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おしゃべり

 ツヅリの人体版の発明は今からちょうど10年前。それが実用化し商品として販売されたのはそれから2年後、つまり8年前だ。どうもその初期の被験者らしい。被験者と言うには、彼らは娘を積極的に差し出したらしいが。交通事故に遭い、脳死になった彼女を永久にそのままの姿に生かすため、彼女を人体版に作り替えたらしい。

 あなたには本当に悪いことをした。あなたが悪いわけではないのに。

 少女の兄と名乗る、ツヅリと一番最初に会った男は、申し訳なさそうに言った。食事の差し入れを担当し、ツヅリが所望したものを買いに行っているのは男だ。年を聞くと男は今年で26歳のようだ。少女が脳死と判定されたのは15歳。そのとき男は18歳。一度も親族の死を体験したことがない中の妹の死に、判断が鈍っていた、と男は言った。あのとき、父親の不確実かつ不調べの話に乗るべきではないと、言うべきだったのに、と悔恨の口調で言う男に、ツヅリは誘拐を強く攻められなかった。誘拐を実行したのは彼だったが、こうやってぼろぼろの身体で少女の治療――――正確には研究がふさわしいか――――を強制しているのはあの男だ。

 発明したのはツヅリ、だから彼だけが被害者ではない。2人の男も被害者だ。しかし今更なぜ、彼女の時を動かそうと言うのか。彼にはよくわからないが、いざ彼女を戻そうと思っても、その手段がないことを知り、それを公的機関に尋ねてもあしらわれ、実の娘が二度と本になったまま人間になれないことに気づいた実の父親の気持ちは、どれほどのものだったのだろうか。ツヅリは娘を持ったことはないが、実際幼なじみの少女でさえああだった。血を分けた娘だったら、考えられないくらいの辛さだったのだろう。

 チップの情報を見ると、彼女が今まで生きてきた記憶を見ることが出来る。彼女のその記憶をのんびり眺めているのは時間稼ぎだが、彼女の記憶が欠けることなく何とか出来ないか、と言うツヅリの考えもある。あくまでチップに詰められる記憶というのは、少女が殊更強く残っている記憶だ。だからツヅリからすればどうしてこんな記憶が、と言うようなものもあれば、つながっていないが故に意味が全くわからないような記憶がある。積み重ねられているのではなく、数珠のように脈絡が薄い記憶がつながっているようなアルバム、それが人体版である。

「あなたとは、仲が良かったんですね」

「え? ああ、そうですかね……」

 男は少し曖昧にして返答した。彼がそういうのも当然だろう。彼女の後半の記憶からは、彼に関するやりとりの回数が少なかった。思春期というのも考えると、兄との関わりが薄かったのだろう。しかししっかり誕生日の記憶が残っているのを見ると、兄のことは嫌いではなかった、と言うのがツヅリの感想だ。

「じゃあ、先生、お願いします」

 年上の人間に先生と言われたことは未だかつて無かったので、ツヅリはそれには小さな返事だけをした。彼女の記憶をもう一度見ると、彼女の父親である大男も良い父親だったのが見える。だから、せめて父親にはこれ以上の罪を重ねて欲しくない。もちろん善良であろうこの男にも。





 彼を最後に見たのは一人の主婦のようだ。一人の主婦は彼が雑誌を自宅から100メートルほど離れたゴミ集積場に捨てに行くのを見ていたようだ。それ以降は彼の姿は見ていない。予想したとおり、日が傾いたとはいえ天窓がある図書室では、電気は必要なかったのだろう。それが彼の不在を証明することになったのが、不幸中の幸いだった。

「恵ちゃん」

 彼の家の周りにはテープが貼られ、立ち入りを禁止されている。恵はそれから一度事情を聞かれた後上司に説明をしてから一度家に帰った。それから何度か様子を見に来ており、珍しい声がして思わず振り返った。

「ああ、なによ母さん」

「押川君、何かあったの?」

「う、うん。まあ、そうかもね」

 あれほど口を滑らすなと言われれば、実の両親にもいえまい。これ以上何か言うと、噂好きで話し好きの母親から逃れられそうにない。どうやら母親は買い物帰りのようだ。もう8時過ぎになるのに、ご飯はまだなのか、とさっきから鳴いている腹に手を当てた。まあ母は父といっしょにどこか観覧しに言っていたようだから、しょうがないと言えばしょうがないが。

「そういえば、あの子、あの本になっちゃった女の子、まだ戻らないの?」

「何でいきなりそんな話……」

「気になるじゃない? 心配でしょ!」

「いや、そりゃね。うん、でもね、今そういう問題じゃないから」

 じろじろこちらを見てくるのは大声で会話したことと、内容であろう。すいませんと会釈をし、母を家に帰らせた。今日のご飯はオムライスだ。懐かしい。

「いや、どうしてこんなことに……」

 おろおろしたように見ているのは、見慣れた彼女の直属の上司。彼は閉め出されながらもダークスーツの、彼の上司と顔を見合わせ汗を拭いている姿は、まさに中間管理職という名にふさわしい。がんばれ、とダークスーツの男とはまた違った慕われ方をしている上司に、恵は声をかけた。状況の進行が知りたかったのもあるし、何よりここで無視をして帰るのはどうかという常識的な考えの基である。

「係長」

「あ、榊君。こんばんは、いや、心配だろう君も。でも明日があるから早めに切り上げた方が良いんじゃないかい?」

 上司は恵に気づいてそういうと、再びダークスーツの男と話し始める。が、ダークスーツの男は恵を一瞥して言った。

「そうだな。君みたいな若い()は早く帰った方が良い。遅くなるし、また何か巻き込まれても困る」

 ばっさりと恵の考えをぶった切った男に、恵はとりつく島がないことを知った。はい、と頭を下げて、ここから撤退することになった。そのときに、見えた黒い服の少年。見覚えのある、少年。少年は恵に気づかれたことを知り、逃げるように去る。

「ま、待て」

 上司がそろって不審そうな顔をするのも気にせず、恵は少年を追う。走っても少年との距離は開くばかり。フォレストの方に逃げるのだけは幸いだが、恵もツヅリほどではないがもやし女。叫ぶほどの体力もない中、後ろを見ながら走っていた少年は誰かにぶつかり、ぶつかった人間とともに尻餅をついた。やっと追いついた恵が少年の腕を握ると、少年は暴れはせず観念したようにうつむいた。周囲の怪訝、かつ奇異の視線に逃げるのをあきらめたようだ。

「君、外を出るな、とあれほど……」

 ぶつかったのは最近問題の少女で、しかし恵はここで名前を出すことはやめた。ただでさえ周囲の視線は二人に向けられ、何人かは目をまん丸くしているのだ。面倒なことになる前に少女にフードをかけたころ、上司二人が少女を見とがめ、恵のそばに座り込んでいる男を見やった。

「彼は先月の……」

 二人も見覚えがあるらしく、恵に説明を求めている目だ。と言っても、恵も逃げたから追った、と言うだけで物証はないのだ。

「……。父さんと、兄さんが」

「は?」

「父さんと兄さんが。…………。父さんと兄さんが、犯人かもしれない」

 とんでもない発言をぶちかました少年に、上司二人はもちろん、恵も悲鳴を上げかけた。近くにいた少女はぼうっと、ただ男を見つめるだけだった。

御喋り:人と雑談すること。

    口数の多いこと。口が軽いこと。また、そのさまや、その人。

http://kotobank.jp/word/%E5%BE%A1%E5%96%8B%E3%82%8A コトバンクさんより

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