おしまい
何日たったのか、いまいちわからない。ただずっとまとまった眠りを取っていないから、いい加減意識がもうろうとしてきた。ここまで強制される徹夜というのはつらいのか。自主的に徹夜をする時は、本を読んでいたら自然に夜が明けていた、と言うことがいつもであったからだ。状況は……もちろん変化がない。そもそも俗に言う無理ゲーなのだ。どこがどうと説明すると数え切れない。むしろ攻略させる気がこれっぽっちもないのだ。特に積んでいると思われるのは、少女が現在どの状況に置かれているかわからないことだ。心音計もない、いざというときの医者も、専用の機材もない。これじゃあ少女の身が怖くて、なにも出来ない。とにかく状況が嫌な方向に行かないように、状況を引き延ばすことのみ。しかしツヅリもその状況を引き延ばす“演技”をする気力が無くなってきた。いつまで持たせなければならないのか、出口が見えないマラソンをしているような状況。おまけに折られたあばらがひどく痛む。呼吸するだけでずきずき痛み、頭もくらくらしてどうしようもない。
「ふぅ……」
額に浮かんだ脂汗を袖で拭き取り、少女のチップの中の記憶に保護をかけ始めた。……もちろんやる意味はない。時間稼ぎだ。意味のないことをのんびりやることも気をすり減らせる。
「っそ……」
ぼおっとすむ視界、そして遠くから聞こえる足音。まずいと必死に意識を起こして、チップを動かす。もうなりふり構っていられず、適当に滑らす振りだけだ。がんと開け放たれた扉には、ツヅリがもっとも恐れる父親が立っていた。それを見て、極限の状況に細切れたツヅリの意識が消えた、
一ヶ月前、押川ツヅリと問題を起こしたのは、草刈昭彦と言う少年だった。ツヅリが夏季修練と予想したのは正解で、しかし、彼の家庭環境はものすごい複雑だった。
彼の家庭は特殊な状況下に置かれている姉も含めるなら、三人兄姉だ。26歳の兄。13歳の彼。そして人体版として時の止まった15歳の姉。八年前、15歳の姉が脳死と判定されたが、彼をのぞく家族――――彼はその当時5歳で状況がわかっていなかった――――はそれを受け入れることは出来なかった。理不尽な事故による娘の事実上の死に納得できない父親は、そのとき被験者として募集していた人体版に娘を差し出した。結果、娘は人体版となり、変わりに実験データを提供することを求められていた。しかし人体版となった娘はいつまでも生き続ける。火葬するのもためらわれるくらいに人間として残る彼女をモルモットして残すことを、父親はどう思ったのか。その出来事を失敗とするか成功とするか、いつまでもそれを求め年の離れた兄と父親は考え続け、家庭は崩壊気味だった。
それに絶えきれなくなった昭彦は遠くの学校の寮に入り、その学校は夏季修練でフォレストに来た。フォレストを持つこの街は、二人も家を構えていた。問題を起こした彼は実家に電話をかけられることになった。その電話はつながらなかった。だがフォレストで押川ツヅリと会ったことは、昭彦にとっても冷静さを失わせる情報で、彼は時間を空けて実家に電話した。そのことを伝えて――――押川ツヅリには不運なことに居合わせてしまったのだろう。
それが少年の話らしい。そこから急転直下の勢いで事件は進んだ。呼び鈴を鳴らして扉を開けた男に、警察手帳を突きつけられ、男は観念したように家へと案内した。何人もの物々しい男が家に入り、恵含む数人のパブリックライブラリーの人間が合図があるまで、外で遠巻きに待機していた。三十分ほど家からは誰も出なかったが、一人の男がうなずいて見せ、数人の救急隊員と同時に恵たちも入る。地下室に続く階段をのそりと下りて、開け放たれた部屋に飛び込んだ。居るのは出迎えた男と、警察に囲まれる大男。そしてぐったりとした彼だった。近くには少女もいる。これが昭彦の姉だろう。
「押川君!」
救急隊員がじゃまくさそうに恵を押しのけ、様子を確認している。恵もさらに近寄ろうとしたが、救急隊員と上司に肩をつかまれ、ようやく冷静になることが出来た。と言っても、まだ彼の様子が無事とは確認できていないから、胸のつかえは下りていないが。
結局担架で運ばれて彼は病院に送られた。具合は悪そうだが、命の別状は今のところ無いらしい。恵はそれを聞いてようやく安心できた。そこで上司にもう一度頼み、パブリックライブラリーに戻り報告することにした。
御仕舞:① 終わること。
http://kotobank.jp/word/%E5%BE%A1%E4%BB%95%E8%88%9E コトバンクさんより 一部抜粋




