それぞれの事情
1 カシャ国の少年
「あの王女を生かしておけない」
それがサジムの出した結論だった。
サジムの故郷のカシャ王国は、いまは亡んでトガラ帝国の支配下にあり、王国の上層階級の者たちは帝国の都トガラハンに連行されて、下町の一角に設けられたカシャ人居留区で暮らしている。騎士の父を帝国との戦いで亡くした少年サジムも、そのひとりだった。
国王や王族たちはその戦いで戦死したり、自害したり、処刑されたりしたが、ただひとりサリア王女だけは処刑を免れ、あろうことか皇帝の妃におさまった。
サジムたち血気にはやる若者たちは、それを許せないと感じている。
小さな都とその周辺の農村地帯からなる小国とはいえ、王女なら、王家の一員としての誇りがあってしかるべきはず。隣国のポーラ王国に嫁ぐための旅の途中であったゆえ、自害した母王妃や姉妹たちと運命を共にせず、生きて捕らえられたのはやむを得まい。だが、そのあと、自害して王女としての誇りをまっとうしようともせず、宿敵の妻になるとは、なんという恥知らずか。
サジムの母や祖父は、「サリア様だけでも生き残ってよかった」と言っているが、サジムたちはそれほど寛容にはなれなかった。
それは、じつのところ誇りだけの問題ではなかった。サジムたち自身は認めるまいが、貧しさの問題もあった。
かつての豊かな暮らしから貧しい居留区の暮らしに引き落とされ、その鬱屈が募るごとに、皇妃として安楽な暮らしをしているであろう王女への怒りが増していったのだ。
「あの王女を生かしておけない」
合い言葉のように仲間うちで囁かれていたその言葉を、サジムはついに実行に移そうと決意した。王女の住む郊外の小さな離宮に忍びこみ、王女を暗殺しようと考えたのである。
皇帝の住む宮廷は警護が厳しいが、サリム王女にあてがわれた離宮は、もとは狩りの途中で一泊するといったような用途で建てられた小さな別荘なので、忍びこめなくはない。
サジムたちカシャ人に対する監視の目も、王国滅亡から一年を経たいまは、だいぶんゆるんできており、深夜に居留区を抜け出すのも、それほど難しくはない。
サジムは、王女暗殺を決意してから何日もかけ、離宮への侵入方法を検討し、王女の居室の目星をつけてから、離宮に潜入した。
小さな離宮なので、主寝室はひとつだけ。予想どおり、王女はその主寝室の寝台で眠っていた。
月明かりだけでも、広くて豪華な部屋だとわかる。天蓋のついた寝台も豪華なもの。そのぜいたくそうな暮らしぶりが、サジムの殺意を強めた。
それでも、王女の寝顔を目にしたとき、つかのまサジムは迷った。
臣下でありながら王女を手にかける。それは、騎士階級に生まれたサジムにとって、やはりすこぶる抵抗があった。
それに、かつて王国が安泰だったころ、サジムはサリア王女に憧れていた。サジムだけでなく、騎士階級の若者たちにとって、美しい王女は憧れの的だった。だからなおさら、若者たちは王女の選択を許しがたく感じたのだ。
迷っているうちに王女が目を開いた。
寝ぼけまなこだったのが、事態を察して大きく見開かれた刹那、サジムは王女の胸に剣を突き立てた。
王女は、何か言おうとするかのように口を開いたが、かすかな声をもらしただけで絶命した。
王女を暗殺したあと、サジムは逃げ切れなかった。離宮を脱出する前に巡回の兵士に見つかり、捕らえられたのだ。
もとより死は覚悟のうえ。悔いも恐怖もない。
そう思っていたサジムだが、皇帝宮に連行され、皇帝の前に引き出されたとき、おのれの愚かさを悟った。
「おのれひとりの命ですむと思うな」
皇帝の言葉の意味が、つかのま、サジムにはつかみかねた。
だが、王宮前の広場に連行されたとき、すぐにその意味がわかった。そこに、彼の両親をはじめ、居留区で暮らすカシャ人の全員が集められ、槍を手にした兵士たちに取り囲まれていたのである。
「おまえたちを殺すつもりは毛頭なかったが、事情が変わった」
カシャ人たちに向かって、皇帝が宣言した。
「おまえたちの一員が、わが妃を殺害したからだ。おまえたちを生かしておいたのは、妃が命乞いをしたゆえのこと。恩人であるその妃を殺めたとあっては、生かしておく理由はなかろう」
皇帝の言葉が終わるとともに、兵士たちはいっせいに槍を繰り出した。
苦痛と恐怖に顔をゆがめたカシャ人たちから、苦悶の声とともに怨嗟の声が上がる。その恨みは、皇帝のみならず、サジムにも向けられていた。
サジムを非難したのは、ひごろ若者たちの暴挙をたしなめていた年寄りたちや女たちだけではなかった。かつてサジムとともに「王女を生かしておけない」と気炎を上げていた同志たちまでが、サジムをののしった。
「後先考えずに愚かなことを」
「サリアさまはわれらのために敢えて屈辱を受け入れられたというのに」
その憎悪の声は、目の前で繰り広げられる惨劇以上にサジムを打ちのめした。
自分は何のために王女を殺したのか?
答えを出せぬまま、サジムもまた、胸を槍に貫かれて絶命した。
2 トガラ帝国の皇帝
トガラ帝国皇帝ワラハンは、帝位に就く前の第二皇子にすぎなかったころから、カシャ王国の王女サリアにひそかに想いを寄せていた。
カシャ王国は、トガラ帝国の南東に位置する王国で、都市といえるのは王都だけ。都と周辺の農地だけからなるごく小さな国である。
当然、トガラ帝国との付き合いは、対等とはほど遠かった。いちおう独立国であり、帝国の属国ではないのだが、帝国には逆らえない。そんな半属国のような立場だった。
ゆえに、カシャ王国からは、つねに王族の子女のひとりが、留学生という名目の人質として、トガラ帝国の帝都に交替で差し向けられていた。
第三王女サリアも例外ではなく、十二歳のときから三年間、帝都トガラハンに滞在していた。
ワラハンはサリアに同情した。弱冠十二歳で両親から離れて人質となるのはさぞ心細いだろうに、留学生として懸命に学問にいそしみ、トガラ帝国の皇族や貴族たちにも両国の橋渡しとなるべく気を遣っている。そのけなげさに感心もしたし、できるかぎり力になってやりたいとも思った。
やさしく気遣うワラハンに、サリアは郷里の兄たちの姿を重ね、兄のように慕った。そんなサリアが、ワラハンにはいっそう愛しくなった。
約束の三年が過ぎ、三歳年下の弟王子と入れ違いにサリアが帰国することになったとき、ワラハンは、自分の感情に初めて気がついた。妹のように愛しいと思っていたサリアに対する気持ちには、妹に対するのとはまた別の感情が混ざっていたのだ。
サリアに会えなくなってから、ワラハンの想いは募ってゆく。父帝に頼んで求婚することも考えたが、それでは、大国の威信によって婚姻を強制することになってしまう。そんな形で嫁いできても、サリアは以前のように慕ってくれるだろうか。自国のため、大国の意志に従うしかないと覚悟を決め、暗い面持ちで嫁いでくるのではないだろうか。
そんな横暴なことはしたくない。それよりも、なんとか再会の機会を得て、サリアに自分の気持ちを伝え、国のためではなく、自分の幸福のためだと思って嫁いできてほしい。
そう思っていたワラハンは、二年後に父帝と兄皇子を次々に病で亡くして帝位に就いたときにも、すぐにはサリアに求婚しようとはしなかった。周辺諸国を訪問して回り、その際カシャ王国にも立ち寄って、無理強いにならない形でサリアに求愛しようと考えていたのだ。
だが、それを実行に移す前に、カシャ王国に潜ませていた間諜から、サリアがポーラ王国の国王に嫁ぐことになったという報がもたらされた。その少し前に両国の国境で小規模な紛争が起こり、その和平と今後の友好関係のために決められた縁組らしいという。
ポーラ国王はサリアの父王よりはるかに高齢で、王妃は何年も前に他界しているものの、後宮に四人の側室を抱える老王である。
そのような身で、サリアを妻に望むとは! そのような男に娘を嫁がせようとするとは!
ワラハンは、ポーラ王国の国王にも、サリアの父たるカシャ王国の国王にも、激しい怒りと憎悪を感じた。
同時に、サリアの心の内をも想像した。あのけなげな少女は、自分の縁談をどう受け止めただろうか?
ポーラ王国の国力は、トガラ帝国には遙かに及ばないものの、カシャ王国より上。もしも再び国境紛争が起こり、全面戦争にでも発展すれば、カシャ王国は甚大な被害を受けるであろうし、王国が滅びる可能性もある。
それを思って、サリアは、ポーラ王国の国王からの求婚を受け入れたのだろうか? 母国のために、わが身を捧げたのだろうか? それとも、彼女の意思など最初から無視されて、彼女の父王は娘を隣国の老王にくれてやることにしたのだろうか? ポーラ王国からの縁談を無体と思うなら、トガラ帝国に助けを求めるという手段もあったのに、娘を犠牲にするほうを選んだのだろうか?
サリアの婚約相手が、年齢や人柄や能力などからみて彼女にふさわしい男ならあきらめもつくが、この縁組はひどすぎる。
民のためと思えば我が身を犠牲にするだろうサリアのやさしさと健気さに付け入るとは!
そう思えば、サリアの真心を踏みにじる両国の国王への怒りが膨らんでいき、ワラハンはついに決意した。ポーラ王国とカシャ王国を滅ぼして、サリアを救い出そうと。
決行は、サリアの輿入れ行列がカシャ王国を発ったあとと決めた。そうすれば、戦火の及ばないところで、サリアの身柄を安全に保護できると考えたからだった。
カシャ王国の都を輿入れの一行が出立したという報を知るとすぐに、ワラハンは計画を実行に移した。自ら率いる主軍はポーラ王国に、信頼する将軍の率いる軍はカシャ王国にと同時に進軍し、国境地帯の荒野を進んでいた輿入れ行列は、別動隊が捕虜とした。
サリア王女は、何が起こったのか状況がわからぬまま捕らえられ、捕虜とも賓客ともつかぬ扱いを受けたのち、数日後に事情を知らされた。
にわかには信じがたかった。トガラ帝国は、過去には周辺の小国に暴虐な仕打ちをしたこともあったが、ここ数十年は、人質を兼ねた留学生を滞在させるよう求める以外、無体な要求をしたことはない。ワラハン王も、王子時代、まるで実の兄のように優しく接してくれた。なのに、どうして、突然このような暴挙に出たのか?
混乱しているサリア王女のもとにワラハン王が訪れたとき、王女は怒りと憎悪の言葉を投げつけた。かつて兄のように慕ってくれた王女の憎悪に、ワラハンはたじろいだ。
「たしかにわたしは、そなたの祖国を滅ぼし、そなたの父を殺した。そなたが嫁ごうとしていた国も滅ぼし、そなたの婚約者を殺した。だが、やつらがそなたに何をしたか考えてみるがよい。うら若いそなたを老人と結婚させようとしたのだぞ」
ワラハンの言葉に、サリアはますます混乱した。
「ああ、わたしのせいなの? わたしのせいで、カシャ王国もポーラ王国も滅ぼされてしまったの?」
「落ち着け。そなたのせいなどではない。そなたを踏みつけにした者らが死ぬのは自業自得だ」
「わたしの母と姉妹は? 兄たちと弟は? ポーラ王国の王子様がたは?」
「王妃と王女たちは自害した。両国の王子たちは、戦死しなかった者は全員処刑した」
「あああー」
サリアは慟哭し、窓に駆け寄って身を投げようとした。すんでのところでそれを抱きとめたワラハンは、腕の中でもがくサリアをどうなだめてよいかわからず、苦し紛れに言った。
「そなたが自害すれば、カシャ王国の民を全員処刑するぞ」
サリアが動きを止めたので、ワラハンは言葉を続けた。
「カシャ王国の貴族や兵士たちは全員捕らえている。そなたが死ねば、やつらを残らず処刑する。さらには、捕らえずに残してきた民たちも皆殺しにしようぞ」
そんなことを言いたいのではなかったが、ほかにどう言えばよいのかわからなかった。
「自国の民を助けたければ、そなたが生きて、わたしの妃となることだ」
ぐったりと力を抜いたサリアは、もはや憎む気力も失せた絶望の瞳をワラハンに向け、口を開いた。
「わたしが生きてあなたに体を差し出せば民の命が助かるというなら、そのようにいたしましょう。好きになさいませ」
目を閉じたサリアを寝台に横たえると、ワラハンはその場をあとにした。
3 カシャ王国の王女
カシャ王国の王女サリアは、トガラ帝国に留学していたとき、ポーラ王国の第二王子ジムサに恋をした。ジムサもまた、サリアに恋をした。
ジムサはサリアと同じ年齢で、トガラ帝国に留学生としてやってきたのは、サリアの留学期間があと半年余りというころ。留学生どうしとして言葉を交わすようになったふたりは、いくつもの国と国境を接する王族で、留学生という名目の人質となっている身の上であるとか、それでも自分たちを信頼してくれている民たちを守るために全力を尽くしたいと思っているといった共通点から、共感を抱くようになり、それは友情となり、恋となっていった。
それが自分だけの想いではなく、相愛であるとはっきりわかったのは、サリアが帰国する日まであと数日というときだった。
「わたしの留学期間はあと二年半。帰国したら父王の許しを得て、あなたに求婚したい」
「そのときを待っているわ」
ふたりはそんな約束を交わし、数日後にサリアは帰国した。
帰国後しばらくすると、カシャ王国には、サリア王女の縁談が持ち込まれるようになった。サリアはそれとなくジムサ王子との縁組を父王に打診してみたが、父王はいい顔をしなかった。ジムサ王子が第二王子だからである。
父王は、いずれ王位につける王子をサリアの結婚相手にと望んでいた。王女の結婚を国交に役立てようと思えば、国王か王太子が望ましい。次善は、未来の王に取り立てられて高い地位につけそうな王子だ。
父王のそんな言葉を聞いて、サリアは、父王の食指が動きそうな縁談が来ないことと、ジムサ王子が兄王子に取り立ててもらえることを願っていた。
サリアの帰国から二年半の歳月が流れた。その間には、トガラ帝国の皇帝と皇太子が次々に病没し、ワラハンが帝位に就くという世界情勢の変化があったが、帝都に滞在している留学生たちの処遇に変化がなかったので、そろそろジムサ王子が帰国するころ。いつ求婚の使者が来るかと心待ちにしていると、カシャ王国とポーラ王国の国境で紛争が起こってしまった。
幸い、紛争は小規模の戦闘だけで終結し、和平が結ばれることになった。
交渉の場で対面した両国の王がこまごまとした取り決めに同意したあと、ポーラ王国の王が切り出した。
「最後に、両国の和平の証として、そちらのサリア姫をわが国の王妃として迎えたいのだが」
カシャ王国の王は思わず怒りで顔を赤らめた。
「サリア姫をあなたの妃にしたいですと!」
和平のためだと言って命じれば、サリア王女は命令に従うだろう。自分の感情を押し殺して老王に嫁ぐだろう。だからといって、そんな命令はしたくない。自分の娘には不幸な結婚をしてほしくはない。
カシャ国の王がそう思っていると、ポーラ国の王が言った。
「いや、わたしの妃ではない。そろそろ息子に王位を譲りたいと思っているのだ」
「だが、そちらの王太子には婚約者がいたはずだが?」
「たしかにニア王国の王女がわが国に嫁にくるはずだったが、ニア王国の王太子が病気で亡くなってな。王子がほかにいないので、彼女が世継ぎとなったのだ。そのため、わが国に嫁に来ることができなくなった」
「ああ、それで破談になったのだな」
「いや、破談にはなっていない。破談にするつもりだったのだが、うちの息子がどうしても彼女と結婚したいと言い張ってな。王子が自分ひとりなら彼女のことはあきらめるしかないが、優秀な弟がいるのだから、弟に王太子の地位を譲って、ニア王国に婿入りしたいというのだ。ニア王国も乗り気で、婿に来てくれるなら、ゆくゆくは王として、女王と共同統治する形にしたいというのでな。応じることにした」
「なるほど。ではサリアの縁談の相手は第二王子か」
「そうだ。ジムサを王太子に昇格させ、サリア姫と結婚後に王位を譲ろうと思う。ジムサはまだ若いが優秀だ。しばらくはわたしが後見するが、子供が生まれるころには独り立ちできる実力と貫禄がじゅうぶんつくだろう」
カシャ国の王は考えた。いくつかの国からサリア王女に縁組の打診がきたとき、サリアは乗り気でないようすで、ポーラ王国のジムサ王子をどう思うかと問いかけてきた。トガラ帝国に留学していたあいだにジムサ王子と知り合い、恋をしたようだと察しがついた。
「うちのサリアとそちらのジムサ王子は、トガラ帝国で面識があるようだな」
「知っているなら話が早い。サリア姫を妻にというのは、ジムサの強い願いなのだ。それで縁組の打診をしようとしていたとき、このたびの国境紛争が起こってしまったのだ」
かくてこの縁組はとんとん拍子で話がまとまり、サリア王女はポーラ王国に嫁ぐことになった。
サリア王女は幸福の絶頂にあった。その幸せが、「サリア姫様がポーラ王国の王妃になられるそうだ」という民衆の噂を聞いて勘違いしたトガラ帝国の密偵によって潰されることになるだろうとは思ってもいなかった。
輿入れ行列の途中でトガラ帝国軍に捕らえられ、ワラハン皇帝の前に引き出されたサリア王女は、幸福の頂点から不幸のどん底に引き落とされた。母国が滅ぼされ、両親も兄弟姉妹も最愛の人も死んでしまったと知らされたのだ。
しかも、それをおこなったのは、かつて兄のように慕っていた人物。留学生とはいえ人質同然の心細い身の上で、皇子が何かと気を配り励ましてくれたのは、どんなに心強かったことか。
そこに恋愛感情はない。留学生となったときサリア王女はまだ十二歳の子供であったし、知識として、皇子と小国から来た王女の恋愛や結婚はあり得ないと知ってもいた。トガラ帝国には帝室と姻戚関係のある名家がいくつもあり、皇子はそのなかから妃を迎えるのが慣例となっていたからである。
ゆえに、サリア王女は、ワラハン皇子を恋の対象として見たことはなかった。ワラハン皇子も当然そうだろうと思っていた。だからこそ、親切でやさしい皇子様だと思い、兄のように頼りにし、無邪気に慕うことができたともいえる。
それなのに、ワラハン皇帝は自分に恋情を抱いていたらしいと、サリアは気がついた。自分の結婚相手がポーラ王国の老王だと勘違いし、自分を救ったつもりでいるらしいということも。
では、自分の結婚相手がジムサ王子だと知っていれば、二つの国を滅ぼすような暴挙に出なかっただろうかというと、サリアにはわからない。サリアを手に入れるために同じことをしたかもしれないし、似合いの縁談だと思ってあきらめてくれたかもしれない。
どちらであっても、いまのサリアにとっては同じこと。二つの国を滅ぼしたうえ、最愛の人を殺した男を許せるはずがない。
妃になれという要求を受け入れたのは、民が皆殺しにされるという事態を避けるためだ。すでに身も心も屍同然。王女の誇りも貞操も、もはやどうでもよい。生きつづけて体を差し出せば民を救えるというなら、そうしようではないか。
そう思ってワラハンの妃になったのだが、そのあとワラハンは、サリアに一度も手を触れてはいない。二度ほど様子を見に来たが、サリアが憎悪の目を向けるとたじろいで立ち去った。
そのようにして一年ほど経ったある夜、サリアは人の気配に目を覚ました。目の前に見覚えのある少年の顔があった。側近の騎士の息子で、父の後を継ぐべく騎士見習いとして仕えていた少年だ。
それがどうしてこんなところにいるのかと訝っていると、少年はサリアの胸に短剣を突き立てた。
自分は死ぬのだと、サリアは悟った。この少年は自分の選択を許せなかったのだ。では、どうすればよかったのか? ここで自分が死んだら、民たちもすべて殺されてしまうのだろうか?
そんな思いが浮かんだのは一瞬のこと。目の前の少年に対するものか、ワラハンに対するものかも定かではない憤りとともに、サリアはこの世を去ったのだった。
暗い話になってしまいましたが、読んでくださってありがとうございます。一つの話でひどい人や理解しがたい人として登場したキャラが次の話の主人公で……というオムニバスを書こうと思い立って書いた話です。




