第26話 均衡のための訓練
七日のうち、最初の一日は“理解”に費やされた。
丘の上に、簡易の結界陣が組まれる。
記録院の執行官たちが、円環状に立つ。
中央に、俺。
少し離れて、ガルド。
さらに後方にミア。
グレイスは俺の正面で剣を構えている。
「暴走した場合、即座に切断する」
相変わらず遠慮がない。
「遠慮するな」
「しない」
短いやり取り。
リゼが淡々と説明を続ける。
「未記録層への接続は、通常は一方向」
「落ちるか、押し戻すか」
「そうだ」
だが今、俺は“均す”ことができる。
つまり双方向。
「問題は負荷だ」
胸の奥の冷たい粒子が、微かに疼く。
「接続を長時間維持すると、存在確率が低下する」
「消える」
「可能性がある」
ガルドが舌打ちする。
「だから名前を呼ぶんだろ」
リゼが頷く。
「認識は固定になる」
世界に留める錨。
「開始する」
陣が発光する。
空気が震える。
未記録層との境界を、人工的に薄くする。
白い亀裂が、空間に走る。
息を吸う。
胸の奥を開く。
冷たい余白が、広がる。
白。
静寂。
だが今回は落ちない。
足は地面にある。
境界に立っている。
「粒子を確認」
リゼの声が遠く聞こえる。
俺の周囲に、黒い星屑が浮かぶ。
削られた因果の残滓。
未記録層の堆積。
「均せ」
グレイスが短く言う。
言われなくても。
粒子を分散させる。
一点に集まらないように。
だが。
圧力がかかる。
胸の奥が焼ける。
界喰いの気配が、向こう側から触れてくる。
――もっと。
囁き。
揺らぐ。
粒子が暴れ始める。
「アルド!」
ミアの声。
存在が揺らぐ。
輪郭が薄くなる。
ガルドが叫ぶ。
「アルド!」
名が、響く。
胸が少し安定する。
さらに。
「アルド、立て!」
剣を構えたまま、叫ぶ。
昔と同じ声。
戦場の声。
その記憶が、俺を固定する。
粒子が、分散する。
黒が薄くなる。
未記録層の圧力が下がる。
白い亀裂が、閉じる。
陣が静まる。
息が荒い。
膝が震える。
「成功率、三割上昇」
リゼが冷静に告げる。
「再現性あり」
グレイスが剣を下ろす。
「だが長時間は無理だ」
「ああ」
限界は近い。
ガルドが肩をすくめる。
「昔より無茶だな」
「昔より敵がでかい」
苦笑。
だが、笑える余裕はある。
ミアがそっと言う。
「均せる。でも、いっぱい来たら無理」
正しい。
本体が顕現すれば、今の出力では足りない。
「次は負荷耐性を上げる」
リゼが言う。
「存在安定度を強化する必要がある」
「どうやって」
「接続の回数を増やす」
簡単に言うな。
「消える可能性が」
「ある」
即答。
だが。
「七日後よりは安全」
確かに。
今なら、陣がある。
執行官がいる。
ガルドもいる。
俺は頷く。
「やる」
丘の上の空が、微かに歪む。
雲の端が、欠ける。
七日後。
それが町全体に広がる。
界喰い本体は、確実に近づいている。
「明日から三段階目の演習に入る」
リゼが告げる。
「核露出から再編までの連携を完成させる」
グレイスが小さく言う。
「斬るのは私だ」
「頼む」
ガルドが笑う。
「俺も前に出る」
「死ぬなよ」
「お前が支えろ」
昔と同じやり取り。
だが、今は削らない。
均す。
守る。
丘の上で、風が吹く。
七日のうち、二日目が終わる。
空の歪みは、昨日より大きい。
時間は確実に、迫っている。
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