らかの媒体に入れ、それを購読する。携帯電話、音楽機器、ノートパソコン、タブレット……。サウンドノベルはその媒体と相性が良いものが多いことから、現在の主流だ。

 そのチップは単価が地味に高いため、現在はダウンロードが通常である。しかし、チップには種類があり、電子書籍のしようには関係ないのだが、媒体のバックアップ用のチップというものがある。



 そのバックアップ用のチップを人間に埋め込み、何億分かの奇跡の元、人間の回想録である人体版を、押川ツヅリは作り上げてしまった。それは事故であった。




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